第3章 新しい靴をおろし、古き思い出をかたる
3-1
エデルは
(カーレンさまが来店されるのは一週間後。それまでにデザインを用意しておこう)
けれどアランや、ガラスドームの職人たちに
エデルはあれこれと考えて、やはり自分は靴を作るしかないという結論に達した。
うまくしゃべれないのだから、せめてこれだけでもきちんとして、もう一度カーレンさまにお会いしよう。
まだ正式に
カーレンとの会話からエデルが得た情報は、ふたつある。
ひとつは、彼女が父親のすすめる相手と結婚したがっておらず、理想の相手を探していること。
もうひとつは、恋を
(ということは、カーレンさまはすでにお相手の目星がついているのかもしれない……きっと好きな男性がいるんだ)
春の
エデルはカーレンの
カーレンは思ったことをはっきりと言うように見受けられたので、気に入らないデザインは
「
個人的には、生後半年以内の子牛をなめした革であるカーフを
「エデル、フィラー切らしちゃったんだけど、作ってくれない? おれ、これから用事あんだよね」
ディックが
フィラーとは、
ガラスドームでは
エデルはぱたぱたとディックのもとへ
「分かりました。すぐに作ります」
「あれ? パターン作ってるじゃん。注文もらったの?」
彼はどんぐりのように丸い瞳を動かして、作業机の方を
「いえ……カーレンさまにと思って。でも
「この間、話できなかったんだっけ。
「かぶったのはセスさんです」
「お前も一緒にサーカスに来ればよかったのに。すごかったぜ、人間の口から火が出るんだ。今度連れて行ってやるよ。
彼は
「分かりました、今度
「なぁ、お前そろそろおれに
エデルは困ったように言った。
「でも……ディックさんは、
「なんか
エデルはためらったが、ディックが
「えっと……お菓子、調べておくね。ディック……くん?」
「まぁ……それでいいや。最初だし。これでおれたち、ガラスドームでは同じ立場ってわけだ。ところで、同士のよしみでおれにパターン見せてくれない?」
ディックは好奇心を
彼女がデルタ・アンダーソンの孫だと知ったときから、ディックはエデルの作業を見たがった。デルタがどのように技術を受け
作業の
どんなに冷たい人間であっても、きっと彼のことは
エデルが現在行っているのはパターンメーキングと呼ばれる工程で、カーレンの足型をもとに用途やコーディネートを考えながらデザインを起こしてゆくというものだ。
ジジの作った試作品を注文するならデザインの作成は必要ないが、カーレンの場合一から靴のイメージを起こさなくてはならない。
ディックは数枚のデザインをじっと見てから、はぁーとため息をこぼした。
「な、何かまずかった?」
「いや、
「たいていは。おじいちゃんは婦人靴もよく作っていたから」
「そっか。おれも練習しないとな! 絶対アランさんをぎゃふんと言わせる甲革を作ってやる! エデルもデザインでアランさんのことあっと言わせようぜ! あ、それで悩んでるんだっけ?」
「そ、そうなの」
ディックは明るい声で言った。
「なんだ、じゃあ一緒に市場へ行こう。これから、セスさんたちと仕入れに行くんだよ。実際に素材を見たらなんか思い
「えっ、で、でもフィラーが……」
「別にいいよ、帰ってきてからで。エデルだってカンディナールの市場見たいんじゃないの? たぶんフロンデよりたくさん種類あるし、
エデルはうずうずと足を動かした。
実際フロンデのような
「見たいんだろ? 一緒に行こう。セスさんに伝えてくる」
ディックは言うなり、矢のように駆け出して行ってしまった。
エデルは卓上のパターンを見下ろしてため息をつく。
市場に行って何か分かればいいのだけれど……。
ドアをノックする音がして、エデルは顔を上げた。
「アランさま」
アランはいつもと同じ黒の上下を着て、少し落ち着かない様子で入ってきた。
手にはいくつかの資料と、革のカバーをつけた小ぶりの本をたずさえている。仕事の途中で工房の様子を見に来たのかもしれない。
「調子はどうだ」
「今、カーレンさまのパターンを作っているところです」
「そ、そうか……。パンプス型にするんだな。ストラップは?」
「まだ考え中ですが、足首につけてみようかなって……」
「……」
「アランさま……?」
彼はしばし口を閉ざし、やがて何かを決心したような顔つきになると、ぎこちなく口を動かした。
「アンクルストラップにするのか。ハイヒールは
(うん……?)
今アランさまは、
エデルは自分のパターンを見下ろした。
アンクルストラップの靴などオルハラ国で
アランは以前、エデルに「流行の靴のなんたるかを教えてやる」と言って
かくかくとしゃべる人形のように、彼はさらに続ける。
「きっと目がいいんだな。大自然を飛ぶ
「は、はあ」
(視力がいいっておっしゃりたいのかな? 私、良くも悪くもないのだけれど……アランさま、どうしたんだろう……まさか私の失敗のせいでお
エデルはあわあわと落ち着かなくなった。
なんと返答するべきか。視力のことは
そもそも、アランはなぜ視力の話をしているのか、エデルは理解できていなかった。近いうちに検査を
アランはしびれを切らしたようにたずねる。
「……おい、何かないのか」
「何か、とは?」
「エデル、
ディックの声が聞こえて、エデルはぴっと背を正す。
「あ、あのアランさま、私これから市場に連れて行って、も、もらうことになっていて。その……こんなものしかないのですが」
エデルはエプロンのポケットから、
何かないのか──とアランが言ったということは、小腹がすいているのかもしれない、
「ディックくんにもらったもののおすそわけです。お、おいしかったです」
「……ディック『くん』か。ずいぶん打ち解けたようだな、あいつにだけ」
「え……?」
エデルは
「……俺は甘いものが好きじゃない。自分で食べろ。あと足首のストラップは太いものにするなよ、ダサいからな。このパターンじゃ
「ひいい」
さっきよりもなぜか
エデルは
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