第15話
図書館に辿り着いた僕たちは、駐輪場に自転車を止め、建物の中に入る。
中は開けたスペースになっており、その奥に図書館がある。僕と笹鳴さんは図書館の中に入ると、カウンターの人に声を掛ける。
「古い新聞を調べたいのですが」
「何を調べますか」
僕は思案する。
「神隠しで」
「わかりました。調べるのに二十分ぐらいかかりますが」
「その辺を見ています」
僕はそう言うと、笹鳴さんを連れて本棚の海へ移動する。笹鳴さんはお気に入りのミステリの棚を見つけたらしく、本を物色している。
僕は手ごろな青春小説を手に取った。
「静木くん、そういうの読むんだね」
いつの間にか物色を終えた笹鳴さんが、僕を覗き込んでいた。
「うん。青春のちょっとほろにがいところとか、せつないところとか好きなんだ」
「なるほど。だったら、この小説がおすすめよ」
そう言って笹鳴さんが僕に手渡したのは「恋煩い」と書かれた小説だった。
「青春ミステリなんだけど、ほろ苦くてせつないわ」
「なるほど。それはおもしろそうだ」
せっかく笹鳴さんが勧めてくれたのだ。これは借りて、持って帰って読もう。
本棚の周りをうろうろしている間に、二十分はあっという間に過ぎた。カウンターの人が僕たちを見つけ、呼びに来てくれる。
僕と笹鳴さんは本を脇に挟むと、カウンターに歩み寄る。
「三十件ほど見つかりました」
思っていたよりも少ないと一瞬思ったが、三十人も行方不明になったのなら、十分多いと言えた。
「ありがとうございます」
僕はお礼を言って、その分厚いファイルを手に持った。空いたスペースに移動し、ファイルを開く。
中にはびっしりと古い新聞が敷き詰められていた。
一枚一枚捲っていくと、神隠しと小さく書かれた記事が目に留まる。
「これは五年前の記事だね。美馬良子さん、四十五歳が行方不明になった。山滝村では昔から行方不明者が続出しており、村民は神隠しだと騒いでいる、か」
田舎の村ということで、新聞の扱いは小さい。情報は少ないが、これを辿っていけば、重要な情報に辿り着ける気がする。
僕は新聞を捲った。
それから新聞は時を遡り、二十年前のものが出てくる。そこには村の娘が行方不明になったという記事が書かれていた。村長の美馬英樹さんのインタビューが載っており、神隠しにあった女性の安否を気にする様子が掲載されていた。
それから新聞を遡り、全ての記事に目を通していく。わかったのは、行方不明になった被害者は全員女性だったということだ。
「笹鳴さん、どう思う?」
「女性ばかり狙われているのは偶然ではないでしょうね」
笹鳴さんの言う通り、三十件すべての被害者が女性というのは何かあるだろう。調べていてついでに見つけたが、山滝村にはその昔、女性差別が横行している時期があったらしい。御真守様への人柱も、女性が捧げられていたそうだ。
そうなると、村の風習を重んじる重鎮が女性を狙って犯行に及んでいた可能性は否定できない。
今は違うが、村長は美馬の父親だろう。僕は美馬も父親が怪しいと睨んでいる。この村でこれほどの規模の犯罪を犯すには、それ相応の地位がある人間でなければ難しいからだ。笹鳴さんの言ったように、外部の犯行であれば、この村の人間はいち早く察知するだろうし、なにより長年神隠しが続いている説明ができない。長年、この土地に根付いた神隠しという犯罪は、この村に根付いた人間の犯行しかありえない。
「不気味なのは、これだけの人間がいなくなっているのに、誰も見つかっていないことだ」
三十人余りの人間が行方不明になり、誰も見つかっていない。そんなことがありえるのかという思いが、正直ある。
美馬の父親以前の時代から、この神隠しは起きていた。新聞を見ればそれがわかる。つまり、この神隠しという風習は代々受け継がれている。数年前、美馬の母親が神隠しに遭うまで二十年間、神隠しが途絶えていたのは、後継者がいなかったからだろう。
美馬の父親は急死だったと聞いている。美馬の父親が死んでから神隠しが止まったのは、因果関係がありそうだ。
僕はノートに気付いたことをまとめながら、頭を捻る。
まだ何か気付いていないことがありそうだ。何かを見落としている気がする。
「じゃあ、美馬の母親を攫ったのは、美馬自身ってことかしら」
不意に、笹鳴さんがそう漏らす。
「そうだ。そうとしか考えられない」
美馬の父親が亡くなってから、神隠しは起きていなかった。それが五年前、神隠しが再び起こった。そして今、三人の女子高生が行方不明になっている。
美馬がなんらかの理由で目覚めたのだ。それがこの土地に根付いた神隠しの風習を引き継ぐ為かどうかはわからない。だが、確かに美馬は目覚めたのだ。
母親を誘拐し、殺害した。その遺体はおそらく処分できなかっただろう。なら、遺体はあの家に眠っていると考えられる。
「私は、これまで行方不明になった遺体も、あの屋敷の中にあるんじゃないかって思うわ」
笹鳴さんが、そう言って指を差す。新聞には美馬の屋敷が写っていた。
