第14話

 朝、目覚めると隣の笹鳴さんの目が開き、僕を見ていた。


「おはよう、笹鳴さん。もう起きてたんだ」

「うん。静木くんの寝顔を見てた」

「恥ずかしいな」

「可愛かったよ」


 そうくすくすと笑う笹鳴さんに苦笑した僕は、ゆっくりと体を起こす。笹鳴さんもベッドから下りると、ぐっと伸びをする。

 時刻は六時半。まだ外はうっすらと明るい程度だが、小鳥のさえずりが朝を感じさせる。

 僕と笹鳴さんは一階に下りると、台所に立った。


「さて、朝ごはんどうしよう。コンビニでいい?」


 僕がそう聞くと、笹鳴さんは首を横に振る。


「朝からコンビニじゃお金もったいない」


 そう言って僕に断って冷蔵庫を開ける。


「食材は揃っているから、簡単に何か作るわ」

「悪いよ」

「静木くんの名前をリベンジャーに書いちゃったお詫び」


 そう言って笹鳴さんは冷蔵庫から食材を取り出した。シンクの下から鍋を取り出すと、お湯を入れて火にかける。

 冷蔵庫から取り出した豆腐を一口サイズに切り、鍋に入れていく。沸騰したお湯の中に味噌を解き、かき混ぜる。


「豆腐だけでも美味しいの」


 笹鳴さんはそう言うと、お玉に一掬い、みそ汁を掬うと、僕に差し出してくる。僕はそのみそ汁を啜ると、大きく頷いた。


「うん、美味しい」

「良かった」


 笹鳴さんは火を止めると、続いてフライパンを取り出した。

 フライパンを火にかけると、卵を二つ落とし、半熟になるまで焼く。そしてちょうどよい頃合いになると火を止め、皿の上に盛り付ける。最後に千切りしたキャペツを添えて完成だ。


