第9話

「美馬さんは普段はどんな生活を送っているんですか」

「僕は在宅ワークが中心だからね。基本は家で仕事してる。家庭教師の仕事は夕方以降に引き受けていたって感じかな」

「ではありばいを証明してくれる人はいないってことですね」

「そうなるね」


 自宅で引きこもって仕事をしていたのなら、誰もそれを証明できる人はいない。美馬が容疑者であることに違いはない。

 だが、だからといって美馬が犯人だと決めつけることもできない。何も証拠がないし、英二さんと呼ばれる糸井の彼氏だって怪しいのだ。断定はできない。


「では英二という人間に心当たりはないですか」

「英二?」


 美馬は少しだけ眉をひくつかせた。


「その男がどうかしたの?」

「実は行方不明になった女子の彼氏でして。容疑者の一人なんですけど手掛かりがなくて困っています」


 美馬は少しだけ目を逸らすと、小さく「知らないな」と呟いた。

 僕は頷くと席を立つ。


「ありがとうございました。聞きたいことは以上です」

「なんのお構いもできなくてすまないね」


 僕と笹鳴さんは部屋を出ると玄関に向かって歩き出す。


「ああ、そうだ。ひとつ聞いていいかい」


 美馬は帰ろうとする僕たちを引き留める。


「なんですか」

「君たちが疑っているのは僕と、その英二という男の二人だけなのかな」

「そうですね。他に手掛かりがないので」

「わかった。ありがとう」


 そう言い残すと美馬は今度こそ僕たちを見送った。

 美馬の家を出た僕は笹鳴さんに早速耳打ちする。


「美馬が怪しい」

「どうして?」

「英二の名前を出した時の美馬の反応だ。明らかに嘘を吐いていた」


 美馬は一瞬言葉を濁したし、言い淀んだ。何かを知っている証拠だ。

 だが、これで本当に行き詰った。これ以上、僕らにできることはあるだろうか。

 とりあえず、もう一度喫茶店に行って、考えをまとめるか。


「笹鳴さん、付き合ってくれる?」

「もちろん。私が相談したんだもの」


 笹鳴さんはそう言うと自転車に跨る。それに倣って僕も自転車に跨ると、喫茶店に向かって漕ぎだした。

 喫茶店に入ると、僕は適当にコーヒーだけを頼んだ。笹鳴さんはまたケーキを頼んでおり、その小さな体のどこにケーキが仕舞われるのか純粋に興味が湧いた。

 僕は運ばれてきたアイスコーヒーを啜ると、紙をテーブルに広げる。

 紙には、手に入った情報を書き記してある。基本的に時系列順に書いてはいるが、僕はそれほど字が上手くないので読みにくい。


「読みにくいね」

「ごめん」

「美緒がいたらもっと綺麗に書けたのにね」

「書道習ってたんだっけ」


 家庭教師の他に書道もやっていたのだから、石動さんの家庭は裕福だったのだろう。

 とりあえず、知り得た情報を眺めてみる。だが、思い浮かぶのは美馬と英二が怪しいという結論しか出なかった。


「美馬は英二を知っている。と、仮定して」


 僕は自分の考えを笹鳴さんに披露する。


「美馬と英二は共犯の可能性があるとかどうだろう」

「共犯?」

「うん。美馬は英二のことを知っている風だった。それを僕らに教えなかったのは、自分に繋がったらまずいと考えたからじゃないだろうか」


 美馬の少し動揺した様子からも、何か僕たちに知られてはまずいことがあったのは明白だ。そこを怪しいと考えるのに、他に理由はいらない。


「でも、二人が共犯なら動機は何?」

「確かに、動機はわからない」


 山滝村の祟りの伝説を蘇らせる為、とか。いや、それにしては手口がはっきりしすぎている。犯人はリベンジャーというサイトを使って、誘拐を行っている。祟りとは何の関連性もない。


