第2章 恋する乙女、雨を待つ靴店
2-1
エデル・アンダーソン。十六歳。女性。技術面……
セスの試験評価表に
(お、思ってもみないことになってしまった……どうしよう、お店の中で
普通の職人ならば晴れがましい気分でたどる初出勤の道のりも、エデルはまるで
何かあるたびに最悪の
松ヤニをかけられたら、着替えを急いで買いに行かなくてはならないが、近くに洋服店がなかった場合についてあれこれ考えているうちに、エデルはいつの間にか職場に到着していた。
「えっと、裏口から、裏口から……」
ここまでくれば腹をくくるしかない。
何より、ここには母の
「あ、エデル。ごめんね、朝礼があるの伝え忘れてた! もう始まる!」
「えっえっえ」
もたもたしているエデルの手を引いて、セスは
「ちゅうもーく!」
(しないでお願い──! まだ心の準備が)
「こちらは、今日から
エデルは目を泳がせながら、どうにか自分の置かれている
(じ、自己紹介って、何を言えば)
昔、町の学校でそんな経験もしたような気がするが……
(ちゃんと
セスがみかねて、助け船を出した。
「エデル。
店側の扉が開いて、手袋をはめながらアランが入ってきた。
どうやらオーナーも朝礼には参加するらしい。彼の温度のない
早くも手のひらにじっとりと汗をかいており、エデルはぎゅっと目をつむってから、口をぱくぱくし始めた。
「エ、エデル……アンダーソン、です。十六歳です。得意なものというか、できることは、靴を作ることしかありません……」
この時点でエデルはさらに取り
(そもそも……ここにいるのは靴を作れる人ばかりじゃない……それを得意とかできるとか言って実際私の
「あ、やっぱり得意なものは……えっと、
しどろもどろになりながらそう答えると、どこからか温かい笑い声が
場の
「職人としての目標は?」
アランは手帳に目を落としながら、エデルに続きをうながした。
「……もく、ひょう」
「うちは職人の独立を
かつて、いっとう大切な、
彼女が職人を目指した理由である。
その夢のためなら、同じ作業の繰り返しも、どんどん
絶対的な光が胸を
けれど光は細くかすみ、今は
「……すみません。今は、何も……」
アランは
(きっと、あきれられたな……でも……)
エデルがスカートのポケットをくしゃりと
「いきなりこんなところで目標とか言っても
エデルは改めて顔ぶれを確認する。
目の前には、白いシャツにエプロンをつけている男性たちがいる。セスも同じ身なりをしていることから、彼らが靴を縫う職人であることは間違いないだろう。
セスがエプロンの色分けを説明する。正規職人はチョコレート色、見習いは
エデルが見るに青いエプロンの数が上回って見えた。職人不足と言っていたが、彼らの成長を待つ間の一時的なもののようだ。
「はい、では年長者から」
セスの言葉に、正規職人のエプロンをつけた年かさの男性が前へ進み出た。ゆるく
「ジジ・カウディです。
エデルはじっとジジを
「役割はサンプル作りと甲革師だけれど、必要があれば底も縫ってる。目標は……もうさんざん工房は渡り歩いたので、引退するまでここで試作師を続けたい」
今はエデルの
ということは、ショーウィンドウに
「そして世の女性たちを幸せにするのが、私の最大の目標だ。もちろん、かわいらしいライバルにも負けるつもりはないので、そこのところはどうぞよろしく」
彼が片目をつむってそう言うと、エデルはたじたじになってしまった。
まさか店一番の職人と、張り合おうだなんて思っていない。
ジジが一歩
「ディック・カウディです。エデルと同じ十六歳。さっきのジジはおれの
よくよく見れば、こげ茶の髪もグレーの瞳もふたりして同じような色合いをしている。けだるげなジジとは違い、ディックはいかにも活動的な少年という印象だったので、気がつかなかった。
「似てないけど似ているって、よく言われる」
ジジが笑って付け加えた。ディックはふん、と鼻を鳴らして、
「おれは底付け師やってます。とりあえず目標は甲革も作れるようになって、ひとりで全行程できるようになることかな」
彼もしっかり腰に茶のエプロンを巻いている。
(底付けと甲革作りが分かれている……)
エデルの
「そう。うちは分業なんだよね。この方が
底付けとはその名の通り靴底を作る工程のことをいい、甲革作りは靴の表部分……靴底の上にかぶせる部分を作る工程のことをいう。デザインはほぼ甲革に反映されるので、靴の顔とも呼ばれている。
「新人には
「ええー! じゃあおれ、また底縫いやんの? 新しい子が入ったから上も縫わせてもらえると思ったのに!」
ディックが不満そうな声をあげたが、アランがぴしゃりといさめた。
「そういう
ちぇっ、と声を
見習いたちが次々と自己紹介を終えると、セスの番がやってきた。
「はい、最後は
(なぜ……年上の女性限定なのだろう……)
全員がセスから目を
自己紹介が終わりに近づいたころから、エデルもそれぞれの役割を頭に入れることができていた。店内
(お、思ったよりもみんな優しそうだし……大丈夫そうな職場なのかな)
自己紹介を終え、ほっと息をつくのもつかの間、セスが出し抜けに大声をあげた。
「はい、従業員
「はいっ」
職人たちが背を正す。
エデルが目を白黒させているうちに、みなが腹の底から声をあげた。
「ひとつ、道に
「ふたつ、道を
「みっつ、道の向こうから
(……!? 山登りの
セスは笑顔で
「あ、うち意外と体育会系なんでよろしく。声小さい子は先輩たちの道具
エデルは
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