第3話
いなくなったのは三人。全員女子。女子であることは偶然か必然か今の時点では判断できないだろう。
僕は黒板に書いた情報をもとに考える。
「どうするのがいいだろう。まずは情報をもっと集めないと話にならないな」
「だったら糸井の家に行ってみる?」
「そうだね。現状糸井の情報がない」
そう考えた僕たちは学校を出て糸井の家へ向かうことにした。
「だけど笹鳴さん、糸井の家を知っているの?」
「同じ中学だったから知っているの」
僕は笹鳴さんの後についていく。
この山滝村は中学が二つしかない。東中と西中だ。僕は東中の出身で笹鳴さんと糸井は西中の出身なのだ。
僕の家と反対方向に笹鳴さんは進んでいく。家々が立ち並ぶ中に、糸井の家はあった。
笹鳴さんがインターフォンを押し、人が出てくるのを待つ。
玄関から中年の女性が現れ、僕たちを見た。
「どちら様?」
「あの、僕たち糸井さんの中学の友達で。それで糸井さんは家に帰っているかと思って見に来ました」
「そう。恵はまだ帰ってこないわ。警察も捜索してくれているのだけど」
やはり警察には届けているようだ。糸井がいなくなったのは約一週間前。直前の行動を聞き出す必要がある。
「糸井さんのことが心配で、僕たち糸井さんが一週間前どんな様子だったのか知りたいんです」
「そう。わかったわ」
口ぶりから察するに、この女性は糸井の母親だろう。落ちくぼんだ目が、疲弊しているのを思わせる。
糸井がいなくなって心を痛めているのだろう。
糸井の母と思しき女性は、溜め息を吐き、糸井のことを語りだす。
「あの子は手に負えない子で、学校でやんちゃしていたのは知っているわ。あなたたちもその仲間だったのかしら。でも、そんなあの子が二週間前だったかしら。珍しく怯えていたの」
「怯えていた?」
「ええ。なんかサイトに名前を書かれたかもしれないって。それで私怖くなっちゃって。ネットに名前を書かれるなんて、住所を特定されたりするでしょ」
「そうですね。その危険はあります」
「だからどうしてそんなことになったのかを聞いたの。でも、あの子は教えてくれなかったわ」
糸井は名前を書かれたことを知っていた。どうして知っていたのだろう。まさか石動さんが糸井に警告したのだろうか。
「恵はそれから家に引きこもるようになって……でも、あの日だけは違ったの。急にふらっと家を出て行って。それから帰ってこなかったわ」
確かにリベンジャーに名前を書かれたと知ったなら、怖くなって家に引きこもるのも理解できる。
だとしたら、どうしてその日は外出したのだろうか。
「私、あの子には手を焼いていたけど、帰ってきてほしいわ。もっと手を焼かせてほしい。あの子がいなくなってから味気ないの」
糸井の母親は目に涙を浮かべてそう語った。
「ありがとうございました。恵さんの部屋を見せてもらってもいいですか」
「かまわないわ」
そう言って糸井の母親は僕たちを家に招き入れた。
家は普通の一軒家で、二階建てだ。糸井の母親に案内され、二階にある糸井の部屋に通される。
部屋は綺麗に整頓されていた。
「恵さんがいなくなってから部屋は掃除されましたか」
「いいえ。いなくなる前のままにしてあるわ。あの子がいつ帰ってきてもいいように」
なら、糸井が行方不明になる前のままだ。何か手掛かりはないか、僕は本棚から捜索する。
笹鳴さんも手伝ってくれる。本棚から本を取り出し、ぱらぱらと捲ってみる。手掛かりらしい手掛かりは出てこない。
次は勉強机だ。机の上に置かれた教科書を並べてあるところを探ってみる。だが、何も出てこない。
最後に僕は勉強机の引き出しに手を掛けた。引き出しを一段開けると、一冊の日記が出てきた。
日記を開くと、そこには事細かにこれまでのことが書かれてある。
六月二十七日。
学校の机の中に手紙が入っていた。リベンジャーというサイトに私の名前を書いたという紙が。
リベンジャーというサイトなんて私は知らない。何のことかまったくわからなかったが、気になった私は調べてみた。
すると、リベンジャーというサイトは名前を書かれた者は姿を消すと言われているサイトだった。
私は怖くなった。
もし、私の名前を書くやつがいるとしたら、あいつしかいない。
石動だ。私は彼女をいじめていた。だから恨まれていると思う。
もし本当にリベンジャーというサイトが本物なら。私はこの世からいなくなってしまうのだろうか。神隠しにでもあうのだろうか。
確かめてやる。家に引きこもっていれば、私を消せるのはそれこそ幽霊のみだろう。
関係のありそうな記述はその部分だった。そこから先の日記は引きこもって息が詰まっていく様子が書かれていた。
そしていなくなったと思われる最後の日の日記。
七月一日
もう嫌だ。家でずっと引きこもっているが、結局何も起きなかった。あのサイトはでたらめだったんだ。
家に閉じこもっているのも息が詰まる。そろそろ外に出たい。
