第12話

 家の中は真っ暗で静まり返っていた。両親が旅行でいない今、この家には僕一人しかいない。

 笹鳴さんがリベンジャーに僕の名前を書いたことで、僕は襲われるかもしれない恐怖と戦うことになった。

 僕は風呂掃除を済ませ、お湯を張る。夕食はまたコンビニ弁当でいいだろう。僕は家を出ると、買い物に向かう。


 自転車を飛ばし、コンビニで弁当を購入すると、店を出た。あたりはすっかり日が暮れて、紫色の景色になっている。その不気味な景色の陰に、犯人が潜んでいるかと思うと、思わず身震いしてしまう。


 僕は慌てて自転車に跨ると、一目散に家へと向かって漕ぎだした。

 時々背後を振り返り、誰も追ってきていないのを確認しながら自転車を漕ぐ。頭ではわかっている。僕が襲われるはずがないと。だが、心のどこかでもしかしたらを考えてしまう。


 大丈夫だ。犯人は女子しか狙わない。男の僕に興味はない。そう言い聞かせて前を向く。

 家に帰った僕は玄関の鍵を閉め、それ以外の窓の鍵も全て施錠した。これで誰も入ってはこれない。

 僕は安堵し胸を撫で下ろすと、脱衣所に移動し風呂支度を始める。衣服を脱ぎ捨て、全裸になって浴室に入る。お湯から湯気が立ち上り、室内を包んでいた。僕はそのもわっとした空気を切り裂いて、椅子に腰かけた。


 シャワーの温度を調節し、体を洗い流す。その物音ひとつが、どことなく恐怖を煽ってくるのを感じながら、僕は息を飲んだ。そういえば、風呂の窓は施錠していなかった。そうして僕がふと顔を上げると、浴室の窓が開いていた。


 どきり。緊張が走る。あのドアは最初から開いていたのか。それとも今しがた誰かが開けて覗いていたのか。男の風呂を覗く酔狂な奴はいないと思いながらも、僕の額に冷や汗が流れる。

 僕は立ち上がり、浴室の窓を閉めると、鍵を掛けた。どうして入る前に確認しなかったのだろう。余計な不安が湧きあがり、僕に雑念を生じさせる。


 ボディソープで体を洗い、シャワーで洗い流す。シャンプーで頭を泡立たせ、思案する。もし、本当に僕が襲われるとしたら、犯人はどうやってこの家の中に入ってくるだろう。宅配便のお兄さんを装ってとか、あるいは警察の振りをするとか。いずれにせよ、誰が来ても、僕は家の外に出ないことを決めた。

 シャワーで頭を洗い流す。頭を振って水気を飛ばす。湯船に浸かると、深く息を吐いた。


 天井から滴り落ちる水滴が、静かな空間に波紋を広げる。その等間隔に落ちる水滴の音が、僕の不安を煽ってくる。


「大丈夫だ」


 僕はあえて声に出してそう呟いた。僕は風呂に長居はできず、体が温まる前に風呂を出た。夏だから湯冷めはしないだろうが、冬だったら風邪を引いていたことだろう。

 僕はドライヤーで頭を乾かすと、リビングに移動する。机の上に置かれたコンビニ弁当を開封し、手を合わせて割り箸を割る。


 テレビを着け、適当にバラエティ番組を見ていると、タイミングの悪いことにホラー特集が始まった。

 季節も夏ということで、そういう番組が多いようだ。

 チャンネルを変えればいいだけなのだが、僕はこういうのを見だしたら最後まで見てしまう質だった。

 弁当を口に運びながらテレビを見ていると、心霊スポットを探索するというコーナーが始まる。


 そこは病院跡だった。建物がまだ残っており、錆びついた壁が雰囲気を醸し出している。芸能人がその病院に入り、カメラを回す。

 どことなく、奇妙な悲鳴のような小さな声が聞こえてくる。カメラの端に異形の何かが映り、スタジオが悲鳴に包まれる。

 映像がスロー再生され、女の人の顔のようなものがぼやけて映っているのが放送された。やはり幽霊はいるのだろうか。僕は信じているわけでも、信じていないわけでもない。だが、こうしてテレビの特集なんかを見ていると、幽霊はいるのだと実感してしまう。


 間の悪いことに、今日は家族が家にいない。僕一人なのだ。一人でこういう番組を見ていると、不意に寒気を感じたりして咄嗟に振り返ったりしてしまう。

 後からこの病院で起きた逸話が語られる。病院には精神患者が入院しており、自殺者がいたという。この病院で亡くなった人の亡霊が、今も病院をさ迷っているのかもしれない。そう締めくくられ、そのコーナーは終わった。

 そうして番組は地縛霊について解説が始まる。

 地縛霊とは何らかの執着でその土地に根付いている幽霊のことで、強い力を持つという。その説明を聞いていると、山滝村の祟りも地縛霊の仕業によるものなんじゃないかと思えてくる。


