第13話
「笹鳴さん?」
モニターに映っていたのは笹鳴さんだった。どうしたんだろうこんな時間に。
「どうしたの?」
モニター越しに声を掛ける。
「お話しにきたの。開けて」
笹鳴さんはそう言うと、髪を指で掬った。
僕は唾を飲み込むと、玄関に歩みだす。笹鳴さんなら安心だ。さすがに笹鳴さんが僕に危害を加えることはないだろうし。
そうして玄関のドアを開けると、笹鳴さんが一歩前に踏み出した。
「こんばんは」
「まさかこんな時間に来ると思わなかったよ」
僕がそう言うと、笹鳴さんは少し目を伏せると呟くように言葉を紡ぐ。
「泊りにきたの」
「は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。笹鳴さんが泊まる? 僕の家に?
「いやいや、それは駄目でしょ」
「なんで駄目なの?」
「いやなんで泊まりたいの」
笹鳴さんが僕の家に泊まりたい理由がわからない。困惑する僕を余所に、笹鳴さんは空を見上げた。
「私が、静木くんの名前を書いちゃったの。あんなに怒ると思わなかったから」
リベンジャーに名前を書いた件だろうか。
笹鳴さんは僕に向き直ると勢いよくまくしたてる。
「だから、静木くんをひとりにしちゃいけないって思ったの。誰かが傍にいなきゃ、いざって時に守れない。その誰かは私であるべきって思ったの」
なるほど。笹鳴さんはなんだかんだ言って、僕の名前をリベンジャーに書いたことを気に病んでいるらしい。
その罪悪感から僕に付き添うと決めたようだ。なら、僕としても断りづらい。
「でも、ご両親が心配するよ」
「ちゃんと許可は取ってきたから」
だとしたら、僕に言えることはもう何もない。僕は玄関のドアを開けると、笹鳴さんを迎え入れた。
「お邪魔します」
笹鳴さんは遠慮気味に僕の家に入ると、靴を揃えて家に上がった。
僕は夕食を食べている途中だったから、そのままリビングに戻る。笹鳴さんは僕の後ろをとことことついてくる。
「笹鳴さん、晩御飯は?」
「安心して。もう食べてきたから」
僕は胸を撫で下ろす。うちには晩御飯になりそうなものはない。笹鳴さんの分の食事を用意するとなったら、またコンビニに行かなければいけないところだった。
笹鳴さんとソファに並んで座る。
テレビはまださっきの番組が続いているようで、ホラー特集が放送されていた。それを見た僕はとっさに笹鳴さんに伝えようとしていたことを思い出した。
「そうだ、笹鳴さん。さっきテレビで見たんだけど、美馬と英二って同一人物だったんだ」
さぞ驚くだろうと思ってそう言った僕だったが、笹鳴さんの反応は意外にも落ち着いていた。
「うん、知ってる。私も人づてに聞いたところだったから」
「そうだったんだ」
笹鳴さんの驚く顔を見られなかったのは残念だが、僕たちの捜査も進展を見せたことになる。
「なら、やっぱり犯人は美馬だよ。糸井の彼氏が美馬だったのなら、糸井も無警戒になるはずだ」
「そうだね。美馬が怪しいのはずっと思ってたけど、今回のこの情報は決定的かもね」
笹鳴さんが嬉しそうに頬を緩ませる。
「それじゃあ、明日、美馬の家に乗り込むの?」
「ああ、そのつもり、なんだけど、その前にちょっと調べたいことがあって」
そう言うと、笹鳴さんは眉を潜めた。
「善は急いだほうがいいと思うけど」
「ああ、そうなんだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」
「気になること?」
「うん。この村の神隠しについて」
山滝村の神隠し。それは御真守様に供物を捧げなかったのを境に起こる怪奇現象とされている。
だが、僕は少し疑問を感じていた。
「さっきのテレビの情報なんだけど、神隠しが最後に起きたのは美馬の母親らしいんだ」
美馬の母親が数年前に消息を絶った。そして、それまで二十年もの間、神隠しは起きていなかった。
なら、なぜまた神隠しは起こるようになったのだろう。今回の神隠しは犯人が美馬だろうから説明はつくが、それ以前の神隠しはいったい誰が、どうやって行っていたのか。
ここまで来ると僕はこの村の祟りなんて信じてはいない。きっと神隠しも、人為的な何かがあるはずだ。そうなるとこの空白の二十年はヒントになるかもしれない。
「だから、午前中に図書館に行こうと思う」
「図書館に?」
「うん。図書館には古い新聞のバックナンバーがあるだろ。それを遡れば、何か情報は出てくる気がするんだ」
そう言うと、笹鳴さんは溜め息を吐きながら頷いた。
「気になるならしかたないね。それが美馬とどうつながるかはわからないけど」
笹鳴さんはあまり納得はしていないようだ。笹鳴さんとしては一刻も早く、美馬が犯人である証拠を掴みたいのだろう。
だが、僕はできる限りの情報は仕入れておきたい。情報は武器だ。情報を持っているだけ、戦は有利に運ぶ。
相手は女子高生を誘拐し、殺してしまうような異常者だ。そんなやつの相手をするのに、情報はいくらあっても物足りないだろう。
「そういえば、笹鳴さん、お風呂はどうするの?」
「家で入ってきたから心配しないで」
そう言うと笹鳴さんはテレビの電源を消した。
「こんな番組見てたら、夜眠れなくなるよ?」
