第10話
「この高校は新任の先生に一年生の担任を任せる傾向がある。そして、新任の先生はすべて女性だ。だからうちのクラスの担任が女性である確率は結構高い」
「なるほど」
笹鳴さんは目を細めると、楽しそうに口の端を吊り上げた。
「私は男性だと思う」
「それはどうして」
「この山滝高校は一組の先生は学年主任になる先生が担当することが多いから」
確かに、僕と笹鳴さんのいるこのクラスは一組だ。加えて、笹鳴さんの主張は的を得ている。一組の担任が学年主任を任されることが多いということは、僕の言った新任の先生が担当するというケースからは外れるだろう。
「加えて、今年の一年生担当の先生で新任以外の先生は男性だから」
「参ったよ。僕の負けだ」
これは素直に負けを認めざるを得ない。笹鳴さんは多くの情報を持っていたし、確かな推理力も備わっているようだ。
「まだどっちかはわからないよ」
「笹鳴さんの主張の方が筋が通ってる。だから僕の負けだ」
僕はこの時、笹鳴さんは頭がいいのだと思った。
そうして教室に入ってきた先生は、男性だった。
笹鳴さんは僕を見ると、薄く笑う。
「まだまだだね、静木くん」
そう言って微笑む笹鳴さんは、さっきまでの無関心の表情ではなく、色のある表情をしていた。
それから僕たちは頻繁に知恵比べをするようになり、仲良くなった。笹鳴さんは頭がいいのは本当で、僕はまだ一度だって彼女に知恵比べで勝てた試しがない。
実際、成績のほうも笹鳴さんは優秀で、上位に食い込んでいる。
そうして仲良くなった僕たちは友達になった。
「とまあ、そんな感じです」
僕が話し終えるとお兄さんはおもしろがるように頷くと、僕に問いかけてくる。
「こいつ、頭いいから腹立つだろ」
「そんなことはないです」
「でも、そっか。ことりが興味を持つなんて、珍しいこともあるもんだ。こいつ、あんまり他人に関心ないから」
「もう、やめてよ兄さん」
笹鳴さんは居心地悪そうに顔をしかめる。
確かに笹鳴さんがなぜ僕に興味を持ったのか、僕は知らない。少なくともファーストコンタクトでは笹鳴さんは僕への興味は微塵もなさそうだった。
「僕も聞きたいな。どうして僕に興味を持ったの」
そう聞くと、笹鳴さんは僅かに頬を染めると、照れくさそうに言った。
「静木くんは頭が良さそうだったから」
小さく呟いたその声は消え入りそうなほど小さな声で、僕は危うく聞き逃すところだった。
「静木くん、すぐに自分の間違いを認めて負けを認めたじゃない。それは普通はそう簡単にできることじゃない。そんな人なら、私と知恵比べしても仲良くできると思ったの」
確かに、僕はすぐに自分の間違いを認めた。それは笹鳴さんの主張がとても納得できるものだったからだ。
そして僕も、そんな笹鳴さんとの知恵比べはとても楽しい。
「静木くん、兄さんの相手なんてしなくていいから」
「そう言うなよ。人嫌いの妹が友達を連れてきたんだからよ」
笹鳴さんが友達を連れてくるのは余程珍しいのか、お兄さんは興味津々といった感じで僕を見る。
そういえば、今回の笹鳴さんはやけにおとなしい。いつもならこういう頭を使う事件に遭遇した時は、率先して知恵を出すというのに。今回の笹鳴さんはどこか一歩引いているというか、遠慮気味だ。
「笹鳴さん、何か気付いたことがあったら遠慮せずに言ってね」
「うん。わかってる」
笹鳴さんはそう言うと、膝を崩した。
「それじゃそろそろ僕たちは行きます」
「なんだ、もう帰るのか」
「いろいろ調べたいこともあるので」
お兄さんにそう断って、僕と笹鳴さんは部屋を出る。
仕入れた情報を頭に入れ、僕は思考を巡らせる。わかったことは美馬が山滝高校の出身だということと、いじめられていたということ。
まだわからないが、美馬が裏掲示板を作った可能性もあると思う。
「笹鳴さんはどう思う」
僕がそう聞くと笹鳴さんは頬に手を添えて小首を傾げる。
「私は美馬さんが怪しいと思う」
「やっぱりそうか」
今のところ、僕と笹鳴さんの意見は一致している。頭の回転の速い笹鳴さんが言うのだ。この推理はいい線いっているのではないかと思う。
お兄さんの部屋を出た僕たちは、そのまま笹鳴さんの部屋にお邪魔する。笹鳴さんが一階に下りてジュースを入れに行っている間、僕は適当に部屋の中を見回す。
「あ、アルバムがある」
悪いとは思ったが好奇心には勝てず、僕は本棚から笹鳴さんの中学時代のアルバムを手に取った。
中を開くと、セーラー服の笹鳴さんの写真が他のクラスメイトと並んで写っている。アルバムを捲っていくが、笹鳴さんの写真はあまりなく、たまに見つけても他の生徒の陰に隠れているような写真ばかりだった。
「あんまり写ってないでしょ」
部屋に戻ってきた笹鳴さんに背後から声を掛けられ、僕はびくっと飛び跳ねた。
「勝手に見てごめん」
「いいわよ。減るもんじゃないし」
そう言って笹鳴さんは僕にジュースの入ったコップを差し出してくる。
「ありがとう」
僕はお礼を言ってコップを受け取ると、中のジュースを啜った。
「美馬が怪しいと思うのは僕と笹鳴さんの共通の意見だと思うけど、英二についてはどうだろう」
