3-4
*****
男はゆっくりと息を
指先から
「自由を求める少女は、赤い靴を履いてはならない……」
この靴のことを、そう書き留めた人物がいる。
ドゥーガルド・ディセント。王妃シンデレラと国王の間に生まれ、初代のディセント
ドゥーガルドは母親から受け継いだ魔力と魔術師から教わったすべての知識を、彼らを
彼はシンデレラの
ドゥーガルドはどこまでも国王側の人間だった。母の人間性に対し共感できなかったという
ほかの兄弟たちを守るため、母を捨て伯爵位をとったという説もあるし、単純に魔術師の靴が
ドゥーガルドは
彼の意思は、その後ディセント家の子どもたちに引き継がれている。
現時点で最も若いディセント家の男、アランは優秀なハンターだ。靴店を経営し、階級の
しかし靴が彼らに奪われてしまうことは、魔術師にとってゆゆしき問題であった。
魔術師の靴は、彼らの存続を
力ある少女が靴を履けば、それを
それは現在の、もう残りわずかな力しか持てない魔術師たちにとって、
靴が封印されてしまえば、それに比例して取り込める魔力も減ってしまうのだ。
魔術師が表舞台から消え去ってからも継続して、彼らは希望にすがる少女たちのもとへ靴を差し出してきた。
だが、こうして例外も存在する。
──エデル・アンダーソンは靴を履かなかった。
彼女から魔力を
事実、エデルが靴のそばにいるとき、彼はまったく赤い靴の魔力を感じ取ることができなかった。彼女の強すぎる力に靴の魔力が押し負けてしまっているのだ。
だからこそ、『本物の靴を持ってきた』ことに気づかず、水色の名刺を渡してしまった。
「では次の女にこの靴を渡そう。未来を
あさはかな自由を求める
男は薄く
*****
「靴がなくなったって、どういうことですか? どうして?」
エデルは自分の声がこっけいなほどに
「つい先ほど、明かりが消え
「ど、
「それか、靴が自分で動いたか……。
目の前が暗くなってゆく。
(お母さんの靴が……。ずっとそばにいてくれたのに)
エデルが
「どうしよう……靴が…‥‥お母さんがまた……」
「エデル、あの靴は必ず
「だめ、行かせてはだめ」
エデルの
すっと
「落ち着け。屋敷の人間を総出であたらせる。これから店も捜す。お前も一緒に」
「でも、お母さんは一度出て行ったらいつ戻ってくるか分からないの……! あのときからずっと会いにきてくれてない! ようやく一緒にいられると思ったのに!」
エデルは自分でも何を言っているのか分からないまま、つい口走っていた。
いつか母と
でも、それは叶わなかった。
またあのときと同じような
アランは
「あの靴はお前の母親じゃない」
エデルははっとする。
口元を震わせ、うろたえながらも口にする。
「そう……です、だって靴は生きているわけないもの……」
「じゃあお前のその態度はなんだ。どうしてあの靴がなくなると、母親が行ってしまうと言うんだ」
「それは……」
赤い靴は母に似ている。
だから心のどこかで、予感があった。
あの靴は母親なのではないかと。ヴァイオレット・アンダーソンが本当は生きていて、悪い魔術師に靴の姿に変えられてしまったのではないかと──。
(お母さんと一緒にいたい。死んだなんて信じたくない。だって私は、お母さんと……家族と
女優ヴァイオレット・ファーではない。エデルのただひとりの母親として、姿を変えて一緒にいてくれてるんじゃないかって──。
舞台より自分を選んでくれた。母は生きている。ただ姿形が違うだけ。
アランのところへ靴を持って行ったのも、靴に
でも、同じようにこんな気持ちもあった。
あれは母ではない。常識的に考えて、そんなことがあるはずがない、間違っている。
だからシンデレラ伯爵家にそれを証明してもらわなくてはいけない。赤い靴に振り回されていては、エデルの将来を案じながら
赤い靴と一緒にいられて、ずっと幸せだった。
赤い靴があって、ずっと苦しかった。
今はただ、身を切られたようにつらい。
「本当に……ひとりになっちゃった……」
エデルはうつむいて、
職場で
「アランさま……ご、ごめんなさい……わ、私靴を捜しにっ……」
アランはポケットから
「ふぐっ」
アランは「ああっ、くそっ。本を読む時間がない」と腹だたしそうにつぶやいたあと、深く息をついた。
「……俺の不注意だ。すまなかった。でも、ひとりだなんて言うな」
彼はそっとエデルを立ち上がらせると、彼女の落としたデザインボードを拾う。
「お前はうちの職人だ。ひとりにはしない。ガラスドームの従業員
「……ひ、ひとつ、道に迷えば
「ガラスドームの強みは、いつも
「は、はい」
力強く手を引かれて、エデルはいつの間にか普段よりも声を張っていた。
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