「笹鳴さんって料理するんだね」

「まあこのぐらいはね」


 笹鳴さんはそう言って皿をテーブルの上に運んでいく。僕も慌ててそれを手伝った。

 最後にレンジでごはんを温めてテーブルに並べる。

 テーブルに並んだ朝食に、僕は感動を覚える。こんなの両親が旅行に出かけてから、久しく食べていない。

 コンビニ弁当とは違う温かい食事に、涙を禁じ得ない。

 僕は手を合わせると、箸を手に取った。


「うん、美味しい」


 僕は頷き、笹鳴さんの手料理に舌鼓を打つ。

 やっぱり日本の朝食は和食に限る。ごはんを食べてこそ、一日の活力が湧いてくるというものだ。


「笹鳴さん、ありがとう。久しぶりだ。こんな朝食は」

「いったいいつもどんな食事をしていたの」


 笹鳴さんが呆れたように眉を潜める。

 同級生の女子に呆れられてしまったのは、僕の怠惰のいたすところだが、僕も手料理ぐらい覚えてみようかな。

 そう頭では考える僕だが、結局旅行から両親が帰ってきたら人任せになるのだろうと思う。結局、人間はしなければいけない状況に追い込まれなければ、しないのだ。

 朝食を終えた僕は、笹鳴さんに洗い物は引き受けると宣言した。

 手料理を作ってもらったのだから、洗い物ぐらいしないと忍びない。

 かといって、普段から洗い物をするわけじゃない僕の手際は、かなり雑だった。それを横から見守っていた笹鳴さんが、呆れたように溜め息を吐きながら口を挟んでくる。


「全然ダメ。洗剤落ちてない」


 そう言って体を割り込ませ、食器を手に取った。結局、洗い物も笹鳴さんの手を借りてしまう。

 僕は苦笑しながら洗い物を終えると、洗面所に移動する。洗濯機の中には、夕べ洗濯した衣類が入っている。僕はそれを洗濯籠に移して、外に運ぶ。

 物干し竿に洗濯物を吊るしながら、僕は溜め息を吐く。両親がいたら、こんなこともしなくていいのに。なんでまた旅行なんて行ったのか。


 わかっている。この旅行は結婚記念日の旅行だって。結婚二十周年を記念した旅行で、両親にはいつまでも仲睦まじくいてほしい僕にとっては、許容すべき案件だ。

 だが、やはり家事をしたことがない僕にとっては少々荷が重い。洗濯機の使い方も最初はわからなかったし、わざわざ旅行中の両親に電話して使い方を聞いたぐらいだ。

 洗濯物を終えた僕が部屋に戻ると、笹鳴さんはテレビを見ていた。


「今日の天気はどうだって?」

「今日は曇り。ところによっては雨が降るって」


 曇りか。嫌な天気だ。もし雨が降ってきたら、せっかく外に出した洗濯物がびしょ濡れになってしまう。


「占い番組やってるよ」


 笹鳴さん、女子なだけあって占いとか好きなのか。なんだか意外な気がしたが、僕もソファに腰掛けて、テレビを見る。


「今日の最下位は牡牛座です。なにもかもが上手くいかない日です。一旦休息を取り、心を落ち着けましょう」


 テレビの占いなんて信じていない僕だが、今日に限って言えば嘘でも幸運だと嬉しかった。よりによって最下位とは。


「笹鳴さんはどうだったの?」

「私は一位だったわ。悲願が叶う日だって」

「笹鳴さん、悲願とかあるの?」

「そんな大袈裟なものはないけど、ちょっとした希望ぐらいはあるかな」

「そうなんだ」


 笹鳴さんの希望ってなんだろう。ちょっと気になるな。

 時刻は八時。図書館が開くまでまだ時間はある。

 僕はそのままソファに背中を預けると、テレビを見ながら暇をつぶす。


「占いってさ、自分に都合のいいことだけ信じてればいいと思わない?」

「そういうものだよ。結果が悪いときは気を引き締めるでしょ。そうして一日を安全に過ごすの。それが占いの役割だと思ってる」


 確かに、そういう考え方もできるのか。

 僕は占いなんて何の根拠もないただの当てずっぽうだと思っているけど、世の中には占いを心底信じている人もいるんだよな。

 どうやら笹鳴さんはそんなことはないみたいだけど、運勢占いが一位だった笹鳴さんは機嫌が良さそうだ。


「機嫌、良さそうだね」

「まあね。今日は希望が叶う日だもの」


 そう言って、笹鳴さんは目を細める。


「笹鳴さんの希望って何?」

「推理してみたら?」


 そう僕をからかってくる笹鳴さん。


「推理するには情報が不足しすぎだよ」


 僕は苦笑するとテレビに目を向ける。

 ニュースでは山滝村の神隠しの件が取り上げられていた。さすがに三人も一気に行方不明になれば、全国区のニュースにもなるか。


「山滝村では時折行方不明者が出ており、発見には至っていません」


 アナウンサーが仰々しくそう原稿を読み上げる。

 そうなのだ。山滝村で神隠しにあった人たちの消息は掴めていない。御真守様の祟りだという噂の信ぴょう性が増したのは、神隠しにあった人たちが結局見つかっていないからだ。

 だから、その辺のことも詳しく調べる必要がある。

 どう考えても二十年間神隠しが起きなかった背景にはなにかがあるはずだ。


「怖い顔してる」


 笹鳴さんにそう言われ、僕は思わず手に持っていたコップを落としかけた。


「何か心配事?」

「そういうわけじゃないんだけど」


 僕はそう言うとコーヒーを啜る。


「美馬が今回の犯人である可能性は濃厚だ。だけど、それ以前の神隠し、二十年前の神隠しはいったい誰の仕業だったんだろうって思って」

「私の考えを言ってもいい?」


 笹鳴さんはそう言うと、小首を傾げてくる。


「聞きたい」


 僕が頷くと、笹鳴さんは軽く息を吐く。そして、遠くを見ながら語りだす。


「私が思うに、神隠しはこの村の一部の人間が仕組んだことだと思う」

「それはなぜ」

「まず、この村は外とは隔たれていて、余所者が入ってきたらすぐに村人に広がること。こんな村で怪しい動きをすれば、すぐに身バレするわ」


 確かに笹鳴さんの言う通りだ。山滝村の人たちは、余所者に厳しい。色眼鏡で見るところがあるし、そういう意味では悪さはできないだろう。


「だったら考えられるのはこの村の人間の犯行ということになる。御真守様の祟りを信じさせたい何者かが、神隠しを行っていた。私はそう考えてる」


 笹鳴さんの考えは、おおよそ僕と似通っていた。だからこそ、自分の考えに自信が持てる。


「僕の考えを聞いてもらってもいい」

「うん」

「僕は、美馬の父親が犯人じゃないかと考えてる」

「それはどうして」

「美馬の父親は二十年前に他界してる。美馬が子供だったころだ。そして神隠しが止まったのも二十年前だ」


 そこに因果関係があると僕は考えている。


「でも、それだけじゃ確証には欠けるわ」

「うん。だから調べたいんだ。もしかしたら、あの屋敷には、いなくなった人たちの遺体が眠っているかもしれない」


 あれほどの土地だ。遺体を隠すにはもってこいだろう。もし、美馬の父親が犯人でなかったとしても、調べることは無駄にはならない。


「美馬の父親というより、美馬の家が代々その役割を担ってきたのかもしれないわね」


 笹鳴さんがふとそんなことを言う。


「神隠しは大昔からあって、その記録は残っている。だとしたら、それにも犯人がいるわけでしょ」

「そうか。この村で一番の力を持っている美馬家がその役割を担っていたとしてもおかしくはない」


 笹鳴さんの補足で先が見えたような気分になる。

 山滝村はそんな歪な伝承が残ってしまった村だ。その伝承を語り継ぐ為に殺人が繰り広げられているのだとしたら、それは恐ろしいことだ。

 そんなことは起こさせてはいけない。殺人なんて恐ろしいことを、見過ごす理由はない。

 そろそろ、時代とともに消え去っていい頃合いだろう。

 その決着をつけるのは僕たちだ。


「静木くん、今回は頭が回っているのね」

「どうだろう。でも、いつもより閃きが多いのは確かだよ」


 そう言って僕は立ち上がる。テレビを消し、自室に戻った。部屋着から私服に着替えて、階下に降りる。

 笹鳴さんはもう準備万端という感じで玄関の前に立っていた。


「行こうか」


 僕はそう言うと一歩踏み出す。玄関のドアを開け外に出ると、むっとした熱気が立ち込めている。空はどんよりとした雲で薄暗い。

 僕と笹鳴さんは自転車に跨ると、図書館に向かう。図書館は村唯一の図書館で、村のはずれにある。

 僕と笹鳴さんは自転車を飛ばしながら、互いに目配せし頷きあう。

 図書館に着けば、真実に近づく。その確信が、僕の中にはあった。


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