第2話

「糸井が行方不明ってどういうこと?」

「そのままの意味だよ。まったく連絡付かなくなって。学校にも来なくなって……家にも帰ってないんだ」


 切羽詰まったような杉山の言葉に、僕は驚きとともに恐怖を覚える。たった一週間で二人も学生がこの学校がいなくなっている。これは普通じゃない。何か大きな事件に巻き込まれていると考えるのが妥当だろう。


「詳しく教えてくれ。糸井の様子がおかしかったところとかなかった?」

「なかったよ。いつも通りだった。だから石動に復讐されたんだとばかり」

「石動さんが復讐?」

「あたしたちはほら、石動をいじめてたからそれで復習されたんだと」


 なるほど。杉山たちは石動さんがやったことと思っているのか。その可能性もなくはないか。石動さんが姿を消したことと糸井が行方不明になったことは関連があるかもしれない。たとえば、糸井に復讐した石動さんが逃亡をはかったとか。


「静木くん、ちょっといい」


 それまで黙っていた笹鳴さんが声を掛けてくる。僕を手招きしてスマホの画面を見せてくる。


「リベンジャー? なにこのサイト」

「最近学校で噂になってるサイトなんだけど、なんでもここに名前と住所を書いて送信したらその相手に復讐してくれるっていうサイトなの」


 なんだそのオカルトじみた話は。そんなことあるはずない……と言いたいところだが、現にこの学校から二人の生徒がいなくなっている。安易に否定はできない。


「このサイト、噂になってたから。だから杉山さんはこのサイトを使って石動さんが糸井さんに復讐したんじゃないかって言いたいんだと思うよ」

「なるほど。ここに相手の名前と住所を書くわけか。個人情報を送信するわけだから、どこかの誰かが実行してもおかしくないってことか」


 僕がそう思案していると杉山が頭を振って口を挟んでくる。


「違うよ。そのサイトは呪われてる。実際に使われてるんだ」

「どういうこと」

「糸井以外にもいなくなったやつがいる。だからそのサイトは本物なんだよ」


 まだそのいなくなった生徒とこのサイトが関連があるかは不明だけど、それは確かにきな臭い。


「それじゃ杉山さんは糸井さんがいなくなったのは、石動さんがこのサイトを使ったからって言いたいんだね」

「そうとしか考えられない」

「それはおかしい。実は石動さんもいなくなったんだ。もしかして杉山さんが石動さんの名前を書いたりした?」

「そ、そんなことするかよ」


 杉山は上ずった声で否定する。

 実行までは移していなくとも、やろうとしたことぐらいはありそうだ。


「とにかく話はわかった。この件は僕たちのほうで調べてみるから、何か情報があったら提供してくれると助かる。連絡先を交換しよう」


 僕はスマホを出すと、杉山に差し出す。

 杉山は抵抗することなくスマホを差し出した。彼女は今回の件に敏感になっている。何か異変があれば僕たちに助けを求めるだろう。


「それじゃ、僕たちはこれで」


 僕と笹鳴さんは屋上を後にする。


「静木くん、笑ってる?」


 笹鳴さんに指摘され、僕は思わず顔を取り繕う。

 いけないいけない。ついおもしろそうな案件にありつけたことで顔が歪んだようだ。こんなにおもしろそうなことがあるだろうか。次々と消える山滝高校の学生。そして、復習者を自称する怪しげなサイト。どんなつながりがあるかわからないけど、好奇心をくすぐってくる。


「他にも聞き込みに行こう。杉山の話では、他にもいなくなった生徒がいるみたいだし」

「それなら心当たりがあるわ。私についてきて」


 笹鳴さんは僕を先導しながら前を歩く。放課後のこの時間、校内に残っている生徒は部活組を除けばほとんどいないだろう。

 笹鳴さんは校舎を出るとグラウンドに向かう。グラウンドでは運動部の掛け声が木霊しており、活気溢れる光景が広がっていた。

 笹鳴さんは練習する野球部のもとに歩み寄ると、一人の男子生徒に声を掛ける。男子生徒は頷くと練習を中断し、僕たちの方へやってくる。


「野球部の曽谷そたにだ。三島みしまのことで聞きたいことがあるって?」


 三島とは誰のことだろうか。混乱する僕に笹鳴さんが補足をしてくれる。


「三島さんっていうのは野球部のマネージャーの女子で、行方不明になった子」

「なるほど。三島さんってどんな子だったの?」

「そうだな。献身的で俺らの練習をサポートしてくれる、マネージャーとしては優秀だったよ」


 曽谷は淡々とそう語る。


「だが、一部では男子部員と揉め事を起こしていてな。その言いに組んだが三島を巡って色恋沙汰があってな」

「なるほど。三島さんを巡ってトラブルになっていたんだね」

「ああ。それで、三島に弄ばれたと言い張る部員がいたんだが、そいつが相当三島のことを恨んでいたみたいでな」

「その部員ってまだ野球部に?」

「いるよ」

「呼んできてもらえる?」

「わかった」


 曽谷は僕の頼みに素直に応じると、席を外す。しばらくすると一人の部員を連れ添って戻って来た。


「こいつがその岡崎おかざきだ」

「岡崎くんだね。三島さんと揉めていたって聞いたけど、それは本当?」


 岡崎はどことなくばつが悪そうに目を逸らしながら頷いた。


「三島さんのことを恨んでいたと聞いていたけど、それはなんでかな」

「それは、三島のやつ、俺に告白してきたんだよ。だから俺はオッケーして付き合うことになったんだ。それなのに一週間ぐらい経って冗談だったって言い出して……信じてるとか思わなかったって言われて、俺は腹が立って罵ったんだ」


