サイコパス探偵
オリウス
第1話
男と女の恋愛の価値観は違うという。
具体的には男は最初の男になりたがるのに対し、女は最後の女になりたがる。オスカー・ワイルドが書いた喜劇に登場する有名な格言だ。
確かに男の僕、
放課後の教室に残った僕たちは机を向かい合わせながら話し合う。
「
仲のいいクラスメイト、笹鳴ことりはショートボブの頭を縮こまらせて、思案する。
「静木くんの言う通りかな。私は多分好きな人の最後に愛する女になりたい」
「やっぱりそうなんだね」
偉人の格言というものは案外馬鹿にできない。
笹鳴さんとは仲のいいクラスメイトだけど、特別深い仲というわけではない。
よく一緒にいるから周りからは付き合っているのかと聞かれることも多いけど、程よい友人関係だ。
「それで静木くん。どうしてそんな話を?」
「いや、オスカーワイルドは稀代の変人として有名だから、その彼が残した格言が僕たちに当てはまるかどうか純粋な興味で」
笹鳴さんは僕の話を聞くと納得したように頷いた。笹鳴さんは物凄く小さい。仕草ひとつひとつがまるで小動物のようで可愛らしい生き物だ。
そんな笹鳴さんは先ほどから何事か言いたそうにもじもじしている。
「それで。僕に何か話があるのかい?」
僕は我慢ができずにこちらから聞いてしまう。
笹鳴さんは少しだけ困ったような顔をすると、小さく頷いた。
「実は、静木くんに相談があって」
相談。笹鳴さんが僕に。純粋な友人関係である僕たちは互いに相談し合う仲でも不思議ではない。
だが、これまで笹鳴さんから相談事というのを持ち掛けられた覚えがない。高校に入学してから三カ月。今はまさに七月で間もなく夏休みが始まろうかという季節だが、これまでたった一度もないのだ。
そんな笹鳴さんが僕に相談事とは珍しい。余程、困っていることがあるのか。そもsも笹鳴さんは人に相談をするタイプではない。人と話すことも僕を除けば珍しいし、だいたいは自分で解決してしまう。
だから、こうして僕に相談を持ち掛けてきたのも余程のことがあったのだろう。僕は一瞬のうちにそこまで推理する。
笹鳴さんは、周りに人がいないにも関わらず声を潜めて囁いた。
「実は、友達が行方不明になったの」
「行方不明? 単なる家出じゃなくて?」
「わからない。なんの手がかりもないの。だから静木くんに探すのを手伝ってほしくて」
行方不明。普通に考えればまず家出だろう。
僕たちの通う山滝高校は、人口の少ない山滝村というところにある。山滝村は周囲を山々に囲まれた自然豊かな村で、外から人が来ることは珍しい。
つまりはこの村から出て行くのも一苦労というわけだ。まだ高校生が、何の準備もせずこの山滝村から出て行くとは考えにくい。だとしたら、まず疑うべきは友達の家に匿われているということだ。
「それで行方不明になった子はなんて子なの?」
「
石動美緒。聞いたことがある。笹鳴さんと接するうえで何度か接点を持ったことがある。なんというか地味な子で引っ込み思案な子という印象がある。笹鳴さん以外と話しているおところを見たことがないし、他に友人がいたとは考えにくい。
念のため、笹鳴さんに確認してみる。
「石動さんって友達いた?」
「私が一番親しかったわ。他に友達はいなかったの。だから私に何も言わずにいなくなるなんて有り得ない」
一番の親友だった笹鳴さんに何も相談をせずにいなくなったというのは確かに変だ。家でするとしたら真っ先に笹鳴さんに相談するべきだし、そうしなかったのは家出ではなかったからと考えられる。
「家出というのは考えにくいね」
「私も違うと思う。あの子、親の言うことはちゃんと聞く子だったから。家出なんてする子じゃないと思う」
となると、石動さんがいなくなったのには事件性が出てくる。
「いつからいなくなったの」
「連絡がつかなくなったのは一昨日。連絡する約束をしていたんだけど、返事がなくて」
「連絡する約束してたのに返事がなかった。うん、おかしいね」
「それで昨日家に行ったら帰ってないって言われて。警察にも相談したって親御さんが言ってたの」
既に警察には相談済みか。だが、この山滝村の警察は規模が小さい。すぐに動けるかどうかは疑問が残るな。
「連絡がつかないということは自発的なら連絡を絶っているか、それ以外なら連絡ができない状況になったかだけど。家出は考えにくいと結論は出たから後者だと考えられるよね。となると、誘拐されたという線が濃厚になってくる」
誘拐事件なんて生まれてこのかた遭遇したことがない。そんな非日常に僕は少しだけわくわくしていた。
「誘拐。でも、いったい誰が」
「それはこれから考えるしかない。でも、まずは石動さんの足取りを追う必要がある。情報を集めよう」
何事もまずは情報収集からだ。石動さんがいなくなる前にどんな行動を取っていたのか、調べる必要がある。
「まずは笹鳴さんからだね。石動さんについて知っていることを教えてくれるかい」
