第17話
部屋の中は和室で、白い布団が敷かれている。
美馬がいた。美馬は何かに覆いかぶさるようにして腰を振っていた。美馬が体をのけると、そこには白い肌の少女の体が横たわっていた。
「っ⁉」
僕は思わず声を上げそうになり、咄嗟に口を押える。
石動さんだ。間違いない。石動さんの遺体が、すぐそこにあった。美馬はその石動さんの遺体に覆いかぶさっている。
僕は信じられないものを見た気分になり、咄嗟に吐き気を催す。実物を前にするまで、そんなことがあるはずがないと、心のどこかで思っていたのだろうか。石動さんの遺体は瞳孔が開いており、恐ろしい様相だった。
僕は腰が抜けてしまう。尻もちをついた際に物音を立ててしまう。
「なんだ」
美馬が物音に気付き、こちらを見る。美馬と目が合った。
僕は力の抜けた足を奮い立たせ、立ち上がる。逃げなきゃ。障子が開く。僕の足は動かない。
「なんだ、君か」
美馬はいたって冷静にそう言った。僕の襟首を掴むと、部屋に引きずり込まれる。
「やっぱり君は僕を疑っていたか」
美馬は溜め息を吐くと、僕を見て笑った。
「男の供物は必要ないのだけど」
「なんで、こんなことを」
「僕が御真守様、この村の守り神だからさ」
美馬は両手を広げ、そう訴える。僕は少しでも時間を稼ごうと、言葉を紡ぐ。
「お前が、守り神? 笑わせるなよ」
「凡人には理解できないだろうさ」
「お前らが人の手で神隠しを起こしていたことはもうわかっているんだ」
「ほう。そこまで突き止めていたのか。案外侮れないな君も」
美馬は笑うと、畳を捲った。
「ここに歴代の供物の遺体が眠っている。どれも美しいものでね。見てみるかい」
僕は耐えきれず、畳に向かって嘔吐する。
「凡人は死体を見慣れないからね。この美しさが理解できないとは」
「石動さんをなんで殺した。お前を慕っていたのを知っていたくせに」
「慕っていたからださ。僕に愛されて、彼女もきっと喜んでいる。僕は死体しか愛せないからね」
目がイっている。恍惚とした表情を浮かべる美馬に、僕はどうにかして出し抜けないかと頭を捻る。
だが、美馬は両手を広げると僕に向かって微笑みかける。
「考え事の最中悪いが、お祈りの時間だ。せめて、楽に死ねますように」
そう言って美馬は僕に向かって飛び掛かってくる。反射的に僕はそれを躱すと、立ち上がる。
こんなところで殺されてたまるか。その意地が、僕を奮い立たせた。
「君はこの村の秘密を知ってしまった。生かしてはおけない」
「この村の黒い部分は今日で終わりだ。僕が終わらせる」
美馬はしなやかな腕を伸ばし、僕の首元を狙ってくる。僕はそれを躱しながら、美馬の懐にタックルをかます。僕みたいな細い人間の体でも、重心を乗せたタックルは効果的で、美馬は背中から倒れこんだ。
僕は上にまたがり、美馬の顔を殴りつける。なんとか美馬の意識を刈り取らなければならない。そう思い、美馬を殴っては見たものの、人を殴り慣れていない僕の拳なんて、美馬には全く通用しなかった。逆に拳を貰った僕は背中から畳に倒れこむ。
美馬が飛び乗ってくるのを体を回転させながら躱す。だが、美馬は勢いのまま僕を蹴りつけた。
「ぐはっ!」
僕は咄嗟に胃の中のものをぶちまけそうになり、踏みとどまる。美馬は人間に暴力を振るうことに躊躇がない。
「男の死体に興味はないが、君の死体はみんなと同じところに保管してあげるよ。ハーレムだ。幸せだろう」
そう言って美馬が僕の首元に手を掛けてくる。僕はもがき振り払おうと暴れるが、美馬は手慣れた様子で僕を逃がさない。
駄目だ。死ぬ。僕は絶望で視界がブラックアウトし、酸素を求めて暴れまわった。
その時、足音が聞こえた。こちらに向かって駆けてくる。障子が開き、美馬を後ろから殴りつけた。
美馬は白目を剥き、意識を失う。僕は美馬の下から抜け出すと、美馬を殴った主を見る。
「笹鳴さん!」
「お待たせ、静木くん。もう大丈夫だよ」
遅れて警察が部屋に入ってきた。石動さんの死体を確認し、美馬に手錠をかける。
「君、勝手に入っていったら危ないだろ」
警察の人が笹鳴さんに注意する。笹鳴さんはペロッと舌を出すと、僕に向かってウインクした。
危なかった。笹鳴さんが来てくれなかったら、僕は今頃死んでいたかもしれない。
「美緒、見つかったのね」
警察の人が石動さんの瞼を閉じている。笹鳴さんはそれを見ながら、満足そうに微笑んだ。
「幸せそうな顔」
仮にも親友が命を落としたというのに、笹鳴さんは冷静だった。なんとなくこの結果は想像していたのかもしれない。もともと、石動さんの生存確率は低かったし、笹鳴さんも覚悟していたのだろう。
僕と笹鳴さんは手を合わせる。亡くなった人たちがこの土地に縛られないように、祈りを捧げる。
地縛霊になってしまっては浮かばれない。ここに埋められた人たちも見つかって、きちんと埋葬されることを切に願う。
美馬は意識を取り戻し、小さく「そうか」と呟いた。そして立ち上がると、警察の人に連行されていった。
「君たちも、事情聴取があるから。一緒にパトカーに乗ってくれるかい」
僕と笹鳴さんは警察の人にそう言われ、頷いた。
