第11話

 洗い物を終えた僕たちは再び笹鳴さんの部屋に移動する。


「さて、甘い物を食べて休憩できたことだし、続きをやろうか」


 僕は再び机にメモ用紙を広げ、頭を捻る。


「行方不明になったのは女子ばかり。男が狙われていないのは偶然か必然か」

「それに関しては私が手を打ったわ」

「手を打ったって、具体的に何をしたの?」


 僕がそう聞くと、笹鳴さんはスマホでリベンジャーのサイトw開き僕に見せてくる。


「ここに静木くんの名前を書いた」

「え?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。僕の名前を書いた? リベンジャーに? 

 意味が分からない。どうして僕の名前が書かれなくちゃいけないんだ。


「静木くんは男だから、本当に襲われるかどうか確かめられる」

「本気で言ってる?」

「本気よ」


 笹鳴さんはきょとんとした表情で僕を見る。その表情からなんの悪気もなく実行したのが伺える。


「いやいやいや、それは危険すぎでしょ」

「どうして。ここまでの推論で男は襲われない可能性が高いって結論が出てるじゃない」

「それはそうだけど」

「それに、もし静木くんが襲われれば犯人が誰かわかるでしょ」


 この子はどうやら本気で言っているようだ。本気でこれが事件解決の為の作戦だと信じて疑っていない。

 僕は頭を抱える。まさかリベンジャーに名前を書かれるなんて。そんな危険を冒すつもりはなかった。

 僕はただ、退屈しのぎに事件に足を突っ込んだだけで、そんなリスクを冒してまで首を突っ込む気はなかったのに。

 書いて送信してしまったのならしかたない。笹鳴さんの言う通り、運が良ければ犯人の顔を拝めるかもしれない。


 犯人が凶器を持っていたら僕では対処できないけど、笹鳴さんはどうやらそこまで頭は回っていないようだ。


「静木くんなら大丈夫」


 なんの根拠もない大丈夫という言葉の空虚なこと。僕は溜め息を吐きながら、作戦を考える。


「もし、犯人が僕を襲いに来たとしたら、ターゲットは性別なんて関係ないってことになる。来なければ、女性に狙いを絞っているということになる。女性に狙いを絞っているとしたら、それはおそらく犯人が男性で、性的な目的があるからだ。それも、死体を愛するという異常者」

「そうね。だから一刻も早く犯人は捕まえないと」


 笹鳴さんはどこか焦っているように思えた。石動さんの身を案じているのだろうか。僕からすれば、石動さんが生存している可能性はかなり低いと見積もっているけど。

 なんにせよ、次の犠牲者を出したくないという気持ちは同じだ。その為に僕が体を張る必要があるのなら、気は進まないがしかたないのかもしれない。


「わかったよ」


 僕は溜め息を吐くと、笹鳴さんに向き直る。


「僕が囮になる。犯人がもし僕を襲ってきたら、すぐに捕まえるようにする」


 もし僕を襲ってくる相手が顔見知りなら、僕は油断してしまうかもしれない。だが、現状容疑者で僕の顔見知りと言えば、美馬ぐらいなので、美馬に最大の警戒をしておけば問題ないだろう。

 襲われる可能性は低いはずだ。狙われているのは女子生徒ばかりだし、僕は男だ。顔がバレるリスクを冒して、僕を襲ってくるとは考えにくい。


 だが、それでも恐怖は感じる。いつどこから襲われるかもしれないという恐怖は、想像以上に僕の心を蝕む。


「問題は三人の女子がどこに隠されているか、だね」


 この山滝村で死体を隠すのに適した場所と言えば、やはり山が考えられる。だが、山道を通った車はないと老婆は言っていた。

 死体を運ぶのに車は必須だろうし、山道を通った車両がないのなら、山に死体を埋めたという可能性は排除できる。

 なら、死体を隠しておく場所が必要になるはずだ。


「やっぱり美馬の家が怪しくないか」

「広いものね」


 そう。美馬の家は広い。あの広い敷地なら、死体を埋めても誰かに掘り当てられう可能性は低い。それに、異臭に気付かれることもないだろう。


「そうなるとやっぱり美馬が一番怪しいんだよな」


 石動さんと顔見知りで、広い家を持ち、車も持っていた。ただ、糸井をどうやって攫ったかがまだわからない。


 糸井は警戒していたはずだ。リベンジャーに名前を書いたという紙を受け取ってから、家に引きこもるほど、糸井は気を揉んでいた。なら、見知らぬ相手が近づいてきたら、全力で抵抗したはずだ。目撃者が一人もいないのはさすがにおかしい。

 となれば、糸井も警戒を解いていた可能性がある。となると顔見知りの線だが、糸井と美馬が顔見知りだという情報は今のところない。

 一番怪しいのは英二だが、こちらも情報が不足している。


「わからないな。美馬なのか、英二なのか。それとも二人ともなのか」


 二人が共犯なら片方の動機がわからない。片方は死体性愛者。それはわかっている。だが、果たしてそんな異常者がこの狭い村で二人も揃うだろうか。だとしたらもう片方は別の動機が隠されているはずだ。もし二人が共犯なら。

