第16話

 美馬の家まで自転車を飛ばし、近くの空き地に自転車を止める。笹鳴さんは外で待機し、僕の合図とともに通報を行ってもらう。

 僕は深呼吸をすると、軽く準備運動をする。筋肉を伸ばし、解す。いざというときは全力で逃げられるように、体は解しておかなければならない。


「それじゃ、行ってくるよ」

「うん、気を付けて」


 笹鳴さんに見送られ、僕は美馬の屋敷の門を潜った。見つからないように細心の注意を払いながら、庭を横断していく。念の為、庭も探索するつもりだ。庭を一周ぐるりと周ってみたが、異臭らしい異臭は漂ってはいない。僕は意を決して、家の中に侵入する。


 玄関の引き戸をゆっくりと開け、美馬の家に入る。中は静かで物音ひとつしない。

 僕は靴を脱いで手に持つと、家に上がり込んだ。まずは美馬がどこにいるかを把握しておかないと。

 僕は先日通された客間を覗いてみる。誰もいない。広い家だ。美馬がどこにいるのか、皆目見当もつかない。

 僕は慎重に足音を立てないように忍び足で歩きながら、各部屋を見て回る。その中で、執務室のような場所に出くわす。中に入ると、机の上にはパソコンが置かれており、電源が入っていた。

 マウスに触れて開いてみると、それは裏掲示板の管理者ページだった。


「やっぱり美馬が管理者だ」


 これで美馬が犯人であるという確証ができた。美馬が裏掲示板を作り、リベンジャーを運営していたことはもはや疑いようもない。

 ふと、隣に一枚の羊皮紙が置かれているのが目に留まった。僕はその羊皮紙を拾い上げると、目を通す。


「これは……」


 それは、石動さんから美馬に当てたラブレターであった。




 先生へ。

 先生が私の家庭教師になって、四年ですね。私の質問に丁寧に答えてくれる先生に、いつも感謝しています。

 先生は優しくて、落とすように笑うところが好きです。はい。私は先生のことが好きです。一人の男性として好きなんです。先生が私のことを見てくれなくても、私はずっと先生を想っています。私みたいな子供、相手にしてもらえるとは思っていません。ですが、想うことは、どうか許してほしいのです。私が先生を想うこの気持ちだけは、誰にも否定されたくありません。それはたとえ、先生でも。

 私はこのまま気持ちを抱えたまま、抑えておくことができません。せめて伝えさせてください。私は先生が好きです。その気持ちだけを伝えます。


 美緒。




 手紙は凄く達筆な字で書かれていた。どうやら石動さんは思いの丈を美馬にぶつけていたようだ。

 だが、この手紙、どことなく違和感がある。その違和感の正体に気付けないまま、僕は手紙を回収した。この手紙、何かのヒントになるかもしれない。そんな直感が働いたのだ。

 僕は手紙を回収すると、執務室を捜索する。何か、証拠になるものはないかと、物色を始めたのだ。

 だが、意外に物が少なく、出てくるものはほんの一冊の手記だけだった。

 手記を開くと、美馬が書いたと思われる字で、日記が書かれていた。




 美馬の家は、神隠しを行う家だった。村の娘を誘拐し、殺す。そしてそれを御真守様に捧げ、怒りを鎮めている。

 こんな風習が今も続いていることに驚きを禁じ得ない。僕も美馬の跡取りだ。いずれ、このお役目を引き継ぐ時が来るのだろう。

 父が死んで、神隠しは収まっている。それがいいこととは思えない。相変わらず、この村は天災の被害に遭うことが多いし、御真守様は怒っているのだ。だが、僕にはまだ力がない。いずれこの役目を引き継ぐ時、僕は村の為に鬼になろう。


 これはいつ書かれたものかはわからない。だが、美馬は幼い頃より、美馬の家の神隠しの風習について知っていたのだ。そしてやはり、神隠しは美馬の家が代々行ってきたのだと確信する。

 ページを捲り先を読み進めると、だんだんと美馬の本性が明らかになってくる。


 死体は美しい。幼い頃に見た、娘の死体は今も僕の瞼の裏に鮮明に焼き付いている。死体ほど美しい物はこの世にないのだと思えるほどに、僕は死体の虜だった。命が尽きた後の残り滓は、僕がどう扱っても抵抗をしない。その意思のない体を、僕は支配できるのだ。


 最初は虫から試してみた。虫の死骸は色を無くし、ぐったりと倒れこむ。蟷螂を飼育し、可愛がっていた。その蟷螂が寿命を迎え、死に絶えた時、僕は言いようのない興奮を覚えた。死骸を手に取り、人形遊びのように弄びながら、手を引きちぎったりして愉しんだ。僕が手を引きちぎろうと、蟷螂は痛がる素振りも見せず、ただ大人しかった。

 高校に入り、生物部に入った。この部活に入った理由はただひとつ。動物の解剖ができるからだ。動物の死体と直に触れ合うことができる。僕はそれがたまらなくそそられた。


 動物の肉にナイフを突き立てた時の感触は、今も忘れることができない。内臓を抉り出し、手を血で染めると、僕の心は踊った。

 動物の肉をそぎ落とし、大鍋で炊いて骨格標本だけにする。在学中にどれほどの死体を解剖したかわからない。


 母を殺した。いよいよもって御真守様の怒りが頂点に達していた。天災に見舞われた山滝村は作物が枯れ、危機を迎えた。もう二十年もの間、供物を捧げていないからだ。供物は女である必要がある。僕は手っ取り早く殺せる相手として母を選んだ。

