第18話
笹鳴さんの家に着く。笹鳴さんはドアを開け、僕を招き入れる。奥に引っ込み、両親に事情を説明し、了承を得た僕は笹鳴さんの部屋へと移動する。
笹鳴さんはコップにジュースを注ぐと、部屋まで持ってきてくれる。
「お疲れ」
笹鳴さんがコップを差し出し、乾杯する。
「疲れたー」
僕はコップのジュースを呷ると、ぐっと伸びをした。心なしか体のあちこちが痛い。おそらく筋肉痛だろう。
普段使わない筋肉をフルで使った。美馬の攻撃を避ける為に全身の筋肉を使ったから、明日は地獄を見るだろう。
「静木くん、晩御飯は何か食べたいものはある?」
「あんなものを見たからあんまり食欲ないんだ。だから別にいい」
生まれて初めて死体を目の当たりにした。恐ろしい光景だった。人がもう動かないということが信じられず、目を瞬かせた。
死体は生きている人間と違い、何もかもが抜けてしまったような、そんな感じだった。抜け殻という表現がしっくりくる。魂が抜けた残骸。だからこそ、恐ろしかった。
「そ? 私は食べようかな」
笹鳴さんも死体を目の当たりにしたはずなのに、平気そうだった。
「じゃあ私はご飯食べてくるから、ここでくつろいでいて」
笹鳴さんはそう言って部屋を出ていく。残された僕は床の上に仰向けに寝転がり、天井を見る。
色々あった。人生で経験したことのない体験をたくさんした。人の死に触れ、犯罪者の心理に触れた。美馬の考えていたことは、僕には到底理解できなかった。
美馬の発言を思い返す。手記に書かれていたことは狂気そのものだった。
「あれ?」
ふと、僕は思考を止める。何か引っかかる。僕は石動さんが美馬が犯人であると目撃したから殺されたのだと思っていた。
僕は美馬の手記を広げる。そこには確かに「美緒ちゃんの名前が書かれた時は驚いた」と書かれてある。どこにも石動さんに目撃されたからとは書かれていない。だとしたら、一体誰が石動さんの名前を書いたのか。
リベンジャーの噂が流れていたのを知ったうえで、石動さんを陥れた人物。三島は岡崎で、糸井は石動さんがそれぞれ名前を書いた。
だとしたら石動さんは、一体誰に名前を書かれたのだろう。三島と糸井が行方不明になって、リベンジャーの信憑性が増したタイミングで、石動さんの名前を書いた人物だ。その人物は石動さんに恨みを持っていた可能性が高い。
その人物が、まだ学校にいる?
僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。僕は、まだこの事件は終わっていないと、そう感じた。石動さんは糸井の名前を書いたことで天罰を受けた。岡崎も、こんなことになるとは思っていなかったと懺悔した。なら、石動さんの名前を書いた犯人は? のうのうと生きているのではないか。
そう思うと、僕の中で沸々と怒りがこみあげてくる。岡崎はちょっとした復讐心から三島の名前を書いた。石動さんはいじめから逃れる為。なら、石動さんはなぜ名前を書かれたのか。
僕は思案する。一番怪しいのは杉山だ。石動さんが糸井の名前を書いたと疑っていたし、自分も標的にされるのではという恐怖から名前を書いた。今のところこの線が一番怪しい。
笹鳴さんが戻ってくる。パジャマ姿になっていた。僕は早速、笹鳴さんに気付いたことを打ち明ける。
「というわけで、石動さんの名前をリベンジャーに書いた人物がいるはずなんだ」
「確かにそうね」
笹鳴さんは目を細めて僕を見る。手記に目を落とし、頷いた。
「気になるなら、調べてみればいいんじゃない」
「そのつもりだよ。石動さんは命を落としたんだ。その背中を押した犯人を野放しにしておくのは忍びない。ちゃんと懺悔させないと」
「手伝うわよ」
「ありがとう」
笹鳴さんが手伝ってくれるのなら百人力だ。僕なんかよりよっぽど探偵役に向いているし、頭の回転も速い。
「僕は今のところ杉山が怪しいと思っている」
「確かに杉山さんは美緒をいじめていたしね」
杉山は報復を恐れていた。石動さんの名前をリベンジャーに書くことは十分に考えられる。
だが、どうしてもそれだけでは杉山が犯人だと特定することができない。
まだまだ情報が不足している。杉山のあの様子から自白するとは考えにくい。
「明日からまた情報集めかな」
「そうね」
笹鳴さんはどこか楽しそうだ。頬を緩めながら、うっすらと微笑んでいる。
「今度は安全だもの。安心して静木くんと推理ができる」
「そうだね。脅威は去ったし、あとは詰めの段階だ」
個人的に石動さんのラブレターも何か引っかかる。あれがヒントになるかもしれない。
僕は石動さんのラブレターを取り出して眺めてみる。
「駄目だ、わからないや」
じっくり読み返してみたが、気づきはやってこない。
「まあそんなに慌ててもしかたないじゃない。じっくりいきましょう」
「そうだね」
笹鳴さんにそう言われ、僕は石動さんのラブレターを仕舞う。
「静木くん、お風呂行ってきたら? 今日は汗掻いたでしょ」
「わかった。いただくよ」
僕は笹鳴さんに断り、お風呂をいただく。衣服を脱ぎ、浴室の中へ入る。シャワーの温度を調整し、体を洗い流す。