「やっぱり美馬について調べるのが手っ取り早そうだ」


 僕はそう考えをまとめると、美馬と書かれた部分に丸をつける。


「もしかしたら私のお兄ちゃんが知っているかも」


 不意に笹鳴さんがそんなことを言いだす。

 笹鳴さん、お兄さんいたのか。てっきり一人っ子だと思っていたけど。


「お兄さんって?」

「私のお兄ちゃん、二十四だから。美馬がもし山滝高校の出身なら、知っているかもと思って」


 確かに、リベンジャーを作った犯人は山滝高校の出身者である可能性が高い。なら、美馬はどうだ。さっき聞いておけば良かった。

 しかし、笹鳴さんのお兄さんが美馬と同い年というのは僥倖だ。もし、笹鳴さんのお兄さんが美馬を知っているなら、学生時代の様子とかを聞けるかもしれない。


「それじゃあちょっと話を聞かせてもらってもいいかな」

「ちょっと待ってね。聞いてみる」


 笹鳴さんはそう言うと電話を取り出し、耳に当てる。相手は応答したようで、事情を説明し、交渉している。

 やがて電話を切った笹鳴さんは手でオーケーサインを作った。


「大丈夫だって。今からなら空いてるって」

「よし、じゃあ行こう」


 僕はアイスコーヒーを呷ると、会計札を手に取った。


「待って。まだケーキが残ってる」


 笹鳴さんはそう言うと、名残惜しそうにケーキを突くと、一口に平らげた。味わうようにじっくりと咀嚼し、幸せそうに飲み込んだ。

 僕は会計を済ませると外に出る。自転車に跨り、笹鳴さんが僕を先導する。


「私の家、来るの初めてだよね」

「そうだね。お邪魔するのは初めてかな」

「こっち。ついてきて」


 笹鳴さんの後に付いていき、自転車を飛ばす。心なしか、笹鳴さんの自転車を漕ぐ速度がいつもより速いように感じた。

 十分ほど自転車を飛ばすと、笹鳴さんは自転車を止めた。ごく普通の一軒家で、周囲には家々が並んでいる。割と新しい住居のようで、周囲の家に比べて外観は綺麗だった。


「入って」


 笹鳴さんは家のドアを開けると、僕を中に招き入れた。玄関の靴箱の上に花瓶が飾ってあり、造花が活けられている。

 家に上がると、笹鳴さんは階段を上っていく。僕も後に付いていくと、笹鳴さんは角の部屋のドアをノックした。


「入っていいぞ」


 男の声が返ってきて、笹鳴さんはドアを開ける。

 中にはベッドでくつろぐ男性がいた。すらっと背が高く、細身の男性だ。笹鳴さんは背が小さいから、てっきりお兄さんもそうなのかと思っていたけど、違ったらしい。


「君がことりの友達の?」

「静木です」

「そうかそうか。ことりが男友達ね」


 お兄さんは和やかに笑うとことりを見た。


「もう、兄さん、そんなんじゃないから」


 笹鳴さんは早くも釘を刺している。確かに高校生の男女が一緒に行動していたら邪推されるのはしかたがない。


「それで、何を聞きたいんだ」

「美馬さんのこと。電話で言ったでしょ」

「美馬ね。知ってるよ。同じ高校だったし」


 ビンゴだ。やはり美馬は山滝高校の出身らしい。


「美馬さんってどんな生徒だったんですか」

「成績優秀で運動音痴って感じの奴だったよ。部活は確か生物部だったかな。よく狸の死体の解剖とかやってたよ」

「なるほど。美馬さんとは仲が良かったんですか?」


 僕がそう聞くとお兄さんは顔をしかめた。


「そんなわけないだろ。美馬はどこか近寄りがたい奴で、あんまり人と関わろうとしなかったし」


 人付き合いが苦手だったのだろうか。


「ほら、あいつ見てくれはいいだろ。だから女子も最初は好意を持つんだけど、人を近づけないからそんなにモテたこともなかったんじゃないか」


 高校時代の美馬は孤高の存在だったのか。


「ほかには何か知っていることはありますか?」


 僕がそう聞くと、お兄さんは首を捻って思案する。


「そうだ。あいついじめられてたんだよ」

「いじめ、ですか」

「ああ。クラスの不良っぽいやつに目つけられてさ」


 いじめを受けていたのなら鬱憤は溜まっていたことだろう。その鬱憤を吐き出す為に裏掲示板を作ったのだとしたら。

 十分考えられることだ。


「俺が知ってるのはそれぐらいだよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「せっかく来たんだ。俺にも君らのこと聞かせてくれよ」


 そう言われては断れない。こちらは話を聞かせてもらった側だ。相手の要求があるのなら甘んじて受け入れるしかない。


「僕と笹鳴さんのことですか」

「そうそう、二人の馴れ初めとかさ」

「だからそんなんじゃないって」


 笹鳴さんは呆れた様子でそう否定する。

 まあ確かに笹鳴さんは人を寄せ付けないタイプだし、そんな笹鳴さんと僕がどうやって仲良くなったのか興味があるのも頷ける。

 僕は軽く息を吐くと、笹鳴さんと出会った時のことを思い出す。



 高校に入学して、まず最初にしなければいけないのは友達作りだ。高校生活を楽しく過ごす為には、友達を作らなければならない。

 会話のきっかけにするには隣の席になった子が話しやすいだろう。そう考えた僕は隣の席に座っていた女の子に声を掛けた。


「静木です。お隣さんだね。よろしく」

「笹鳴。よろしくね」


 そっけない返事がきた。笹鳴さんは目も合わせず、すげなくそう答えた。僕は苦笑して頭を掻くと、それでもめげずに声を掛ける。


「笹鳴さんは西中から来たの?」

「そうよ。そういう君は東中?」

「そうだね。笹鳴さんは勉強得意?」

「普通よ」


 会話が終わる。笹鳴さんは会話を続ける意思が無さそうで、窓の外をずっと眺めていた。

 僕は溜め息を吐くと、どうしたものかと思案する。だが、なかなか妙案は思いつかない。

 そんな時、クラスの話題が、担任が男性か女性かというのを予想するものになった。


「笹鳴さんはどっちだと思う?」

「興味ない。そういう君は?」


 そう聞かれた僕は迷わずに答えた。


「女性かな」


 そこで初めて笹鳴さんが僕に興味を抱いたようだった。初めて僕の顔を見ると、口の端を吊り上げた。


「迷わないんだね」

「迷うような問題でもないからね」


 そう言うと笹鳴さんはおもちゃを見つけたというように微笑むと、小さく呟いた。


「じゃあ、その理由を聞かせて」


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