2-4
「ここから十分、み、見れますので」
「なんなら私の
ジジがあきらかにからかいをこめているのが分かり、エデルはどう反応するべきか分からなくなった。
「その、膝の上はなんというか、いささか」
「近い」
アランが
「ジジ。底付けはお前の
「こんなのべたべたのうちにも入らないだろ」
ジジはそう言っておどけてみせた。
「セス。お前も見てたなら止めろ。それにディックはどうしたんだ」
「いや、エデルがどう反応するのか見てみようかなと思って。ちなみにディックはサーカスの
お祭りごとが大好きなディックは昨晩このサーカスをどれだけ楽しみにしていたかをエデルに熱く語っていたのだった。
「ちっ、どいつもこいつも。エデル、お前はこっちだ」
アランはエデルを連れて、店と工房をつなぐ
ここは従業員が使う通路で、来客の目に触れるところではない。そのためか道具や
見習い職人たちが定期的に清掃をしているのだが、少し時間を置くとあっという間に乱雑な空間となってしまうようだ。
使わなくなった靴型や竹べら、こくり棒などのこまごました道具類が物置代わりに置いてある。
ひと気のない場所へ落ち着くと、アランはエデルの姿をまじまじと見る。
「……そんな制服だったか?」
「あ、あの最初にいただいたのは、無地のブラウスとスカートと、普通のエプロンだったんですが」
エデルはしどろもどろになりながら答える。
着替える前に先輩職人たちに制服を一式
ジジが「これじゃせっかく女の子が入ったのにかわいくない」と言うと、調子に乗ったほかふたりが
セスがせっかくだから襟元にダークグリーンの硝子ブローチを飾ろうと提案したときは、エデルは怯えてカーテンの
(お店の制服を改造するなんて、ふ、不良だよ……!)
でも先輩たちが親切心でやってくれたことを、ここで告げ口するのも気がとがめる。
エデルが思い
「ちょうどよかった。それならこのまま店に出してもよさそうだ」
「店に……?」
「喜べ。お前に接客をさせてやる」
──しばしの
「おいっ、どこに隠れた!?」
(接客なんて……ああ、とうとうこのときがきてしまった……!)
隠れたのではなく、動機が激しくなってしゃがみ込んだだけだったのだが、アランにはエデルが突然消えたように見えたらしい。
「む、む、無理です……ほかのお仕事ならなんでもやりますが接客だけは……」
修繕屋を手伝っていたときも利用客とのやりとりはあった。けれど靴の受け取りや引き渡し等のごく簡単なもので、ほとんどの客は店に長居することもなかったのだ。
アランはエデルのブラウスの襟をつかんでにらみつける。
「無理も何もない。いつまで
「け、研修計画……いつの間に……」
「セスの言う通り、俺も経営者としてはまだまだだからな。いろいろと調べたんだ。世の優良な事業には、軍隊なみに働く人材が
アランの目がぎらりと光る。
(そんなあぁ)
馬車馬のごとき働きを期待しているぞと続けられて、エデルはそれこそ馬のように、口から
「お待たせいたしました。新しい職人をお連れしました」
アランがそう言って扉を叩くとき、エデルはあらゆる緊張を通り越していた。
(どうしよう……ドアの前でおじぎをするのか……部屋に入ってからおじぎをするのか……もうだめ分からない……)
いつまでもそんなことに思考をめぐらせていると、アランに背中を押される。エデルはよろめきながらも客室へ足を
扉の向こうには、赤毛の少女がいた。
ゆるくカールさせた髪を背中に垂らし、
エデルは職業
何より驚いたのは、甲の先端部分に使われた飾り革である。
(ワニ……じゃなくて、たぶんこれトカゲ……はじめて見た)
貴重な素材なので、それなりに値をはったはずである。ヒールは太めのコーンヒールで、
前に担当した職人──アランと
「うちのお得意さまだ。それに材料を
アランがぼそりと耳元でささやく。
靴に気をとられている場合ではない。
緊張に重圧を上乗せされて、エデルは立っているのもやっとだ。
「あ、あ、あの、私はエデ……」
「ごきげんよう。カーレン・ディナセルクです。あなたがわたしの新しい職人さん?」
「そ、それは」
「まだ決定というわけではないですが、今日は顔合わせということで」
カーレンはアランの方を見てうっとりと目を細めてから、エデルを品定めするように上から下までながめた。
今日、彼女は以前注文した靴の受け取りにやってきていた。せっかくご来店いただいたので新しい職人を紹介し、エデルとカーレン、両者の感触をたしかめようという
「そう。ガラスドームでは、女性も雇うのね」
「必要に応じて」
「すばらしいわ。わたし、女性の職人にははじめてお会いしました」
すばらしいと言いながら、カーレンはエデルの名前を聞こうとはしない。
「それにしてもアランさま、お久しぶりですね。わたし、今日の日を楽しみにしていました」
「そうですか。履き
「ええ、まったく問題ありません! ディナー・ドレスに合わせて靴を新調したんです。それで、パパがぜひアランさまと食事でもと……今度
「素敵なお誘いですが、
胸をそらすようにしてカーレンはアランに近づくが、彼はさりげなく一歩引いた。
アランの声が心なしか上ずっているような気がする。
エデルはふたりのやりとりを、目を泳がせながら見ていた……。
(私ここにいていいのかな……。どうしよう、お話に入った方がいいのかな……。でも
エデルの心中を察したのか、アランがきっぱりと言った。
「
カーレンは今しがたエデルの存在を思い出したかのように、まばたきをしてみせた。
「アランさま、パパがお仕事の話をしたいって言っていたわ。待合室に案内してもらっているのだけれど、そちらに行ってくださらないかしら。わたし、エデルさんとここでお話ししながら待っているわ」
アランは迷ったようにエデルをちらりと見る。
しかし客を待たせるわけにもいかないのだろう。彼はごく小さな息をつくと、「セスを来させるから」とささやいて出て行ってしまった。
エデルはこくりと
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