「確かに英二も怪しいと思う。糸井が警戒心なく攫われたことを考えると、その彼氏の英二はかなり怪しい」
「犯人は一人とは限らないわけだ。美馬と英二が共謀してやっている可能性もある」
「でも、やっぱり動機がわからないわ。二人で協力して誘拐を演出する動機なんて」
確かにそれはそうだ。動機がわからなければ、決定打にはならない。
僕は思考を巡らせる。そうして、裏掲示板に書かれていた文言を思い出す。
「死体は美しい。魂が抜けた後の肉体だけが残ったその姿は、何にも代えがたいほど貴重なものだ。死体は長くは保管できない。だからこそ、その一瞬の美しさが僕を引き付ける」
僕はその言葉をメモ用紙に書き記すと、笹鳴さんに手渡した。
「裏掲示板を作ったやつの書き込みだ。死体を愛しているんだ。動機は人間の死体を手に入れる為、じゃないだろうか」
あの裏掲示板には、最初は虫の死骸と書かれていた。それから動物へ移行していったと。なら、人間の死体に興味を持つのもおかしくないような気がする。
「確かにその可能性はあるわね」
笹鳴さんも頷いてくれる。
犯人は死体性愛者だ。死体を愛する変質者。その変質者に狙われたのが今回行方不明になった三人。リベンジャーはその死体を調達する為に作られた。
そう考えると、行方不明になった三人の共通点は何だろうと考える。それは女子であることだ。今のところ、男子が行方不明になったという情報は入ってきていない。
「女子ばかりを狙っているとしてら、犯人は男の可能性が高い」
「死体性愛者だとしたら、異性の死体に興味を持つはずだから?」
「そうだ。もしリベンジャーに男の名前が書かれるなんてことがあったなら、確かめることができるんだけど」
そう言うと、笹鳴さんは頬に手を添え小首を傾げる。
「そういうことなら、私に考えがあるわ」
「どんな考え?」
「内緒。私の方で手は打っておくから、安心して」
笹鳴さんはそう言うと、僕の手を取った。
「それよりも、ちょっと休憩しましょ。朝からぶっ通しで頭を使っていて疲れたでしょ」
確かに、朝からというよりここ数日ずっと事件のことばかり考えている。
そろそろ頭が熱を帯びてパンクしそうだ。
「甘い物作ろう」
笹鳴さんはそう言うと僕の手を引いて一階に下りる。台所に立つと、机の上に材料を広げていく。
ボールに卵と牛乳を入れ、泡立て器を僕に手渡すと、笑顔で「混ぜて」とおねだりしてくる。
僕は苦笑すると、言われた通りに混ぜていく。卵が潰れ、牛乳とよく混ざったところで、笹鳴さんがボールを引き受けた。
今度はホットケーキミックスを入れて、再び僕に手渡してくる。僕は頷くと、再びボールの中身を混ぜていく。ホットケーキミックスを入れた分、重さが増した。しっかり混ざると泡立て器にまとわりついたどろりとした物体が、垂れていく。
笹鳴さんがホットプレートを用意し、電源を入れて温める。
ホットプレートが温まったタイミングで、笹鳴さんがプレートの上に種を落として広げていく。
綺麗な弧を描きながら、円を作った種はだんだんと気泡を生み出していく。やがて気泡に穴が開き始めると、笹鳴さんが裏返す。綺麗なきつね色に焼けたパンケーキが、甘い香りを漂わせてくる。
僕のお腹がぐーっと鳴った。
それを聞いた笹鳴さんが口元に手を当て笑っている。
裏面もじっくりと焼くと、笹鳴さんが皿に移した。
それから次々と種がある分、パンケーキを焼いていく。完成したパンケーキを皿に移すと、生クリームを絞る。最後にシロップをかけて完成だ。
「さ、食べよ」
笹鳴さんが目を輝かせながら手を合わせる。僕もそれに倣って手を合わせると、パンケーキにフォークを差し込む。ふんわりとした弾力のあるパンケーキを一口サイズに切り分け、口へ運ぶ。
「うん、美味しい」
口の中で蕩けるように消えていくパンケーキに舌鼓を打つ。
笹鳴さんは親指を立ててどや顔をしている。
「やっぱり、疲れた時は甘い物だよ」
笹鳴さんはうっとりとした表情でパンケーキを口へ運ぶ。
そうして作ったパンケーキを何度もおかわりし、気づけばすべて食べきってしまっていた。
さすが笹鳴さん。あの小さな体のどこにこれだけの量のパンケーキが仕舞われているのか。
「ごちそうさまでした」
二人して手を合わせて、食事を終える。使った食器類をシンクに運び、笹鳴さんと並んで洗い物を始める。
「ありがとうね」
笹鳴さんは小さくそう言ってくる。
「何が?」
「相談乗ってくれて」
「笹鳴さんの相談だからね」
「おかげで、美緒に報いれそう」
笹鳴さんはそう言うと、食器を食洗器に仕舞っていく。
石動さんに報いる為にも、絶対に犯人を見つけなければならない。おそらくもう生きてはいないだろうけど、これ以上犠牲者を出さない為にも、一刻も早く見つけなくちゃいけない。
「これ以上、犠牲者は出したくないから」
笹鳴さんも同じ気持ちのようだ。
僕は頷くと、再び思考を切り替える。
あと数ピース、埋めることができたなら、犯人まで近づくことができるだろう。そのピースはすぐそこまで来ている気がする。
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