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エデルは履いていたレースアップブーツを脱ぐと、木べらで靴底の
それから指先に
トランクからろうと油で作った手製のクリームを取り出し、
円を
眠る前に靴の手入れをすることはもはや
「だめだ、どうしたらいいんだろう……」
エデルは手を止めて、途方に暮れたようにつぶやいた。
カンディナールの安宿の一角。エデルの本日の
赤い靴をアランに奪われ、エデルは彼の使用人にあれよあれよという間に屋敷の外に出されてしまったのだ。
十万オングが入った
壁の厚い高級宿に半年は
アランは、あの靴を『魔術師の靴』だと言った。願いと引き換えに人を不幸に
母は赤い靴に何か願いをこめていたのだろうか。それで命を代償に
それとも、あの靴はまったく別の何かを母にもたらし、彼女を死にいたらしめたのだろうか。
母の死に関する手がかりを得るためにはるばる旅をしてきたというのに、まさか手がかりそのものが奪われてしまうとは──。
(このままフロンデには帰れない)
それに、どのみち帰っても彼女の居場所は失われようとしている。
──あの町のことはあまり好きになれなかったから、これでよかったのかもしれないけれど──。
エデルに残されたものは、祖父から受け継いだ靴作りの技術と、わずかばかりの現金、使い古した生活
(なんとかもう一度アランさまに会わないと。事情を説明して、靴を返してもらって……)
しかし、エデルは彼の大切な靴箱を壊してしまっている。
あのかたくなな様子から
いっそのこと警察に相談するのはどうだろう。
一瞬そのような考えがよぎったが、エデルはすぐに思い直した。
靴職人にとって、この業界の代表格と言ってもいいシンデレラ伯爵家を
靴の街カンディナールは国中から
──警察は、少なくとも最後の手段にしよう……。
それに、アランと真っ向から
エデルはぶるりと背を震わせ、アランの顔を思い
もう一度たずねたとしても、きっと冷たくあしらわれてしまうだろう。
(それでも、やらないよりはまし……きっと)
明日もう一度、彼のもとへ行ってみよう。
エデルは靴にブラシをかけ終えると、そっと
靴店ガラスドームは、カンディナールでも
シンデレラ伯爵家の経営するその店には、老若男女さまざまな人物が足しげく通っている。
客人たちは『最高の一足』を手にするため、ああでもないこうでもないと職人と共に思案しているのである。
顧客は上流階級から労働者階級にいたるまで身分を選ぶことはないが、
エデルは
一度屋敷をたずねたのだが、ディセント家の使用人たちは隙がなく、エデルはとりつく島もなく門前払いされてしまったのだ。
(とりあえずアランさまがお店にいればと思って来てみたけれど……改めて見ると、すごいお店だなぁ)
エデルが目を奪われたのは、店舗の外装である。
正面玄関のアーチには薔薇とつぐみを
中央に飾られたターコイズグリーンの舞踏靴は、
(靴に感心している場合じゃないって分かってるけど……、う、動けない)
エデルはそうっと扉の前に立つ
靴店ガラスドームにはドアマンがいた。それも、
(よ、よし。今度こそ行く!)
エデルが
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