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 カンディナールの市場は、さながら宝石箱のようである。

 街の中心部に位置する巨大な公園に、びっしりと連なるてんの数々。

 ひしめき合う人々の間を縫うようにして顔を出せば、色とりどりのシューレース・丈夫そうな製甲道具をるした店や、数百種類にもおよぶのではと思うほどの、ボタンだけを集めた店の様子をのぞくことができる。

 エデルは目をかがやかせて、こうふんのあまりどうにかなりそうな心臓を押さえた。


(すごい……革もボタンもこんなにたくさん! あ、とうめいのヒールまである。これは何でできているんだろう)

「エデル、まいになるからちゃんとついてきなさーい」


 セスの言葉に、エデルはあわてて彼のあとを追った。

 月に二度開かれるこの野外市場は、職人の街カンディナールならではのもよおしものである。

 靴産業がさかえるこの街では、当然革や布、工具などの材料を仕入れる商人たちにとってもかつこうかせとなっている。

 カンディナールで店を持てる者はひとにぎり。老舗しにせが連なるだけに、素材屋は靴店と同じほど、もしくはそれ以上に新規参入が難しいのであった。

 ただし流行は変化する。革の起毛仕上げひとつとっても、一年前に流行していたベロア(毛足の長いもの)が翌年にはヌバック(革の銀面をビロード状に仕上げたもの)にとってかわられている、というのもよくある話だ。

 流行の火付け役は、若い店によるものが多い。老舗では利用客がある程度決められてしまうので、新しい風に対し動きがにぶくなるのだ。

 歴史の浅い店の商品は、市場で見ることができる。

 靴の流行がていたいしないよう、おうシンデレラの時代から開催されるようになった。

 市場に出店する商人たちはてんを持たないため、ちんとうを考えずに価格設定ができる。

 そのため客はより原価に近い金額で品を手に入れることが可能になるのだ。

 安価で材料をそろえられ、また老舗があつかわないような珍しい品を見ることもできる。ただし、老舗とは違って商品のしようは行っていない。

 普段材料の買い付けは取引先から直接行うが、市場が開かれる日はセスたちも品をたしかめにやってくるらしい。

 たいていは見習い職人の練習用に安価な革を揃えるためだが、こういうところで得意先では出会えない品を見かけることもあるのだそうだ。

 エデルは手近な露店で、飾り革を手にとりつぶやいた。


「たくさんあって、迷っちゃいそうです……」

「カーレンさまのパターンだっけ? 彼女があと二十歳以上年上なら相談に乗ったんだけどなぁ」

「けっ、セスはいつもそれだよ」


 ディックはそう言いながら、銀色の靴ひもをぎんしていた。


「ディックくんは何を買うの?」

「自分の靴用。おれ、おんなものより男物の方が得意だからさ。チャッカーブーツでも作ろうかなって」

「女物も練習しときなよー。うちはあつとうてきに女性客が多いんだからさ」


 セスの言葉に分かってるよ、と返答すると、ディックは靴ひも穴を固定するアイレットを探しに行ってしまった。


「まったく。底作りはうまいのにもつたいない。もっと女性の靴に興味を持ってもらわないと……それで、エデルはカーレンさまにどんなものを履いてもらいたいの?」

「カーレンさまに気に入ってもらえるようなものを……できれば、今度の舞踏会に履いていけるようなものがいいかなって」

「エデルが履いてほしいと思ったものを、カーレンさまが気に入ることもあるよ。エデルの案をまずは出してみたら? 彼女が履いていたバルモラル、どう思った?」

はなやかな靴だと思いました」

「カーレンさまに似合ってた?」


 そう問われると、返答に困る。

 靴の印象が強すぎて、カーレンの燃えるような赤毛と個性がぶつかり合っているような気もする。

 事実、エデルはしばらくカーレンではなく、彼女の靴に気をとられてしまった。

 もう少し印象を抑えて、彼女の少女らしい愛らしさがえる靴の方がいいのではないだろうか。かといって地味すぎるものはカーレンの好みに合わない。


「……デザインはシンプルにして、素材に目を引くものを持ってくるのがいいかもしれません」

「それならここで探してみたら? うちにはない素材がたくさんある」

「あ、あの……。私の考えで、合っているでしょうか。間違っていないでしょうか」


 カーレンとは一度接客に失敗している。自分の考えを一方的に押しつけては、うまくいかないかもしれない。

 ここはぜひとも、頼れる先輩からの意見が欲しいところである。

 セスはそうだなあ、と頭をかいた。


「個人的に言わせてもらうと、カーレンさまのバルモラルはちょっと早いかなと思った。爬虫類がらが似合うのって、どうしても十代じゃね。白いストッキングを履くならけいに浮くし。シンプルな型は賛成だけど、目を引く素材といってもワニやトカゲは避けた方がいいかもね」