「これまで遺体が見つかっていないのも、踏み込めない場所にあるからじゃないかしら」
「確かに。代々美馬家が神隠しの役目を担ってきたのだとしたら、その遺体の処理に困ったはずだ。どこかに捨てて見つかるのも困るだろうし、手元に置いておきたいはず」
「そう。だからまだあると思うの。この屋敷に」
笹鳴さんの推測通りだとしたら、美馬はそんな死体の山の中で生活していることになる。きっと異臭が凄いだろうし、それが子供の頃からだったのなら気が狂うだろう。ひょっとすると美馬自身も被害者なのかもしれない。
だが、だからこそ、この負の連鎖はここで断ち切る必要がある。もうこれ以上、この村で神隠しを起こさせない為にも、僕たちが止める必要がある。
「急ぎましょう、静木くん。次の犠牲者が出ないうちに」
笹鳴さんに背中を押され、僕は頷いた。
新聞をファイルに閉じ、カウンターに返却する。本を数冊借りて図書館を出た。
時刻はまだ正午過ぎ。今から美馬の家に乗り込むのがベストだろう。
美馬は在宅で仕事をしていると言っていた。つまり家にいる。夜に忍び込んでも物音でバレる危険があるし、物色しづらい。思い切って昼間に侵入することで、美馬の隙を狙う作戦だ。
僕は笹鳴さんとともに作戦会議を行う。
「僕はあの奥の部屋が怪しいと思うんだ」
美馬の家に訪れた際に、美馬が行くなと釘を刺した奥のスペース。
「確かにそれは私も思ってた。遺体のある場所に人はいれないだろうから、私たちが入った部屋には何もないでしょうね」
笹鳴さんの言う通り、怪しいのは美馬が人をいれない場所だ。庭に埋めているとも考えづらい。庭程度であれば、人は出入りするし、異臭に気付かれる恐れがある。となれば、怪しいのは奥の部屋の畳の下あたりだろう。
美馬に見つからず証拠を探すのは至難の業だが、やるしかない。
「笹鳴さんは外で待機して、僕が合図を送ったら通報して」
「わかった」
笹鳴さんは女性で危険だから侵入役は僕一人でやる。証拠を発見したとして、通報する前に僕が捕まらないとも限らない。笹鳴さんに通報役をお願いするのは理にかなった作戦なのだ。
「お腹空いたな」
「それじゃ食べていきましょ。腹が減っては戦はできぬと言うし」
そう言って笹鳴さんは僕を連れて喫茶店に立ち寄った。
午前中、図書館で頭を使ったからお腹が空いてしかたがない。僕はオムライスを注文すると、ぐったりと背もたれに背を預けた。
「緊張する?」
「そりゃそうだよ。これから命を懸けるんだ。震えが止まらないよ」
僕はそう言って手を差し出す。手は震えており、押さえても震えが止まらない。
「落ち着いて。震えていたらいざっていうとき失敗するわ」
笹鳴さんが手に触れて、僕を落ち着かせる。
オムライスがやってくる。僕は息をふーっと吐くと、スプーンを手に取った。
「笹鳴さんは食べないの?」
「私は家で食べてきたから」
「そっか」
笹鳴さんはカフェラテを飲んでいる。僕はそんな笹鳴さんを見ながらオムライスを口へ運ぶ。ふんわりとした食感が口に広がり、僕は思わず頬を緩ませる。ソースが絶妙だ。このオムライスはさぞや人気メニューだろう。
「良かった。落ち着いたみたいね」
笹鳴さんは目を細めると、そう言って頷いた。
「ご飯食べたら落ち着いたよ」
実際、不安が消えたわけではない。だが、温かい物を胃に入れたことで、少しだけ勇気が湧いたのだ。
「証拠を見つけるのは至難の業だと思うけど、静木くんならきっとやれる」
笹鳴さんは僕の手を取ると、真剣な表情で見つめてくる。
「ここで美馬を捕まえて、神隠しを終わらせましょう」
笹鳴さんは相当思い入れが強いらしく、僕の手を握る手の力は相当強かった。
無理もない。親友が犠牲となったのだ。笹鳴さんも言っていた通り、美馬は三人を死んだと言った。つまり生きてはいないだろう。
そんな親友が殺された事件、許せるはずがない。笹鳴さんはきっと願っている。一刻も早くこの事件が解決することを。
それを叶えるのは僕の役目だ。僕だけが、ここまで辿り着いた。警察も証拠が無ければ動かないだろうし、ここから僕の与太話を信じさせるには証拠がいる。
その証拠を見つける為に、僕は体を張る。こんなの、僕の性分じゃない。わかっている。すごく危険なことだって。もしかしたら殺されるかもしれないって。でも、僕は戦う。
僕自身、少しこの状況に酔っている。退屈だった日々から解放されて、ハラハラドキドキする世界に足を踏み入れた。この状況を楽しんでいる。
笹鳴さんに相談されたあの時から、僕はきっとこんな瞬間を待ち望んでいた。
僕を奮い立たせるのは、いつだって冒険心なのだ。
僕はオムライスを完食すると、立ち上がる。
「行こうか」
もう後戻りはできない。英雄になるか屍になるか、それを分かつのは数時間後の僕だ。
笹鳴さんは唇を真一文字に引き結び、立ち上がる。今はこの後ろに立つ少女の姿が、とても頼もしい。
きっと僕はやれる。そう思うことができた。
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