第8話
「え、見たんですか?」
「ああ、男の車に女子が乗り込むのをばっちりと」
「攫われたわけではなく、自分から乗り込んだ?」
「そうじゃな」
どういうことだろう。もしこの話が本当ならその男と女子は顔見知りという可能性が高い。ただ、この証言が行方不明になった女子とは限らない。
だが、今まで有力な手掛かりがなかったから、少し光が差した気がした。
「一応聞きますけど、顔とかって覚えてますか」
老婆は首を横に振る。
「いんや、暗くてよく見えなんだからな」
「そうですか」
顔を見ていないのなら犯人に繋がるとは思えない。
だが、もしこの老婆が見たのが犯行の瞬間なのであれば、犯人は男で車を持っていることになる。
「それっていつごろの話ですか」
「はて、いつ頃だったかな。数日前か一週間前か」
「覚えてないんですか」
「年じゃからな」
時期によっては車に乗り込んだ女子が誰か特定できると思ったけど。数日前から一週間前。なら、石動さんか糸井の可能性が高いな。
「きっと男に祟りが取り憑いているんじゃな」
「それはどうでしょうね」
犯人は男。それも被害者の顔見知りの可能性が高い。僕は立ち上がると老婆に頭を下げる。
「ありがとうございました。僕たちはそろそろ行きます」
老婆は頷くと「少し待て」と言って奥に引っ込む。そうして出てきた老婆は僕に御守りを握らせる。
「これを持っておくといい。魔除けの御守りじゃ」
「ありがとうございます」
物騒な事件に足を突っ込んでいるんだ。御守りぐらい持っていて損はないだろう。
僕は懐に御守りを仕舞うと、もう一度老婆にお礼を言って家を出る。
調べることが増えた。糸井、三島、石動さんの顔見知りの中で男を探す。その男は容疑者だ。僕はそう考えると、自転車に跨った。
「杉山の家に行く」
「わかった」
笹鳴さんを連れて、僕は自転車を漕ぎだす。糸井の交友関係なら杉山に聞くのが手っ取り早い。そう考えた僕は杉山の家に向かった。
学校が休校になったから、杉山も家にいる可能性が高い。僕たちは西中の校区まで来ると、杉山の家に自転車を止めた。
インターフォンを押し、杉山が出てくるのを待つ。しばらくすると杉山が顔を出した。
「なんだよ、お前ら」
「糸井のことで聞きたいことがある」
そう言うと杉山は渋々といった様子で家から出てくる。
「何が聞きたいんだよ」
「男だ」
「男?」
僕は慌てて事情を説明する。杉山は黙って僕の話を聞くと、納得したように頷いた。
「それなら心当たりがある。糸井は英二さんっていう年上の男と付き合ってた」
「彼氏がいたのか」
「ああ。あたしは会ったことはないけど、二か月前から付き合っていたよ」
彼氏。それも年上の。年上なら車を持っている可能性があるな。
「その英二さんはどんな男か詳しくは知らないか?」
「んー、糸井が言っていたのは金払いがいいって。よく小遣いを貰ったって自慢してたよ」
金持ちか。だったらなおさら車を持っている可能性は高い。
老婆が見たのは糸井だろうか。まだ確証は持てないが。
「ほかに何か手掛かりはないか」
「そうだな。あたしは会ったことないからさ。詳しくは知らないんだ。だけど、糸井が素直に車に乗り込むとしたら、その英二さんぐらいだとは思う」
英二さん。この村で片っ端から聞いて回れば、英二さんという男を見つけることはできるだろうか。いや、駄目だ。英二さんが一人しかいないとは限らないし、まだその英二さんが犯人だと決まったわけじゃない。
「石動が消えたっていうのは本当なのか」
不意に杉山が聞いてくる。
「ああ、数日前から石動さんも行方不明なんだ」
「私じゃないからな。石動の名前を書いたのは」
「正直、杉山じゃないかって疑ってた。けど、石動さんは犯人に直接関わった可能性がある。だから信じるよ」
「そうか。ならいいけど」
杉山はほっと胸を撫で下ろすと、踵を返した。
「もういいか。私もあまり外に身をさらしておきたくない」
「いいよ。助かった。ありがとう」
家の中に帰る杉山を見送り、僕は頤に指を添える。
「英二さんか。糸井と交際関係にあったのなら、糸井の警戒心も薄いだろう。いや、むしろ英二さんに助けを求めた可能性もあるな」
「そうだね。不安な時は、誰かに頼りたくなるもの」
笹鳴さんが同調する。
今ある手掛かりからもっとも犯人に近い線は英二さんだろう。僕は思案し、英二さんの手掛かりを集めることにする。
「とにかくさっきの老婆の家付近に行って、聞き込みをしよう」
「そうね。それがいいと思うの」
笹鳴さんも頷いてくれたので、僕たちは再び自転車に跨った。
山滝村は結構土地としては広い。端から端まで移動しようと思ったら自転車で四十分はかかる。杉山の家から老婆の家までは自転車で十五分ほどだが、それでも往復すると結構足が疲れた。
自転車を止め、人通りの多い場所で待機する。川が流れており、その橋の上は、行き来する人が良く通る。道行く人に声を掛け、英二さんという男を知らないかを聞くためだ。
最初に通りかかった中年の男性に声を掛ける。
「すみません。ちょっと人を探してまして」
「おーなんだ」
「英二さんという男の人、知り合いにいませんか?」
「英二? いや、いないな」
