第4話
石動さんの家に着くと、家の前に男がいた。僕と笹鳴さんは自転車を止めると、その男性に声を掛ける。
「石動さんの家になにか用ですか」
男は僕たちを見ると、頭を下げた。優しそうな眼をした男だった。黒のシャツに青のズボンを履いた男で、手にはオフィスバッグを持っている。年のころは二十代前半といったところで、大学生と言われても納得できる。
「僕は美緒ちゃんの家庭教師でね。今お母さんから事情は聞いたよ」
「家庭教師ですか。そうだったんですね」
家庭教師なら、石動さんとマンツーマンで対峙していただろうし、何か知っているかもしれない。
「もしよかったらお話聞かせてもらえませんか」
僕がそう声を掛けると、男は渋々といった様子で頷いた。
「まあ、いいよ。もともと授業の予定で来たんだし。時間は空いている」
「ありがとうございます」
「立ち話もなんだし、喫茶店でも行くかい」
「そうですね」
話がまとまり、喫茶店に行くことになる。僕と笹鳴さんは自転車から下りて、歩きながら手で自転車を押す。
近くに喫茶店があったので、そこに入る。店は閑散としており、客は僕たちだけのようだ。適当に窓際の席に座り注文を済ませると、男が溜め息を吐いた。
「僕は
「僕は静木倫太郎で、こっちは笹鳴さんです。石動さんとは同じ学校の友達で」
「そうなんだね。美緒ちゃん、友達いたんだ。僕には友達はいないって言ってたから」
実際、僕は石動さんと親しいわけではなかった。友達と呼べるのは笹鳴さんぐらいだろう。
「それで、僕になんの話かな」
「えっと、石動さんの様子で何か変わった様子とかはなかったですか」
「そうだね。いつも通りだったよ。一週間前も授業で会ったけど、別段、いつもと違うと感じたことはなかった」
近しい家庭教師ならば、石動さんの様子で変わったところを見抜いているかと思ったが、そうではなかったか。
そう思ったが、美馬は「待てよ」と呟くと、頤に指を添え思案する。
「そういえばいつもより明るかったかな。なんか機嫌が良かった気がする」
「機嫌が良かった?」
「ああ。いつもより集中力があった気がするな」
となると、やはり石動さんが糸井の名前をリベンジャーに書いたのだろう。実際に糸井が行方不明になり、いじめから解放されたと思って上機嫌になっていたとか。
「石動さんの家庭教師は長いんですか?」
「そうだね。美緒ちゃんが中学一年生の時からだから、四年は見てるかな」
「失礼ですがおいくつですか」
「二十四だ。大学生のころから見ている感じ。えっとね、僕も両親がいないから美緒ちゃんは妹みたいな存在だったんだ」
「ご両親、いないんですか?」
「ああ。二人とも他界していてね。無駄に広い家だけが残って僕一人で住むには持て余しているぐらいだよ」
若くして両親を亡くし、苦労したことだろう。それでも立派にプログラマーの仕事をしているのは天国にいる両親も鼻が高いだろうな。
「そんなに家が広いんですか」
「知らないかい? この村の一番大きな屋敷を」
「え、あの村のはずれにある?」
「そうそう、そこだ」
この村にはたった一軒だけ、ものすごくでかい屋敷がある。髭の長い老人が住んでいそうな見た目だっただけに、そこの家主がこんなに若い人物だとは驚きだ。
「確かに一人暮らしであの広さは持て余してしまいそうですね」
「ああ、本当にそうだ。たまにものすごく空しくなるときがある」
想像してみた。一人暮らしでまるで城のような屋敷に住むということを。確かに空虚な空間が多くて空しくなってしまうかもしれない。
「それにしても君たち、探偵ごっこかい?」
「いや、そういうわけじゃないんですが。単に石動さんのことが心配で。いてもたってもいられなくなったというか」
「まあそうだろうね。あの子、儚い印象があるから。どことなく危なっかしいんだよね」
やはり四年も見てきたというだけあって、石動さんのことをよくわかっているようだ。
「それで、連続行方不明事件のことについて調べてるってわけだ」
「そうですね」
女子高生が短期間に三人も行方不明になっている。警察も躍起になって捜査していることだろう。だが、まだ何の進展もない。あのリベンジャーというサイトが、犯人に繋がるのは間違いないし、普通であれば報告すべきだろう。
だが、僕は生憎と普通ではない。今もこの事件を退屈しのぎとしか感じていない。僕自身の手で真相に辿り着かなければおもしろくない。
「まあ確かに三人も死んでるとなったら黙ってはいられないよね」
「そうですね」
「そうだ。こんな噂を聞いたことがあるかい?」
「噂、ですか」
なんだろう。リベンジャーのサイトのことかな。
「この山滝村はその昔、よく神隠しが起きていたらしいんだ」
「神隠し、ですか」
「そう。昔は山の上にある神社に人柱を捧げる習慣があったと聞く。だが、ある年、その人柱を捧げる習慣に反対する者が現れた」
人柱。昔ながらの慣習だな。今では考えられないことだ。