僕はポケットに仕舞った、石動さんのラブレターを確認する。大丈夫だ。ぐちゃぐちゃになってはいるけど、敗れてはいない。これは石動さんの形見だし、親御さんに届けるのがいいだろう。
僕は笹鳴さんと一緒にパトカーに乗りこんだ。
事情聴取が終わり、解放された時には既に日が傾いていた。僕と笹鳴さんは美馬の家まで戻り、自転車を回収して一緒に歩く。
「静木くん、かなり無茶したでしょ」
「決定的な証拠を掴みたくてさ」
だが、我ながら勇み足だったと反省している。一歩間違えていれば、僕の命はなかった。死にかけた。その実感が確かにあった。今更ながら、体の震えが止まらない。
「うち、来る?」
笹鳴さんは僕の様子を見てそう提案してくる。
「今日は一人でいるの怖いでしょ」
笹鳴さんの言う通りだ。死にかけた体験が、僕の中で恐怖として湧きあがってくる。今日は一人でいたら、恐らく眠れないだろう。
「それじゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
「私はかまわないわ」
笹鳴さんは頷くと、僕の背中を叩いた。
美馬は黙秘を貫いているらしい。捜査に協力する姿勢も見せていないとか。だが、美馬の部屋にはパソコンがあり、そのパソコンはリベンジャーの管理者ページが開かれていた。美馬が言い逃れすることはできないだろう。
美馬は少なくとも四人の命を奪っている。それも身勝手な動機だ。死体性愛者の美馬が外に出てくることはもうないだろう。死刑は免れない。この村に、ようやく平和が取り戻されたのだ。
「美馬は死刑になるだろうな」
死刑に対して思うところがあるのは事実だ。だが、美馬の罪は死刑でも足りないぐらいではないだろうか。決して一人の命では償えないほどのことを、美馬はしてしまっている。
「そうね。いいことだわ」
笹鳴さんは上機嫌で鼻歌を歌っている。
「笹鳴さん、石動さんが死んで悲しくないの?」
僕がそう言うと、笹鳴さんは足を止める。そして振り返ると、目を細めて微笑んだ。
「もうあの子と会えないと思うと、悲しいわね。でも、友情がなくなるわけではないから」
「そうだね。僕たちが見つけてあげたんだもんね」
「そう。見つけてあげることが重要だった。一刻も早く」
笹鳴さんに相談を受けてから、約三日で石動さんを見つけることができた。僕としてはやれることはやったのではないかと思っている。
「僕は正直、こんなに恐ろしい事件に繋がっているなんて思わなかった」
笹鳴さんから相談を受けた際は、ただの家出だろうと思ったぐらいだ。ところが行方不明者が三人もいると知り、きな臭い事件だと思った。御真守様の祟りだとか、そういう話も聞きながら、僕たちは真実に辿り着いた。
「静木くんに相談して良かったわ。美緒を見つけることもできたし、美馬を捕まえることもできた。私ひとりじゃ、ここまでできなかったもの」
確かに、笹鳴さん一人の力じゃ、美馬の家に侵入することはできなかったかもしれない。美馬の家に一人で乗り込んでいたら、新たな犠牲者になっていた可能性も捨てきれない。
「美馬の家から、すっごくたくさんの人の遺体が見つかったって」
「そうか」
やはり美馬の家が代々神隠しを行ってきたのだろう。そこにあったのは歪な信仰心。ある意味では狂信者だ。美馬もひょっとしたらそんな親に影響を受けた、哀れな男だったのかもしれない。
「その人たちの魂も、ようやく家に帰ることができるんだね」
「長かったわね」
笹鳴さんの言う通り、長かっただろう。誰にも見つけてもらえず、いっしょくたに埋められていたのだから。これからきちんと火葬し、しかるべき場所に埋葬されることだろう。
「それでさ、笹鳴さん。どうしてあの時、助けにこれたの」
笹鳴さんが来てくれなければ、僕はおそらく今ここにはいなかった。
「通報して警察を待っている間、私、不安だったの。静木くん、無茶をしているんじゃないかって」
「面目ない」
「それで、警察を待ちきれずに、私、中に入った。奥の部屋が怪しいって静木くんも言ってたじゃない。だから奥の方に行ったら、物音がしたからそれで」
笹鳴さんは予め武器を用意していた。木の棒だったが、それでも後頭部から殴られた美馬は一瞬意識を失った。
「笹鳴さんのおかげで命拾いしたよ。ありがとう」
「うん。良かったわ」
笹鳴さんは微笑むと、僕の肩に手を置いた。
僕は今回、かなりの無茶をした。それで、結果的には犯人を捕まえることができた。だが、決して一人の力では無理だった。これからは無茶をしないように自重しないと。
「でも、無茶したことは反省してね」
「ごめんなさい」
笹鳴さんにたしなめられ、僕は項垂れる。ちょっとした冒険心を出してしまった。パソコンと美馬の手記を発見したところで自重しておくべきだった。今回は運が良かった。あと少しでも笹鳴さんが来るのが遅れていたら、僕の命はなかっただろう。
「ほんとうにありがとうね」
僕は何度も笹鳴さんに頭を下げる。笹鳴さんは黙って僕の感謝を聞いてくれていた。
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