第7話 七
「しかし、完成検査書はまだ裁可を経ていないからな」
「だからその前に見るのだ」
「それが問題なのだ。裁可後であれば正式なものになり公にできるが、その前に関係のない者に見せる訳にはいかない」
これまでの検査の結果、正確な堤の高さがどうなっているかを確認するために、調書を見ようと思った。川越が珍しく渋っている。
「この前見せてくれたではないか」
「ここで、俺の前で眺める程度なら構わないが、持ち出すとなると話は別だ」
「固いなぁ。いつもいい加減なお前にしては珍しいな」
「飲み助のお前に言われたくはない。仕方ない。俺の前で見るのなら許す」
ようやく川越が頷いた。内容が確認できれば、ここで見るだけでも構わない。
「で、どこが見たいのだ」
「堤の高さだ」
「全て八尺となっていたと思ったが・・」
川越が調書を取り出して数枚めくった。
「ほら、そうだ。これもそうだ」
いくつかの調書を前に広げた。私はそれらに目を通した。
あるいは、ヨネが言ったように七尺になっているのではとの思いもあったが、計測した全ての地点で、例外なく八尺となっている。
これはどういう事なのだ。ヨネが寸法を見間違えるはずがない。
「判で押したように同じだな。少しは違ってくるものなのではないのか」
「それはそうだ。しかし、上下三寸までは誤差を認めている。だから三寸違っていても検査書は八尺となる。ほら、仕切書のここに書いてある」
仕切書を手に取って見ると検査の際の決め事が事細かに書いてあった。
確かに同様の記述があった。多少の誤差は認めている訳だ。だが、さすがに一尺も違っていては、それを八尺とすることはあり得ないはず。
であるなら、仮に検査で七尺と分かったなら、どうするのか。
「一尺違ったらどうなる」
「検査は不合格だ」
「ということは」
「やり直し」
「工事をやり直すのか」
川越が首を振った。
「いや、やり直しといっても、堤の高さだけなら、高ければ削って、足りなければ盛り土をするのかなぁ。まあ、どうするのかは、近江屋との協議になるのだろうが」
「どのような協議となるのだ」
「うん、解決策としては通常二通りある。見積書通りにやり直すのか、それとも、そのままにして代金を値引きするかだ」
「代金を値引きする場合もあるのか」
「それはそうだ。見積書通りに作らなかった訳だから、そのまま金を払うという訳にはいかない」
検査の結果次第で、請負金額に影響することになる。高さの違いが、金に結びついていることになる。
そう思った途端に、漠然としていた高さが違った場合の問題が、急に現実味を帯びて来た。
「なるほど、どれくらい値引きする」
「それは不合格の内容によって違ってくるし、そう簡単には計算出来ない」
検査の結果では軒並み八尺とされているが、実際は七尺である可能性が高い。いや、七尺のはずだ。
「例えばだ、堤の高さが全て七尺だったらどうなる」
川越が考え込んだ。
「それは、かなりの値引き額になるだろうなぁ」
仕切書を手に取って何枚かめくった。
「見積書通りに作らなかったということで違約料は当然に発生するだろうな。これは請負額の五分との決まりだ。そして、請負額自体が変わってくる。再度計算し直しになる」
「どういうことだ」
「請負額の算出は見積書によっている。その見積書が変わるのだから」
「見積書はどう変わるのだ」
川越が、また、しばらく考えていた。
「つまり、見積の前提が堤の規模を長さ十二丁、高さ八尺としている。これで、工事に必要となる土砂、石、材木、専用の道具から人足の数や工事の日数までをはじき出している訳だ。その見積の前提が変われば、全ての要素に影響する。かなり変わってくるぞ」
「だいたいで良いのだが、どれくらい変わるかな」
「そう言われてもなあ・・」
「おおよそ・・」
「簡単には計算できない。暗算では無理だ、算盤を弾かないと」
「頼むよ」
川越が上体を起こしながら首を振った。
「困った奴だなぁ、俺だってそんなに暇ではないのだ。急ぐことなのか。それが何かに影響するのか」
私は姿勢を低くして声を潜めた。
「まだわからない。だが、もしかしたら、荒木の件に影響する」
川越が姿勢を正して、ジッと私を見た。
「下手人の特定につながるのか」
「俺はそう見ている」
「そうか。よし、わかった」
川越が厳しい表情で頷いた。
そろばんを取り出して、見積書を見ながら指を動かした。見積書をめくりながらそろばんを弾いている。
四半刻ほど経った。川越が手を休めて頷き、私を見た。
「おおよそだが、一割は違ってくる」
「というと」
「今の請負額が千三百五十両だから、百三十両は減額になるだろう」
この事件の本丸が、少しだが、見えた気がした。
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