 岡崎は当時を思い返しながら悔しそうに歯噛みした。


「そしたらあいつ俺に襲われそうになったって部に吹聴して……」


 なるほど。岡崎は被害を受けたわけだ。三島がなぜそんなことをしたのかわからないが、恐らく腹いせのつもりだったのだろう。これは確かに弄ばれた岡崎が不憫に想えてならない。


「それじゃ聞くけど、このサイトを知っているかい」


 僕はそう言ってリベンジャーのサイトを開き、スマホの画面を岡崎に向ける。その画面を見た途端、岡崎の顔色が変わった。血の気が引き、真っ青になった岡崎はあからさまに狼狽した。


「知ってるんだね」

「し、知らない」

「正直に教えてくれないか。このサイトをどう使ったかを責めるつもりはないよ」


 そう言うと、岡崎は観念したように溜め息を吐くと、震えながらスマホの画面を指差した。


「俺、許せなくて。三島の名前を書いちまったんだ」


 三島の名前を書いて送信した。岡崎はそう言った。つまり、このサイトに名前が書かれた生徒が失踪したことになる。


「なるほど。それで実際に三島が失踪して怖くなったんだね」

「ああ。まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ。ちょっとした出来心で……俺はこんなサイト信じてなかったんだ」


 頭を抱えた岡崎は悔いるように俯いた。実際、自分の行動のせいで相手が失踪したのだからその恐怖は計り知れないものだろう。


「それはいつぐらいの話?」

「もう二週間前になる」

「ありがとう。参考になったよ」

「責めないのか?」

「僕たちは君を責める義理はないからね。責めてほしいのなら野球部員に頼むといい」


 岡崎は目に涙を溜めながら頷いた。

 隣で瞑目しながら聞いていた曽谷は深く息を吐くと、頭を掻いた。


「悪かったな。こんな話聞かせちまって」

「いいんだ。僕たちが聞きたかった話だからね」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 そう言って手を上げた曽谷に分かれを告げ、グラウンドを後にする。教室に戻った僕と笹鳴さんは黒板の前に立つ。


「三島がいなくなったのが二週間前。糸井がいなくなったのが一週間前。そしてここ数日で石動さんがいなくなった」


 僕は黒板に得た情報をまとめながら口ずさむ。


「どうやらこのリベンジャーってサイト。本物かもしれないね」


 僕はサイトを開いたまま、ブックマークすると画面を閉じた。警察にこのサイトのことを話してしまえばサイバー担当がどうにかしてくれる気がする。

 だが、それではおもしろくない。これは僕の退屈を削る暇つぶしだ。僕たちだけの手で解決まで導きたい。


「静木くんはどう思う? このリベンジャーってサイト」


 笹鳴さんに聞かれた僕は頤に指を添え、少し思案する。そして考えをまとめ、口に出す。


「僕が思うにこのリベンジャーってサイトを運営している人はこの近辺に住んでいる人だと思う」

「それはどうして?」

「いなくなった生徒がこの近辺の生徒だから。もし他にも実例があるのなら、もっと大事になっていなきゃおかしくない。まだそこまで大事になっていないのは、事件そのものが明るみになっていないからだと思う」


 既に行方不明の届けは出されているだろうが、警察の捜査はまだ犯人のもとまで及んでいない。生徒たちがどこに消えたのか、その謎もまだ残っている。


「被害者がまだ三人と仮定しようか。いなくなった三人は誰かから名前を書かれた。三島は岡崎から。糸井は石動さんとしておこうか。で、石動さんだけど、僕は杉山が怪しいと思ってる」

「確かに、聞いた時の反応は怪しかったわね」

「ああ。杉山は糸井がいなくなって怖くなったんだ。サイトの噂を知っていたから、次は自分が消されるかもと思ったに違いない」


 もしこのリベンジャーというサイトが本物なら、利用した人物がいるということになる。

 笹鳴さんが僕を上目づかいで見つめると、小さな声で言う。


「ねえ、もしこのサイトが本当に呪われていたらどうする?」

「え?」


 生ぬるい風が窓から入ってきて頬を撫でる。


「もしも、犯人なんていなくて、呪いによって人がいなくなっているとしたら」


 笹鳴さんはそんならしくないことを言う。


「まさか。笹鳴さん、そんなオカルトじみたこと信じてるの」

「なんだか怖いの。サイトを使ってこんな殺人をしている人がいるってことが。それならまだオカルトのほうがマシかなって」

「ありえないよ。あのね笹鳴さん。この世の事象は科学的に説明できるんだ。そんなことあるはずがない」


 僕はこれがオカルトだなんて微塵も信じていない。必ずサイトを運営する人物がいて、生徒をかどわかしている犯人がいる。そう思っている。

 だけど、この時の笹鳴さんの言葉が、やたらと頭の隅に残った。その小さな疑念が、僕の中で燻るのを、確かに感じた。


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