 あのバルモラルから、てっきりカーレンは爬虫類革を好むと思っていたが、よくよく考えれば似たような靴はいくつも必要ないかもしれない。

 今までの注文れきを見て、カーレンが爬虫類にこだわっていないようなら、違う革を提案してみようとエデルは頭の中にめ置いた。


「分かりました」

「それからエデル、忘れてるかもしれないけど……彼女が舞踏会にどんなドレスを着ていくつもりか、ちゃんと確認した?」

「あっ……」


 そういえば、くわしいことをたずねる前にあのようなことになってしまったので、聞けずじまいになっている。

 舞踏会に履いていくのだから、ドレスと色やデザインを合わせることは必要不可欠だ。

 すっかり失念していたことに、思わずがくぜんとする。基本的なことであったのに……。


「どうしよう……じゃ、じゃあカーレンさまとお会いするまでに何もできない……?」

「あわてなくても大丈夫。今シーズンで何足カーレンさまが『舞踏会用の靴』を作ってると思ってるの」


 エデルは思わずまばたきをした。


「クリームイエローのイブニングドレスだそうだよ。アザミの花がしゆうしてあるやつ。実物を見せてもらった方がいいね。次からはちゃんと自分で確認するように」

「も、申し訳ありませんでしたっ」

「はい、反省。そして仕事。三十分以内に材料をえらんで。ぼくは横でじっくり見させてもらいます」


 エデルはセスに見つめられきんちようしながらも、市場に入ったときから気になっていた材料を少しずつ選んだ。


「よし。これでなんとか見せられるものになったかな……?」


 エデルは木製のボードにしっかりとヒール部品を固定した。


(デザインボード、はじめて作った……今まではおじいちゃんがずっと横で見ていてくれたから……)


 ガラスドームでは、きやくに靴のデザインを提案する前にオーナーにきよをとる決まりがある。

 その際に使用するのがデザインボードだ。

 職人たちはこれに作る予定の靴のイラストと、素材の一部をりつけて、なるべく靴の完成イメージに近づけるように工夫をする。

 エデルのボードには優しいうすみどりで染めた革の見本が貼られている。

 革は軽い心地ここちのピッグスキンを選んだ。

 つま先は丸みを帯びたラウンド・トゥー型。白のレースパネルで装飾する。足首のストラップはやわらかい革の上にレースを装着し、リボン結びする形にした。ストラップ部分のレースは色を変え、ドレスに合わせたあわい黄色だ。自分でリボンの位置を調整できるので、大人おとなっぽくしたいと思ったときにはサイドでゆるく結べばいい。

 市場で見つけた透明のヒールは、どんなデザインのドレスともけんしないうえに珍しさが目を引く。

 そしてエデルは、もう一枚生地を貼りつけた。

 先ほどの薄緑の革を樹脂で固め、エナメル状に仕上げたものである。

 工房に帰ってからフィラーを作っていて思いついたのだ。コルクを樹脂で固めながら、革も同じように樹脂でエナメル加工にしてしまえばばつな材料も使わずに、ドレスの下から光らせることができると。

 丸型のつま先とリボンは年相応だが、透明感のある素材を使うことでけして子どもっぽくなりすぎないように気をつけたつもりである。

 それにカーレンには、どうしてもこの靴を履いてもらいたい理由がある。


「よし、こ、これを見せる……。だめって言われるかもしれないけど……」


 出かける前のアランさまはちょっと変だったから、日を改めた方がいいのだろうか……。

 でも今日、なんであれ結果を知ってしまえばだめでも次に向けて早く動けることは間違いない。ボツになってしまえばまた一からデザインの作り直しだ。

 迷ったが、意を決してボードを持っていくことにした。

 階段をのぼり、執務室へ向かう。不安な気持ちで扉をたたこうとすると、向こう側から乱暴に開かれた。


「!?」

「エデル……」


 アランは顔色を失っており、ただごとではないふんである。


「ど、どうされたんですか」

「赤い靴が……」


 エデルはアランの肩ごしに、部屋の様子を窺った。

 金庫の扉が開け放たれており、中身はからっぽである。


「赤い靴が、なくなった」


 エデルは思わず、デザインボードを取り落としていた。

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