「その年、その反対した若者が行方不明になった。それから人柱に反対した者が次々といなくなったと言われている。これは山滝村の古い記録に残っているね」
「そんなことがあったんですか」
「ああ、つまりこう考えられはしないか。この村は呪われている」
「呪われて……」
確かに古い村だ。面倒な慣習はいまだに残っているし、それを守らないと村民から白い目で見られる。
「今でも人柱の習慣は残っていて、人の代わりに兎を供物として捧げているよね。最近は動物の命も尊重されるようになってきたから、反対意見も多いらしいけど」
確かにこの村には山の上の神社に兎の遺体を捧げるという慣習がある。僕は動物の死体を見たことはないけれど、命を奪うという行為はとてもじゃないが賛同できない。
「僕は思うんだ。この村は呪われているんじゃないかって。人がいなくなるのも、村に祭られている神様の怒りを買ったからじゃないかってね」
「なるほど」
呪いなんてばかばかしい。僕は信じない。今回の事件もきっと人間が起こしている。それを証明するために僕は犯人を捕まえなければならない。
コーヒーを啜りながら美馬が微笑む。
「もしこれが呪いの仕業だとしたら人間は何もすることができない。ただ無抵抗に呪いを受け入れることしかできないよ」
呪い。本当にそんなものがあるのだとしたら、人間には抗う術は残されてはいない。だからそんなものはないだろう。
「美馬さんは呪いを信じてるんですか」
これまで沈黙を保ってきた笹鳴さんが口をはさむ。
「どうだろう。ただ思うことはある。こんな恐ろしいことが起きるのが人間の仕業であってほしくないと。呪いの所為なら納得はできるだろ」
確かに、同じ血の通った人間がこんな事件を起こしていると思いたくはない。それには僕も同感だ。だが、人間には冷たい一面がある。たとえば僕が石動さんがいなくなったことに対して、それほど悲しんでいないところとかだ。所詮娯楽としてか考えていない僕の冷徹な一面が、他の人間にもあるのだとしたら、人間の仕業だと十分に考えられる。
「呪い。僕は否定的な立場です」
「それはなぜ?」
「この世界は必ず科学で説明できることしかないと思っているからです」
「そうか。なら、君は幽霊なども信じていないんだね」
「そうですね」
幽霊は人間の見間違いや勘違いが引き起こす現象だと思っている。あんな非科学的なものが存在するはずがない。
「僕は幽霊はいると考えている。ほら、誰だってこの世に未練を残して死んでしまったら、この世にみっともなくしがみつきたくならないかい」
「死んだ時点で脳は死ぬんです。だからそんな感情もすべて無に帰す」
「なるほど。だが、僕は脳と魂は別と考える。人間が死んだ時、魂の質量分軽くなると言われている。これはどう説明する」
「それは……わかりません」
「魂はある。僕は両親が死ぬときにその輝きを見た。体は動かなくなっても、魂はそこにあるんだ。それは素晴らしいことで、誰にも否定できるものではないと考える」
魂。本当にそんなものがあるのだろうか。感情とは脳が生み出しているのではないのだろうか。美馬の話を聞くと、不思議と考えさせられる。
「だから、人は死んでも魂はこの世に残り続ける。僕はそう思うね」
美馬の話を聞き終えた僕たちは、喫茶店を出る。支払いは美馬が済ませてくれた。
「それじゃ僕はこれで」
美馬はそう言って帰っていった。僕と笹鳴さんは二人並んで帰路に就く。
笹鳴さんは上機嫌で鼻歌を歌いながら自転車に跨った。
「どうしたの? 機嫌いいね」
「そう? そんなことはないと思うけど」
そうは言うが機嫌の良さを全然隠せていない。何かいいことでもあったのだろう。
「それじゃ今日は帰ろうか」
笹鳴さんにそう言って僕は自転車を漕ぎ始める。
まだ日が沈むには時間がかかりそうだが、時刻は既に十八時。さすがにこれ以上調査を続けるには遅い時間だ。
あまり夜出歩いていたら警察に補導されるかもしれない。そうなったら面倒だし。
僕は今日美馬に言われたことを頭で考えていた。もし美馬の言う通り、この世に科学で説明できないことが存在するとしたら。呪いが存在するとしたら。僕たちはあまりにも無力だ。
「笹鳴さんは呪いを信じる?」
僕がそう聞くと笹鳴さんはしばらく沈黙すると静かに言った。
「ある、と思うわ」
「笹鳴さんもあると思うんだ」
「人間の想いの強さは案外バカにできないもの。想いの強さが呪いを生む。十分考えられると思うの」
想いの強さか。それは呪いに限った話ではない。奇跡なんかもその類だろう。だからこそ人は神に祈りを捧げ、奇跡を希う。
「わかったよ。僕もちょっと考えを改めてみる」
そう言って笹鳴さんと分かれた。
今日はいろんなことがあった。家に帰って今日の情報をまとめなければ。僕はそう考えながら自宅のドアを開いた。
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