 母が死んだ時、目の前に母の死体を前にしたとき、僕の心は踊った。興奮し、勃起した逸物が、僕の興奮を表現していた。


 僕はそのまま母を愛した。僕の初めての愛は、母で満たされた。母の死体を抱きしめながら、僕は思う。やはり死体は至高だと。開いた瞳孔。漏れ出た液体。硬直した体。それらすべてが美しく、微動だにしない体は彫刻のように整っていた。死体を愛する僕こそ、選ばれた人間なのだ。

 そうして僕は目覚める。そうだ。僕こそが御真守様の御神体だと。供物は僕に捧げるべきだと。そうすることで、この山滝村は平穏に過ごせる。

 僕こそが御真守様だ。そう目覚めてからは、この村をどう守るかしか考えていない。リベンジャーというサイトを開き、この村に不要な人間を募集した。


 最初の女は三島という女だった。一人で帰宅中のところを狙い、攫った。薬を飲ませ、眠らせたところを首を絞めて殺した。

 泡を吹いた三島の唇にキスをして、僕の愛を表現した。三島は運動部らしく引き締まった体で、僕を十分に楽しませた。


 恵とは付き合っていた。だからリベンジャーに恵の名前が書かれたときは驚いた。恵も人から恨まれる行いをしていたのだと知った。恵が家に引きこもっていると聞き、僕は恵を息抜きしようと呼び出した。車でドライブし、睡眠薬で眠らせた。首を絞めて殺した恵は、とても綺麗で、僕はたまらずに愛してしまった。生きていた時は体を許さなかった恵も、死んでからは僕に従順だ。

 死に顔も可愛いねと伝えたら、ほんの少し、微笑んだ気がした。


 美緒ちゃんの名前が書かれたときは驚いた。あの子はいい子で、人から恨まれるようなことをする子じゃないと思っていた。美緒ちゃんは僕のことが好きだったらしく、ラブレターを書いてくれた。僕のことを想ってくれているのは嬉しいことだ。

 僕はそんな美緒ちゃんの想いに報いる為、彼女を殺した。死体になれば、僕は君を愛することができる。きっと君もその方が嬉しいだろう。

 しばらくは美緒ちゃんを愛することで、僕の中に宿る御真守様を鎮めようと思う。




 美馬の手記はそこで途絶えていた。

 はっきりいって異常だ。自分を御真守様の御神体だと思い込んでいるところもやばいし、死体をここまで異常に愛するところも僕には全く理解できない。この手記を信じるならば、三人とも既に殺害されてしまっている。最後の希望が途絶えた気がして、僕はその場に膝をついた。 


 人の死を、こんなに間近に経験したことなどなかった。こんなにも簡単に人の命を奪う人間がいる。それが普段は善人の皮を被った悪魔だ。

 美馬はいったいどこで歯車が狂ったのだろうか。幼い頃に人の死に触れたところからだろうか。子供だった頃の純粋な気持ちのまま、死という非現実に出くわしたからだろうか。

 なんにせよ、これ以上、美馬の思い通りにさせてはならない。

 僕は笹鳴さんに電話をかける。


「もしもし」

「笹鳴さん、やっぱり美馬が犯人だった。決定的証拠を見つけた。警察に通報して」

「わかったわ」

「美馬がリベンジャーの運営者だった。パソコンに管理者ページが開かれてた。それから手記も見つけた」

「あとは警察に任せましょ。静木くん、無事に帰ってきてね」

「わかってる」


 僕は頷いて電話を切ると、ポケットに仕舞う。

 ふーっと息を一つ吐き、僕は執務室を後にする。玄関に美馬の靴はあった。つまり、家の中にはいるはずだ。

 あとは美馬を足止めするのが僕の役目だろう。美馬を決して逃がしはしない。

 僕は執務室を出ると、散策の続きを行う。美馬が行くなと言った奥の部屋が気になる。美馬がいるとしたらそこの部屋かもしれない。


 僕は生唾を飲み込むと、意を決して奥の廊下に足を踏み入れる。ゆっくり、ゆっくりと歩を進め、手前の部屋から障子をわずかに開けて中を覗く。

 誰もいない。僕は障子を閉めると、次の部屋へと移動する。部屋の数が尋常じゃないぐらい多い。僕は溜め息を吐きながら、ひとつひとつ確認する。

 そしてふと、物音が聞こえて足を止める。間違いない。何か物音がする。


 僕の心臓がやかましく鼓動を鳴らす。美馬と遭遇したら、襲われるかもしれない。そんな恐怖が全身を駆け巡り、僕の体を硬直させる。

 それでも、ここまで来たんだ。

 僕は自分自身を奮い立たせ、一歩踏み出した。物音がする部屋の前に立ち、深呼吸を一つする。

 耳を澄ましてみると、人間の吐息に混じった声が聞こえる。いる。間違いなく、美馬はこの部屋にいる。僕の心臓は破裂するかと思うぐらい、けたましく鼓動を打っている。

 僕は息を飲み、障子に指で穴を開けた。その隙間から、中を覗く。


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