1-3
エデルは、テーブルの
本当は、いかにも調度品に興味があるふりをして、アランから目を
彼の青紫の瞳にじっとにらまれると、エデルは落ち着かなくなってしまうのだ。
アランはここがディセント家の屋敷ではなく、いわくつきの靴を集めた『靴箱館』であると教えてくれた。本邸に向かったつもりで歩いていたのだが、やはりここは違ったようである。
おびただしい数の箱は、靴をしまっておくためのものだったのだ。
靴箱館の奥には小部屋がひとつあって、そこには最低限、書き物と食事くらいはできるだろうというような家具と、
エデルは現在、その小部屋でアランと向き合い、気まずい
ほどなくして使用人がひとり、ベルの音を聞きつけてやってきた。
使用人はテーブルにサンドイッチやフルーツ、カスタードのタルトを
第三者が現れたというのに場の
「あ、あの」
「食べろ」
エデルが遠慮してなかなか皿に手を
そうは言っても、エデルはテーブルマナーなど知らないのである。テーブルの上にあるのは
「あっ」
食べ物の匂いに反応し、きゅうとおなかが鳴る。エデルは
(朝から何も食べてなかったから……でもこんなときに鳴らなくてもいいのに!)
アランはエデルの方をちらと見てから、サンドイッチをつかんで口に放り込んだ。
「好きなように食べて
エデルは迷ったが、おずおずとアランと同じものに手をつける。きゅうりのぱりっという音がした。
キャビネットから赤い背表紙の本を取り出したアランは、おもむろにページをめくり始める。
「さて。エデル・アンダーソンだったか」
「もぐっ……そう、です」
「その靴は我々ディセント家のリストに
「あの……質問してもよろしいでしょうか」
「どうぞ。ただし靴に関係のあることで」
「魔術師の靴って、なんなのでしょうか」
エデルの問いに、アランはゆっくりと本から顔を上げた。
「まあ、
「呪い、まじない……」
ふたつの言葉からは、あまりいい印象は受けない。
シンデレラ伯爵家はいわくつきの靴を蒐集しているとは聞いたが、これはたしかにその通りである。
「百五十年前に、我々の
「は、はい。靴産業のことは学校や、
王妃シンデレラが新たに足元を
「シャルロッテ存命時の『靴の
「あ、あの少し待っていただいてもよろしいでしょうか」
「十五秒だ」
エデルはきっかり十五秒、こめかみを押さえじっとしてから、
「そ、それって靴が人間にお誘いをかけるのでしょうか。たとえば靴がしゃべりだして……『私と一緒に幸せになりましょう』とか、そういうことでしょうか。あの、いろいろと、すみません理解が追いついてなくって」
「理解は特に求めていない。要は危険な靴なので、こちらで保管させていただくという話だ。ディセント家は過去に流出した魔術師の靴を集め、
アランは言いながら深みのあるオーク材の、
先ほど使用人が、デザートの仕上げとばかりにこの箱をアランに手渡していったのだ。
この箱は、先にエデルが目を奪われたあの埋め尽くすような靴箱のうちのひとつのようだ。側面だけでなく、蓋部分にも黒い曲線の刻印が押されていた。
(この建物の窓枠にあったものと同じだ。鳥かごみたいだけど……これ、よく見たらカボチャの形?)
紋章がカボチャとは、なんとも愛くるしい形である。
「この箱、入り口近くの棚からとってきたのですか?」
「靴箱がしまってあるのは入り口だけではない。この部屋以外のすべての壁、棚、柱、それぞれに箱を
彼は
ということは、ざっと見る限りこの建物のほとんどがこの靴箱を収めるために使われていて、名の通りここは『靴箱館』なのである。
エデルは我に返った。感心している場合ではない。
「封印してしまうんですか、赤い靴を」
「この靴箱は赤い靴のためだけに作られた特別性だ。魔術をかけてあるので頑丈で封印の硝子も
「そうではなく」
「ディセント家はずっとこの靴を探し求めていた。感謝する」
「あ、あのですね。その靴をさしあげたという、わけでは……」
エデルの声が聞こえていないのか、アランは箱の蓋を開けると、赤い靴を丁寧に寝かせた。靴は飛び跳ねようとしたが、その
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