今日は死体の集められた場所にいたから臭いが移っているかもしれない。僕は念入りに体を洗うと、シャワーで洗い流した。シャンプーを泡立て、頭をごしごしと擦る。なんとなく粘っこい感じがしたのが気持ち悪くて、念入りに洗った。シャワーで頭を洗い流し、僕は湯船に浸かった。
深く息を吐き、疲れを癒す。体の節々が痛い。僕はできるだけ筋肉を伸ばしながら湯に浸かった。
人様の家であまり長風呂はできない。僕は風呂から上がると、バスタオルで体を拭く。ドライヤーで髪を乾かし、脱衣所を出た。
二階に上がり、笹鳴さんの部屋に戻った僕は欠伸をする。
「疲れたみたいね」
「まあね。お風呂が気持ちよかったから一気に眠気がきたよ」
笹鳴さんの部屋はベッドが一つだけだが、笹鳴さんは布団を既に準備してくれていた。
僕は布団に寝転がると、ぐっと伸びをした。
「お風呂は気持ちよかった?」
「うん、すっごく。一気に疲れが取れたよ」
「今日は大変だったからね」
「ゆっくり休んで」
「ありがとう」
笹鳴さんが明かりを消す。僕は布団にくるまると、瞼を閉じる。疲れが溜まっていたのだろう。僕はすぐに寝息を立て始めた。
暗い。何も見えない。ただひたすら暗闇が広がっている。僕はその暗闇の中を、ただゆっくりと歩いている。
笹鳴さんの背中が見えた。僕は慌ててその背中を追った。笹鳴さんに追いつき、彼女の肩を掴んだ。
笹鳴さんは振り返ると、薄く微笑んだ。
「ようやく追いついたのね」
そう言って、嬉しそうに口の端を吊り上げた。
「笹鳴さんが先に行くから」
「私はずっと歩いていたわ」
そう言って笹鳴さんはまた歩き始める。僕は隣に並んで歩く。
「私ね、ずっと隣に誰もいなかったの」
「どういうこと?」
「誰にも理解されないってこと」
笹鳴さんが誰にも理解されない。そんなことはないと思うけど。僕は不思議に思いながら、笹鳴さんの話を聞く。
「私、人とは違うから」
「そんなことはないと思うけど」
笹鳴さんはゆっくりと首を横に振る。
「静木くんが私を捕まえてくれたの」
「僕が?」
いったいどういうことだろう。僕にはわからない。
「私の隣を歩けるのは静木くんだけ」
そう耳元で囁かれ、僕は思わず赤面する。
「だから、見つけてね」
そう囁いた笹鳴さんの体が急に浮かび上がる。違う。僕が落ちているのだ。足の踏み場を無くした僕は急激に落下する。
「わあああああっ!」
僕は悲鳴を上げた目を覚ました。見知らぬ天井が視界に入り、僕はきょろきょろとあたりを見回す。笹鳴さんが目を開けてこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「あ、えっと、ごめん。ちょっと変な夢を見て」
さっきまで夢の中に登場していた笹鳴さんとは目を合わせづらい。なぜかここ最近、夢に笹鳴さんがよく登場する。ひょっとして僕は笹鳴さんのことを意識しているのかもしれない。ただの友達だと思っていたけど、女子として意識しているのだろうか。
「水、飲む?」
「もらっていい?」
笹鳴さんは頷くと部屋を出ていく。やがて戻ってくると、コップ一杯の水を持ってきてくれた。僕はそれを受け取るとゆっくりと飲み干していく。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
水を飲んだことで、少し気持ちが落ち着いた。
「静木くん、夢見がわるいのかしら」
「なんか最近変な夢をよく見るんだ」
今回の事件に関わったからかもしれない。僕にとって刺激的な日常を過ごしているということだろう。その夢に笹鳴さんがよく登場するのはよくわからないけど。
「うちは大丈夫だからどんな悪夢を見ても私が傍にいるよ」
「ありがとう」
笹鳴さんの前で悲鳴を上げてしまったのは正直格好悪い。だけど、誰かが傍にいるというのは安心するものだ。両親が旅行に出かけて一人になったことでナイーブになっていたのかもしれない。
僕は布団に仰向けに転がると、ふーっと息を吐いた。心臓の鼓動が、ゆっくりと刻まれ、僕の全身に血流を送っていく。それを体で感じながら、僕は瞑目する。
僕は考える。石動さんの名前を書いた犯人の心情を。考えられるのは恐怖からの逃避か。それともまったくの別の犯人で石動さんに対する強い殺意があったのか。いずれにせよ、犯人はまだ息を潜めて学校にいる。それを突き止めるのが僕の最後の仕事だ。
美馬の逮捕により、リベンジャーは消滅するだろう。サイトは残り続けるだろうが、管理者がいない以上、これ以上犠牲者が出ることはない。
あとは僕がすっきりする為にも、石動さんの名前を書いた犯人を糾弾する。笹鳴さんの力も借りながら、僕はやる。
「おやすみ、笹鳴さん」
「おやすみ、静木くん」
僕は目を閉じながら頭の中で考えを思い描く。まだ考えはまとまってはいないけど、引っかかるところもある。それをヒントに絶対に突き止めてやる。気づけば僕は眠っていた。
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