 山滝村の祟り。今回の事件を調べていくうえで、何かと話題に上がった祟りだが、僕はあまり信じてはいない。

 狭い村にはそういう伝承が残っているとよく聞く。これもその一種なのだろう。今回の事件は明らかに人間の仕業だし、過去に起きた神隠しも、きっと人の仕業だ。

 田舎だから監視カメラもない。目撃者もいなかっただけだと思っている。

 番組は次のコーナーに移行する。田舎に残る伝承というコーナーが始まり、見慣れた風景が飛び込んでくる。


「山滝村じゃん」


 まさかの山滝村を取材しにきたらしく、テレビで放送されている。芸能人が、山滝村に足を踏み入れた瞬間、周囲の人から見られていると感じると呟く。

 山滝村の住人は余所者に厳しい。外敵から身を守るため、村民が一致団結しているきらいがある。ましてや東京のテレビ番組となれば、なおさら警戒心は増すだろう。

 だからといって、無下に扱ったりはしないのも村民の特徴で、インタビューには素直に応じていた。


「この村に伝承が残っていると聞いたんですが、何かご存じですか」


 聞かれた村人は年配の男性で、少し耳が遠いようだった。芸能人がもう一度質問すると頷き、インタビューに答える。


「御真守様というのがいて、山滝村を守ってくれている」

「御真守様ですか」


 それから僕が老婆から聞いた内容と同じ話をする。御真守様には供物を捧げなければいけないだったりだとか、それが昔は人柱だったとか。

 でもよく考えたら、昔の人柱の時代は捧げられた人間はどうなったのだろうか。まさか本当に御真守様に食べられたとでもいうのだろうか。

 そう考えるとこの話は恐ろしい。真実の見えない深い闇が潜んでいる気がして、僕はたまらず身震いする。


「人柱を出さないと祟りが起こる」


 老人はそう答えると、人柱を怠った年には必ず神隠しが起きていたことを話す。時代が移り変わり、現在は兎の肉を捧げていると話したところで、芸能人の顔がひきつっていた。


 確かに伝統とはいえ、今の時代に動物を虐待するようなことは歓迎されないだろう。僕なんかは若いから、その伝承を知らなかったけど、老人たちの間ではずっと語り継がれている伝承なのだろう。


「神隠しに合うのは決まって女子じゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は凍り付いた。

 神隠しは女子限定。そして今回の事件も女子しかいなくなっていない。ひょっとして神隠しは大昔からこの村の人間の手によって行われているのではないか。そう思うとぞっとする。


「そこの家の奥さんも、神隠しにあってな」


 そう言って老人が指差した場所が、カメラに映る。それはなんと美馬の家だった。


「そこの息子に話を聞いたらどうだ」


 老人の勧めもあり、取材陣は美馬の家を訪ねる。出てきた美馬は取材を快くオーケーし、家の外で取材に応じる。


「ここの女性が神隠しにあったと聞きましたが」

「そうですね。もう五年も前のことでしょうか」

「それはあなたのお母さまですか?」

「そうですね。父が早くに他界し、母が女手ひとつで僕を育ててくれたので、いきなりいなくなったのは今でも驚いています」

「それは祟りのせいだと?」

「僕はそう思っています。やはり御真守様は人柱でなければ納得していないのだと思います。供物を兎に変えてから、数年に一度神隠しが起きている」


 そう話す美馬は御真守様がいかにこの村にとって重要かを、取材陣に話して聞かせた。

 曰く、御真守様はこの村を邪気から守ってくれている。その邪気を払う為には力が必要で、そのための供物だと。


「人の命を捧げることをどう思いますか」

「まあ今の時代ではありえないでしょうね。なので、神隠しは許容するしかないのかなと思っています」

「恐ろしい話ですね……」

「そうですね。二十年前から母が神隠しに合うまで、神隠しは落ち着いていたんですが」

「そうなんですね。それでまた神隠しが起きたと」

「そうなりますね」

「本当にそんな祟りがあるんでしょうか」


 芸能人が息を飲み、同時に僕も息を飲んだ。

 画面に表示されているある情報が、僕に衝撃を与えていたからだ。

 美馬英二さん。

 画面にははっきりそうテロップが表示されていた。どうして思い至らなかったのだろう。美馬と英二が同一人物だと。あの時、美馬の反応から、確実に英二のことを知っていると僕は考えていた。知っているどころじゃない。本人そのものだ。

 美馬と英二が同一人物だった。そうなると、容疑者は一気に一人に絞られる。僕は慌ててスマホを手に取ると、笹鳴さんにメッセージを飛ばした。すぐに既読になり、僕は息を飲んで返信を待つ。


 その瞬間、インターフォンが鳴り響いた。僕は過敏に反応し、その場で固まった。連続して鳴り響くインターフォン。誰かが僕を訪ねてきた。

 一体誰が? なぜこんな時間に? モニターまでは距離があって、誰かを確認できない。確認するのが恐ろしかった。

 僕は生唾を飲み込むと、恐る恐る立ち上がる。ゆっくり、ゆっくりと歩を進め、冷や汗を首元に流しながら、前へ進む。

 インターフォンはまだ鳴り響いている。

 僕は恐る恐るモニターを覗いた。



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