一番の親友である笹鳴さんなら、他が知らない情報を持っている可能性が高い。
「えっと、本当は秘密にしてって言われてるからオフレコでお願いしたいんだけど、いいかな」
笹鳴さんは困った顔でそう言う。
僕は頷いて安心させる。
「無論、外に漏らしたりはしない。僕は口が堅いからね。あくまで調査する為に必要な情報提供なんだ。協力してくれるね」
「わかった。えっと、実は美緒はいじめられていたの」
「いじめ? いったい誰から?」
「他クラスの糸井って子が中心になって何人かでいじめてた」
いじめか。それが今回の行方不明事件とどんなつながりがあるかはわからないが、貴重な情報であることに違いはない。
「私、いじめられてるって相談されても何もできなかった。標的が私に向くのが怖かったの。美緒もそれがわかっていたから何もしなくていいって言ってくれたし」
笹鳴さんは身体が小さい。こんな華奢な女の子がいじめの標的になったりしたら、それは確かに怖いだろう。僕は笹鳴さんを責めることができない。
僕だって同じ状況なら面倒ごとに巻き込まれたくないと判断するからだ。
冷たいようだが、それが現実。僕たちはみんな自分が可愛いのだ。
「でもいじめの件は確かに怪しいな。もしかしたら何か情報を持っているかもしれないし、そのいじめっ子に話を聞くのがいいかもしれないね」
「そうね。えっと、静木くん。一緒についてきてくれる?」
笹鳴さんが上目遣いで僕を見る。
「もちろんだよ。乗りかかった船だしね。お供するよ」
僕はそう言って胸を叩くと、笹鳴さんはほっと胸を撫で下ろす。
「でもさ、こんなことを言うのはどうかと思うけど。いじめが苦になって自殺したとか考えられない?」
「確かにそれもあるね。……もしそうだとしたら私は一生後悔すると思う」
「助けられなかったことを?」
「うん。私がいじめから美緒を助けていたらそんな最悪の結末はなかったのにって」
「まだそうと決まったわけじゃない。それに笹鳴さんは悪くないよ。自分を守っただけだ」
「自分を?」
「そう。誰だって自分が可愛い。自分を守るのが最優先でいいと僕は思う」
僕がそう言うと、笹鳴さんは少しばかり思案する。そしてふっと笑うと、甘い声で囁いた。
「静木くんは冷たいね」
その微笑がとてつもなく刹那的で、僕は思わずその横顔を見つめた。
教室を出た僕たちは、いじめっ子を探して校内を探し回る。笹鳴さんの話では、糸井たちは放課後いつも校内に残って石動さんをいじめていたそうだ。
となると、校内に残っている可能性が高いと思った。案の定、いじめっ子の一人、
杉山は珍しく一人で行動しており、糸井たちの溜まり場になっていると聞いた屋上にいた。屋上は生徒の出入りが禁止されているのだが、鍵が壊れており誰でも入れる状態になってしまっている。そこを糸井たちが悪用していたのだ。
杉山は何かに怯えるようにドアを開けた音に反応して僕たちを見た。その目は怯えの色を浮かべており、僕たちを見る目はどこか攻撃的だ。
僕たちが歩み寄ると一歩後ずさった。
「杉山さんだよね。ちょっと話を聞きたいんだけどいいかな」
「なんだよ……」
杉山は警戒の色を強く出したまま、ぶっきらぼうに返事する。
「いや、それよりも今日は糸井はいないのか」
「いなかったらなんだよ」
「いや、いつも一緒だと聞いたからどうしたのかと思ってさ」
「お前、何の用だよ!」
どうやらかなり苛立っているようだ。足を細かく振動させながら、貧乏ゆすりをしている。そのおかしな様子を見れば、彼女が何かを知っているのは間違いないだろうとあたりをつける。
僕は大きく息を吐くと、要件を手短に伝える。
「実は石動さんのことで話を聞きたくてさ。ほら、いじめてたんだろ」
石動さんの名前を出すと杉山の顔色が変わった。顔が真っ青になり、かちかちと歯を鳴らす。
「知らない。あたしは、何も知らない」
「嘘はよくないな。君たちが毎日石動さんをいじめていたのは知っているんだ」
「言い出したのは糸井。あたしは逆らえなくて。あたしも被害者なの!」
「それでも君も一緒になっていじめていたんだろ。その事実は揺るがないよ」
「しょうがなかったの! あたしは悪くない。許して!」
鬼気迫る表情でそう訴えかけてくる杉山。その様子に異変を感じた僕は、問い質す。
「何かあったのか?」
「何かあったって。知ってるから来たんだろ。というかお前たちがやったんじゃないの?」
焦った声でそうまくし立てる杉山の額には汗が光っていた。
「落ち着いて。僕たちは君を糾弾しに来たわけじゃない。話を聞かせてもらいにきただけだ」
「じゃあなんで糸井がいなくなったんだよ!」
「糸井さんがいなくなった? どういうこと?」
僕がそう聞くと、杉山は顔面蒼白になり震えながら言う。
「糸井が一週間前から行方不明なんだよ」
季節外れの冷たい風がそっと頬を撫でた。
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