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  おかしい。何をちがえたんだ?

 アランは革のカバーのついた本をめくって、首をかしげた。

【初歩中の初歩〓 ささいなことでもかならず褒めよう。女性は褒められることに弱い。特に褒められれていない女性にはばつぐんの効果をはつする】

 きちんと教え通りに行ったはずだが……。

 ルディアにああ言った手前、このなんしよで結果を出さなければ兄のげんが形無しである。

 こうしてお手本があるのだからことはかんたんに済むだろうと思ったのだが、結果は予想とかけ離れたものになった。

 しつしつへつながる階段をのぼりながら、先ほどのやりとりを整理してみる。

 エデルの考えたパターンについて褒めたつもりだ。しようじきなところアンクルストラップはこの店の職人なら数えきれないほど作っている型だが、エデルはまだ入ったばかりだし、カーレンの足型を見てそれがさいぜんだと思ったならそこをみとめてやるべきだと思った。

 けれどエデルの反応はぎこちないもので、アランとのきよをはかりかねているようであった。

 女性ならではの視点うんぬんというのはそのまま本の受け売りだが……。

 何せ、こう言っておけば間違いないと筆者は断言しているのである。

 何が悪かったのか分からない。

 助けを求めるように、さらにページを進める。

【どうしてもこまったときの会話例・「君のひとみの色、きれいだね。晴れた日のみずうみのようじゃないか」「そのかみかざり、素敵だね。君の髪の色と合わせると最高だな。逆だった、君がつけるから髪飾りが光るんだね」など】

 アランは執務室に入り、とびらを閉じてからぜつした。

 思わず背中が怖気立つ。

 こんなにあからさまに褒めるべきだったのか……?


(いや、でもやとぬしからこんなことを言ったら立場を利用してよからぬさそいをしているように見られるだろう)


 オーナーが優位にあるのをいいことに従業員に言い寄るなど、けつきわまりない。店の風紀がみだれる。

 アランがしたいのはあくまで『エデルを前向きにする』ことであって、別にきたいわけではない。従業員の士気を高めるためにやっているのだ。

【高度な褒めわざ・あまり使わないような例え、形容で褒める。珍しい例えを使えば、その言葉が女性の心に残り、特別にひびくものになるはず。女性の気を引くなら、動物や食べ物に例えるのがよいでしょう。ただし動物の場合、体の大きいものはけること。例・サイやカバなど】

 これはうまくやれたと思う。

 アランはエデルのことを鷹に例えた。鷹は野生動物の中でも限りなく頂点に近いしよくしやで、くちばしでものほねくだき肉を引きちぎる。強く素早く、どんさからはほど遠い。例えられても悪い気はしないだろう。

 それにもうきんるいの中でも体が小さい方なので、避けるべき動物の中には入らない。

(人間を鷹になぞるやつはなかなかいないからな。しかも鷹は自信にちていてしい。エデルもそのようになってもらいたいくらいだ)

【うまくいかない場合→あなたの言葉が届いていないのは、ぐさや話し方に問題があるせいかも。女性の近くで、低い声でささやいてみること。上から目線で話していませんか? 離れた場所から大きな声で伝えても、言葉のりよくは半減するばかりかまったく効果を表さないかもしれません】

 アランは本を取り落とした。

 あのときの自分の状況を思い浮かべる。


(そうか……問題は、そこだったのか……)


 たしかに少し離れた場所から、彼女の仕事の成果をたしかめるように話をしてしまった。

 これはいい勉強になったかもしれない。アランは急いで本をひろい、手ではたく。

 つまりエデルを前向きにするには、近くで話してやればいいというわけだ。

 そうすれば、いつかふたりで彼女の母親の話をしたときのように、笑顔が見られるかもしれない。

 なつとくすると、アランはあらためてに座り売り上げ状況を確認する。

 実質的な経営だけでなく、従業員の精神面も気を配らなくてはならないのだから、オーナーの仕事も楽ではない。

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