杉山からも心配のメールが届いている。
これ以上は家にいてもしかたがない。
家に引きこもるのは今日を最後にする。
日記はそう締めくくられていた。
どうやら糸井は自発的に外に出たようだ。これでは誰かにつながるかはわかりそうにない。
他にも見て回るが手掛かりになりそうなのはその日記ぐらいだった。
僕はその日記に書かれてある内容をそっくりそのままスマホのメモ帳に書き記す。そして、日記を机の引き出しに戻した。
「ありがとうございました」
僕たちは糸井の母親に礼を言い、家を後にする。
「糸井は相当参っていたようだね。日記には家で引きこもるのが苦しい様子が書き綴られていたし」
「たかが数日で音を上げるなんて、よっぽど普段はアクティブだったのね」
「だが、これでますますわからなくなった。糸井は行方不明になった日、どこに出掛けたのか。そしてどこでいなくなったのか」
「呪いだとしたらどうしようもないね」
「呪いじゃないと思う。糸井の日記を読んでそう感じた」
「どうして?」
笹鳴さんは小首を傾げてくる。
「だって、糸井は名前を書かれたという紙を受け取ってから家でずっと引きこもっていた。呪いならこの家に引きこもっている間に消されるはずだろう」
「それはわからないんじゃない。発動まで時間差があるのかもしれないし」
「それはわからないけどね。ただ僕はこれは呪いじゃなくて人による仕業だと思うよ」
リベンジャーというサイトを運営している人物はこの村に潜んでいる。僕はそう考えている。
山滝村は静かな村だ。村民はあまり外を出歩かないし、日が落ちたらそれこそ人の行き交いはなくなる。そこを狙って犯人は誘拐事件を起こしているのだろう。
だが、だとしたら石動さんたちはどこに消えたんだ。女子三人を攫って監禁しておける場所なんてこの村にはあまりないだろう。
となれば、殺されて死体を遺棄されている可能性が高いように思う。
死体を山なんかに埋められていたら、見つけるのは時間がかかるだろう。
山滝村で目撃者を探すのは難しい。監視カメラもこの村では一部の場所にしか設置されていない。となれば犯行の瞬間が映っているということも考えにくい。
犯人はこの村の住人だ。となれば、監視カメラの位置ぐらい把握しているだろう。
「とにかく、糸井から得られる情報はこれが限界っぽいね」
「そうね。どうする?」
僕は思案する。
三島は野球部の岡崎が名前を書いたと証言した。いわば最初の犠牲者だ。三島から情報を辿るには日が空きすぎている。
リベンジャーというサイトを立ち上げる。さっきは気づかなったが、どうやらこのサイト、山滝高校の裏掲示板に作られているサイトのようだ。
山滝高校の裏掲示板なら学校関係者か、卒業生が考えられる。まさか生徒自身が犯人という可能性もあるのか。ますますこんがらがってくる。
「とにかく、情報を集めよう。今ある情報だけじゃ犯人につながらない」
「そうね。だったら美緒の家に行ってみる?」
「石動さんの?」
「うん」
確かに石動さんから情報を辿るのが最も犯人に近づけるだろう。石動さんがいなくなってまだ日が経っていなしい、何か情報が家にあるのなら手に入れるべきだ。
「よし、行こう」
僕と笹鳴さんは石動さんの家を目指す。石動さんも西中だから家が近いのかと思ったら、案外離れているらしい。僕は笹鳴さんについて自転車を漕ぐ。
「ちょっと休憩しない?」
笹鳴さんの提案で途中にあったコンビニに立ち寄る。笹鳴さんはアイスを二つ買い、一本を僕に手渡した。
「相談に乗ってもらってるお礼」
僕は遠慮なくもらうことにした。
袋を開けてアイスを口へ運ぶと、ひんやりとした感触が口内を潤す。あまりの冷たさに僕は顔をしかめ、きーんとする感覚を味わった。
「石動さんが糸井の名前を書いて机に紙を入れたのかな」
「そうじゃない。糸井の名前を書いたのを知っているのはサイトに書いた本人だけでしょ」
「そうだね。でも、わざわざ書いたことを教えるかなって思ったんだ。石動さんはきっと糸井相手に怯えていただろうから、近づいたりしないんじゃないかって」
「それもそうだね。確かに美緒は糸井に怯えていた」
そこが謎なんだよな。わざわざ名前を書いたことを相手に教えるかどうかっていうところが引っかかる。
笹鳴さんは小さな口でアイスを少しずつ食べながら顔をしかめている。僕は既にアイスを食べ終え、ゴミをゴミ箱に捨てた。
もし、石動さんが糸井に名前を書いたことを教えたのだとしたら、それはなぜだろう。自分から距離を取らせる為か。あるいは別の理由があるのか。
「お待たせ」
笹鳴さんはアイスを食べ終えたようで、ゴミ箱にゴミを捨てる。
「それじゃ行こっか」
笹鳴さんが自転車にまたがり、僕もまたそれに倣った。
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