「そうですか。ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言い、見送る。最初から当たりが引けるとは僕も思っていない。数を打って当てるしかない。
そう思った僕は次から次へと声を掛ける。だが、誰も英二さんという人間を知らなかった。二時間ぐらい聞き込みをしてみたが、有力な手掛かりは得られなかった。
「英二さん、人付き合いがない人なのかな」
「そうかもね。でも、たった二時間聞き込みをしたぐらいじゃ、有力な手掛かりは得られないよ」
「そういうもんかな」
「そういうもんよ」
改めて警察には頭が上がらない。捜査の基本は自分の足だとよく言うけれど、早くも僕は心が折れそうだった。
僕は橋の上でぐっと伸びをする。空はどんよりと曇っていて、風も生暖かい。ふーっと息を吐くと、僕は体を反転させ川を見つめる。
水面の奥に小魚が泳いでいるのが見える。のどかな村だ。こんなのどかな村で、誘拐という恐ろしい事件が発生した。村人たちは危機感がない。どこか他人事だ。基本、この村の人間は他人にあまり関心がないし、気にしていない。だから証言を得るのは難しい。警察の捜査が難航しているのも、証言が得られないからだろう。
となれば、最後に頼りになるのは自分の頭だ。手に入れた情報をもとに、推理を組み立てなければならない。
岡崎がリベンジャーに三島の名前を書き、三島が姿を消した。
石動さんが糸井の名前をリベンジャーに書き、糸井が姿を消した。
リベンジャーを作ったのは山滝高校の裏掲示板の製作者。
石動さんは犯人に近づいた可能性がある。
石動さんは美馬に恋をしていた。
男の車に乗り込む女子の姿が目撃されている。
糸井には英二さんという彼氏がいた。
集めた手掛かりはこれぐらいだ。そこから考えられることといえば、そう多くはない。
僕は頭を捻って知恵を絞りだす。
「美馬に会いに行こう」
「それはどうして」
「美馬もまた石動さんの顔見知りだ。老婆の言っていた男の車に乗り込んだのが石動さんなら、美馬の可能性があるだろう」
「そうね。確かにそうだわ」
そう。美馬も容疑者の一人だ。昨日会った時はそんなに悪い人間ではないように思えた。だが、人間は裏にどんな顔を隠しているかわからない。もう一度会って、それを確かめる。
そう決めた僕と笹鳴さんは自転車を漕いで、村のはずれまで移動する。時間にしてに十分。そして美馬の言っていた豪邸を見つける。
「ここが本当に美馬の家なのか。改めてみるとでかいな」
広さとしては三百坪ほど。木でできた壁に沿って門がある。隣には車庫があり、確認すると車が置いてあった。僕と笹鳴さんは門を潜ると、敷地の中に入った。
庭は手入れの行き届いた美しい空間だった。池には鯉が泳いでおり、跳ねて水を飛ばしている。
インターフォンは備え付けられてはいないようで、僕たちは直接声を掛けることにする。
家のドアを開け、声を掛ける。
「美馬さん、いらっしゃいますか」
奥からすぐに美馬が姿を見せる。
「おや、君たち。どうしたんだい」
「ちょっともう少し話を聞かせてもらいたくて」
そう言うと美馬は苦笑する。
「まあいいよ。今ちょうど休憩していたところだったからね。上がりなよ」
「お言葉に甘えて失礼します」
美馬に招き入れられた僕たちは靴を脱いで家に上がり込む。
家の中は長い廊下が続いており、いくつも部屋が見えた。
「そっちは行かないでくれ。散らかってるからね。お客様に見せられる状態じゃないんだ」
長い廊下の奥は行くなと釘を刺されたので自重する。
僕と笹鳴さんは美馬について歩くと、応接間に通される。
「ちょっと待ってね」
美馬は冷蔵庫からジュースを取り出すと、コップに注いでくれる。それをお盆に乗せて運んでくると、僕たちの前に差し出した。
「外、暑かっただろ。それでも飲んでゆっくりしてよ」
「ありがとうございます」
僕は礼を言い、ジュースを呷る。冷たいジュースが喉を潤し、体を冷やしてくれる。
「それで、話って」
「実は、聞き込みをしてまわっていたら女子が男の車に乗り込むところを見たという人がいて。もしかして石動さんかなって思ったんです。だったら顔見知りの男の人というと美馬さんかなって」
「なるほど。僕は疑われているわけだ」
美馬は苦笑すると頭を搔いた。
「確かに僕は美緒ちゃんを車に乗せたことはあるけどね。勉強のご褒美にパフェに連れて行ったりしてたから」
「否定しないんですね」
「嘘を言ってもしょうがないだろ。それに僕はやましいことはしていないからね」
美馬は飄々とそう言う。
「すみません。疑ってしまって。手掛かりがなくて行き詰っていたもので」
「それは君たちがやらなきゃいけないことなの? 警察に任せておくのが一番だと思うけど」
それは確かにそうだ。僕たちがいくら詮索したところで、手に入れられる情報には限界がある。
だが、笹鳴さんの初めての相談事なのだ。てきたら応えてやりたい。
「心配なので。できることをしたいんです」
「そうか」
美馬は納得したように頷くと手を打った。
「何でも聞いてくれ。僕でよければ協力しよう」
美馬はそう言うと背もたれに深く座り込んだ。
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