「それはそうなんだけどね。つい見ちゃうんだよ。怖い物見たさってやつかな」
テレビを消したことで、リビングの中は静寂に包まれる。夜にクラスの女子と一緒にいるっていうのはなんだか緊張するけど、僕としては笹鳴さんに別に特別な感情を抱いているわけじゃない。
だから決して間違いは起きないだろうと思っていた。
「明日も急ぐのなら寝よっか」
笹鳴さんにそう促され、僕は立ち上がる。自室のベッドは一つしかないから、ベッドは笹鳴さんに使ってもらおう。
僕は一階からお客様用の布団を引っ張り出し、二階に持って上がる。本当は笹鳴さんと同じ部屋で眠るのは避けたかったんだけど、笹鳴さんが「一緒の部屋にいないと来た意味がない」と聞かないのでそうすることにした。
自室の床に布団を敷くと、僕はベッドを指さした。
「笹鳴さんがベッドを使って」
「私は下でもいいよ」
「ううん、お客様を床で寝させられないよ」
「わかった。ありがとう」
笹鳴さんは僕にそう断ってベッドに上がった。
「消すよ」
僕はそう言って電気を消す。豆球だけを着けて、明るさを保っておく。笹鳴さんにはトレイの場所も既に伝えてある。豆球を着けておけば、夜中にベッドから下りた笹鳴さんに、足を踏まれることもないだろう。
二人して布団に入ると横になる。
僕は瞼を閉じると、寝ようとする。
だが、女子が隣で寝ていると思うと、どうにも意識して眠れそうにない。僕は目を閉じながら、頭の中で羊を数える。だが、効果はあまりなかった。
「静木くん、起きてる?」
どうやら眠れないのは笹鳴さんも同じらしい。
「起きてるよ」
「じゃあちょっとお話しましょ」
笹鳴さんはそう言うと、体を僕の方に向けてくる。夏だから薄い掛布団を被った笹鳴さんは、僕を見て微かに笑った。
「ねえ。私がどこまで推理してたか、教えてあげよっか」
それは確かに気になる。笹鳴さんなら僕が考えてもいなかった時点で美馬に辿り着いていたんじゃないかって思う。この間少し聞いた笹鳴さんの推理も、僕が見えていなかった部分まで見えていたし、やっぱり笹鳴さんは凄いと舌を巻いたぐらいだ。
僕が頷くと笹鳴さんはゆっくりと語りだす。
「まず、最初に私が美馬を怪しいって思ったのは、最初に会った時かな」
「最初に会った時というと、石動さんの家で会った時かな」
「そう。その後、喫茶店に行ったでしょ。その時に美馬はこう言ったの。まあ確かに三人も死んでるってなったら黙っていられないよね。こう言ったの」
「あ、そうか」
僕はどうして気付かなかったのか。これは美馬の失言だ。
「そう。まだあの時点では、三人は行方不明になっただけで、安否は不明だった。でも、美馬は死んだと断言したの。そこで私は美馬が怪しいって思ったの」
確かに、この失言は美馬が三人の安否を知っているなによりの証拠だ。確かにこれだけじゃ美馬が犯人だと断定することはできないけど、少なくとも疑う要素にはなる。
「じゃあ、もうあの時点で、笹鳴さんは美馬に目を着けてたんだね」
「そういうことになるかな」
流石だ。笹鳴さんは僕よりも探偵役としての素質がある。僕もミステリを読むから、探偵役に憧れたりするけど、やっぱり笹鳴さんには敵わない。
笹鳴さんは、僕が探偵役に憧れているのを知っているから、あえて探偵役を譲ってくれている。だから笹鳴さんは隣で、情報をくれる役割を担ってくれているのだ。
「美馬が怪しいと思ったから、静木くんが美馬に注意が行くように誘導した」
「なるほど。さすがは笹鳴さんだ」
「美馬は車も持っていたし、あのお婆さんの言う通りなら、美緒か糸井のどちらかを車に乗せた可能性が高い。そしてそれが両方と顔見知りであるという情報が加われば真っ黒になる」
笹鳴さんはいったいいつからそこまで見えていたのか。僕が確証を持てずに右往左往する様子を苛立って見ていたのかもしれない。
「でも、静木くんは自力で美馬に辿り着いた」
「笹鳴さんに比べたら、僕なんてまだまだだよ」
「いいの。今回の件を静木くんに相談したのは、私の手に余ると思ったから。犯人は男で私は女。とても私の力じゃ対処できない」
この口ぶりからして、笹鳴さんは最初から犯人は男だと断定していたのだろう。その慧眼には敬服するばかりだが、正直頼ってもらって嬉しかった。
僕よりも知恵が回る笹鳴さんが、僕の力を必要としてくれた。それだけで僕は満たされる。やる気が沸々と湧いてくる。
結果的に、僕は犯人に辿り着くことができた。あとは証拠を押さえることができれば、この勝負、僕たちの勝ちだ。
証拠を押さえるには確かに美馬の居城に侵入する必要がある。それぐらいのリスクを冒さない限り、美馬は尻尾を出さないだろう。
そうなると、さすがに笹鳴さん一人の力では手に余る。僕が危険な役割を引き受けて、笹鳴さんは通報役に徹するのがいいだろう。相手が女子高生を狙っている以上、笹鳴さんが前を行くのは危険すぎる。体を張るのは僕の役目だ。
「昂って眠れそうにないや」
「しっかり寝ないと。明日は勝負なんだからね」
笹鳴さんはそう言うと、寝返りを打った。僕も笹鳴さんに背を向けると瞼を閉じる。結果は明日、出るだろう。
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