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「もうこんなところじゃはたらけない! 素人しろうとのくせにさしするな!」


 り声と共に、ひとりの男が店から飛び出してきた。

 エデルは驚き、あぜんとする。

 完全にばなをくじかれてしまった。


「俺は客の言う通りに靴を作っただけだぞ! なんでもんをつけられなきゃならないんだ」


 男はシャツと下履きの上に、チョコレート色のエプロンをつけたかんないでたちであった。まだ年若く、顔はこうふんのあまりこうちようしている。


「客の言う通り? きちんと足型も見ずに納品しやがって、職務たいまんだ」


 聞きおぼえのある声に、エデルはあっ、と思わず口にしていた。

 扉の向こうから、アランが姿を現したのだ。


(アランさまここにいたんだ……よかった……けど)


 ものすごくタイミングが悪かったようだ。


「俺はめるからな」

「うちの方針に従えないなら、そうしろ」


 アランの言葉に、職人はくやしげに「ちくしょう!」と叫ぶと、走り去ってしまった。

 エデルはぼうぜんとアランを見つめる。


(……ど、どうしよう)


 まさかかいの現場に居合わせるとは思わなかった。それも、察するに職人とオーナーにとって、かなりよくない別れ方だ。

 アランは職人の去った方をしばらくにらみつけていたが、街道にたたずむエデルに気がついた。


「お前は昨日の……」

「あ、あのアランさま、昨日は、その」


 思わぬ出来事に気持ちをそがれ、あれだけ積み重ねたはずの心の準備はどこかへ吹き飛んでいってしまっている。

 すぐにでも逃げ出したい気持ちをこらえ、エデルはおずおずと口に出した。


「あの、赤い靴を返していただけませんか」

「しつこいなお前も。金は受け取ったんだろう」

「受け取ってないです! お願いです、あれは母の大切な……」

「アランさん、何やってるんです! 説得してってお願いしたのに辞めさせてどうするんですか!」


 ふたりの会話をさえぎるように、ひとりの青年がアランのもとへとやってきた。

 ふわふわとしたきんぱつの、おんそうな顔立ちの男だ。

 淡い金色のまつ毛に囲まれた緑の瞳は優しい色合いをしていて、れいな印象のアランと並ぶと対照的であった。


「どうするんですか、これ以上職人が辞めたらちゆうもんに追いつかないですよ」

「店の品質を落とすよりましだ」

「そんなこと言ったって、これ以上お客さまをお待たせするわけには……あれ?」


 青年はエデルの方を見て、目をしばたたいた。


「あら、昨日のお客さま」

「あ、あの、昨日はお世話になりました」


 彼はエデルにディセント家の屋敷の場所を教え、名刺を渡してくれた職人だった。たしか名前は……。


「セスさん、でしたよね」

「そうです。あれ? アランさんの屋敷に靴を見せに行ったんじゃ?」

「え、えっといろいろありまして……」


 エデルがもじもじと体を揺すると、セスは背をかがめてエデルの足元を注意深く見つめた。


「……あの?」

「いい靴を履いてるね。どこの靴? まさか出来合いのものじゃないでしょう?」

「これは……祖父に作ってもらったもので……」

「おじいさんが職人なの。そう! ちょっと失礼」

「ひいい……!」


 なんとセスは地面にほおをつけ、エデルの靴を間近からながめだしたのだ。


 祖父特製のレースアップブーツは、エデルの誕生日にこしらえてもらったものだ。

 外側はブルハイドと呼ばれる丈夫で厚手な牛革を、裏布は銀面のなめらかな馬革を使用している。

 革を使い分けることで、長時間の歩行で足にあたる部分がいたみださないようにとはいりよされていた。

 つつの部分はしならずにしゃんと立ち、長めにとった靴ひもをリボンの形で結ぶスタンダードなスタイルだ。

 たしかにお気に入りの品だったのだが……できればもっと離れたところから見てほしい。


(た、助け……)


 ちらりとアランを見ると、彼はため息をつき首をふっている。ドアマンにいたってはすでに他人のふりである。

 どうやらセスのこの行動は、彼らにとって珍しいことではないらしい。


い目に乱れがないなぁ……しっかりきんとうだ。しかもこんな細糸で。おじいさんもしかして、有名な人? カンディナールの職人かな?」

「いえ……フロンデで小さな修繕屋を営んでいただけで」

「え、今フロンデって言った!?」


 がばりと立ち上がった青年は、アランの方を向いた。アランが驚きに目を見開く。これと同じ表情を、エデルは昨晩も見た。彼が赤い靴をはじめて見たときのことである。


「そうか……アンダーソン……よくあるみようだと気にしていなかったが……」

「あの、祖父がどうかしたのでしょうか」

「君、デルタ・アンダーソンのお孫さんでしょう? いいものをおがませてもらったなぁ。これも運命のめぐり合わせかもしれないですね、オーナー?」


 アランは顎に手をあてて、苦い顔をしている。


「ところで、君のおじいさんはまだフロンデに? そろそろ田舎いなからしに飽きたとか、都市でもう一度靴を作りたいとか、サンプルだけでもおろしてみたいとか、若いやつをビシビシしごいてやりたいとか、そんなことを言っていたおぼえは?」

「い、いえ」


 エデルは息を吸って、それから言いづらそうに答えた。


「祖父は……亡くなる前もそのようなことは一度も言ってませんでした……」


 少しの間、一同の中に沈黙が流れた。せいじやくをやぶったのはアランとセス、同時である。


「「亡くなる!?」」

「少し前に、病気で」

「あああぁ、希望の光がぁぁ」


 セスがうなだれると、ドアマンが大げさにせきをした。


「アランさま。もうすぐ次のご予約のお客さまの馬車が到着します」


 アランはしたちをして、エデルに「こっちへ来い」とぶっきらぼうに言った。

 どうやら店内に入れてもらえるらしい。

 エデルは急ぎ足でアランのあとへ続いた。


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