 調べれば調べるほど、美馬が怪しく思えてくる。高校時代、生物部に所属し、狸の死骸の解剖をしていたという情報も、僕は犯人に繋がるヒントではないかと考えている。

 死体性愛者なら、死体の解剖も好んでいるのではないか。

 これはこじつけの範囲を出ないが、美馬が死体性愛者である可能性を示しているとは思う。


「英二に関する情報がもっとあればな」

「ないものねだりをしてもしょうがないよ」


 笹鳴さんは僕の書いたメモを丁寧に一冊のノートにまとめてくれている。女の子らしい丸みを帯びた文字だ。笹鳴さんらしいなと僕は頬を緩める。


「駄目だ。考えがまとまらない」


 僕は髪をぐしゃぐしゃにすると、机に突っ伏す。


「静木くんでもそうなることあるんだ」

「そりゃそうだよ。僕は笹鳴さんと違って天才じゃないし」

「私も別に天才ってわけじゃないよ」

「でも、僕は笹鳴さんに知恵比べで勝ったことがない」

「静木くん、要領が悪いのよ」


 笹鳴さんは目を細めて、うっすらと微笑む。この少女の考えていることは僕にはわからない。いつか彼女の頭の中身を解剖して、覗いてみたいという欲求がないことはない。


「笹鳴さんはどう思うの」


 自分一人で考えていても埒が明かない。そう考えた僕は笹鳴さんの意見を聞いてみることにする。


「私は、美馬と英二、二人とも怪しいと思う」

「じゃあ共犯ってこと」

「共犯かどうかはわからないけど、少なくともこの名前の人物は事件に関わっていると思う」

「それはどうして」


 笹鳴さんは頬に手を添え小首を傾げると、すらすらと自分の考えを披露する。


「まず美馬に関して。これはやっぱり美緒の顔見知りで信頼する人物だったこと。思い出してほしい。美緒の手記を。美緒はまさかと書いていた。犯人の正体がわかったんだと思う。そしてその相手は身近な誰かだった」


 確かに石動さんの手記は犯人が誰かわかったかのうような記述があった。そう考えると、美馬は確かに黒くなる。


「美緒の手記を信じるなら、美馬は真っ黒よ。車もあって、死体を隠すのに適した大きな家を持っていて、尚且つ、美緒と顔見知り」


 笹鳴さんに言われると、途端に自分の考えに自信を持ててくる。


「それでいて、職業はプログラマー。裏掲示板を作るのなんて朝飯前だろうし、サイトを構築するのだって彼ならできる」


 そうだ。忘れていた。どうして失念していたのか。美馬は自身をプログラマーだと名乗っていたではないか。

 笹鳴さんの言うように、プログラマーなら、サイトを運営するのなんてお手の物だろうし、作るのだって同様だ。


「美馬にはありばいがない。ずっと自宅で仕事をしていたと本人は言っているけど、それを証明してくれる人は誰もいない。犯人である可能性は高いと思う」

「笹鳴さんも美馬が怪しいと思うんだね」

「でも、英二も怪しい。英二は糸井の彼氏で、糸井が唯一心を許していた可能性は高い。糸井を連れ去るのなら、英二が適任。だからこっちも黒い」


 美馬と英二。二人の容疑者はどこで接点を持っていたのか。笹鳴さんの考え通りなら、この二人は二人とも事件に関わっている。


「こうなったら美馬の家に潜入するか」


 僕がそう呟くと、笹鳴さんは破顔する。


「いいわ。それがいいと思う。美馬が怪しいのは間違いないし、証拠を掴めたら言い逃れもできなくなる」


 まさか笹鳴さんがここまで賛成するとは思わなかったが、僕自身、最終的にはどこかで腹を括らなければならないと思っていた。

 証拠を掴む為に、美馬の家に潜入する。田舎の家らしく、鍵なんかはかかっていなかったし、入り込むことはできるだろう。

 問題は見つかった時の言い訳だ。もし美馬が犯人ならば、嗅ぎまわる僕なんて邪魔でしかないだろうし、消したいはずだ。

 いくら女子しか狙っていないと言っても、口封じに襲われる可能性がないとも限らない。


「絶対に見つからないようにしないとね」

「安心して。私もついていくから」

「笹鳴さんは危ないよ」

「危ないのは静木くんだって一緒でしょ。どちらかが襲われたときに、もう一人が逃げて通報するほうがいいでしょ」


 確かに一理ある。僕が襲われたとしても笹鳴さんが逃げて通報すれば警察は駆けつける。


「それなら、見つかったら笹鳴さんは全力で逃げること」

「わかった。約束する」


 そういう約束を取り交わし、僕と笹鳴さんは話をまとめた。


「結構は明日。今日は帰ってゆっくりする」


 僕はそう言ってメモ用紙を片付けると、立ち上がる。


「一人で大丈夫?」

「平気さ。それにきっと僕は襲われない」


 そんな自信を言葉にし、僕は笹鳴さんの部屋を出る。

 微笑む笹鳴さんに見送られ、僕は家を出た。家を出たその瞬間から、背後に視線を感じる気がして、僕は早足で自転車に跨る。

 いつ、どこで襲われるかもわからない。リベンジャーに名前を書かれたことで、疑心暗鬼になっている。僕は自転車を漕ぎだすと、いつもより力を入れて漕いだ。一刻も早く家に帰りたかった。

 今日はきっと震えて眠るだろう。



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