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 エデルは、テーブルのてんばんを囲うフリル型のわくそうしよくをじっと見つめていた。

 本当は、いかにも調度品に興味があるふりをして、アランから目をらしていた。

 彼の青紫の瞳にじっとにらまれると、エデルは落ち着かなくなってしまうのだ。

 アランはここがディセント家の屋敷ではなく、いわくつきの靴を集めた『靴箱館』であると教えてくれた。本邸に向かったつもりで歩いていたのだが、やはりここは違ったようである。

 おびただしい数の箱は、靴をしまっておくためのものだったのだ。

 靴箱館の奥には小部屋がひとつあって、そこには最低限、書き物と食事くらいはできるだろうというような家具と、あつさつがいくつか収められた硝子枠のキャビネットが置いてあった。

 エデルは現在、その小部屋でアランと向き合い、気まずいちんもくを体験している。

 ほどなくして使用人がひとり、ベルの音を聞きつけてやってきた。

 使用人はテーブルにサンドイッチやフルーツ、カスタードのタルトをせた皿を次々と置き、温めたポットから紅茶をそそぐと、まるで最初から存在しなかったかのように足音もなく去っていってしまった。どうやら『正式に靴箱館の客人として招待される』と、ベルひとつで使用人がやってきてあれやこれやと世話を焼いてくれるらしいが、必要以上のかんしようもしないようだ。

 第三者が現れたというのに場のふんが変わらず、エデルはがっかりした。


「あ、あの」

「食べろ」


 エデルが遠慮してなかなか皿に手をばさないので、アランは短くそう言った。

 そうは言っても、エデルはテーブルマナーなど知らないのである。テーブルの上にあるのはかくてきマナーを気にしなくてもよさそうな食べ物ではあるが……。それにしてもこの場合、タルトに手をつけたくてもサンドイッチを先に食べなくてはいけなかったりするのだろうか。はたまたそんな順番は関係ない?


「あっ」


 食べ物の匂いに反応し、きゅうとおなかが鳴る。エデルはしゆうのあまり顔をらせた。


(朝から何も食べてなかったから……でもこんなときに鳴らなくてもいいのに!)


 アランはエデルの方をちらと見てから、サンドイッチをつかんで口に放り込んだ。


「好きなように食べてかまわない。俺もそうさせてもらう」


 エデルは迷ったが、おずおずとアランと同じものに手をつける。きゅうりのぱりっという音がした。

 キャビネットから赤い背表紙の本を取り出したアランは、おもむろにページをめくり始める。


「さて。エデル・アンダーソンだったか」

「もぐっ……そう、です」

「その靴は我々ディセント家のリストにろくされている、十四番目の魔術師の靴、『赤い靴』と判断した。外見的特徴もいつするし、持ちぬしうつたえるときの反応──『落ち着かず跳ね回る』というのも観察する限り間違いないだろう。何よりこれほど魔力がねじがっているのもめずらしい」

「あの……質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞ。ただし靴に関係のあることで」

「魔術師の靴って、なんなのでしょうか」


 エデルの問いに、アランはゆっくりと本から顔を上げた。


「まあ、のろいの靴とかまじないの靴と言った方が分かりやすいか」

「呪い、まじない……」


 ふたつの言葉からは、あまりいい印象は受けない。

 シンデレラ伯爵家はいわくつきの靴を蒐集しているとは聞いたが、これはたしかにその通りである。


「百五十年前に、我々のせんにあたる女性、シャルロッテ・ディセントがこの国に第三の産業をもたらしたことは?」

「は、はい。靴産業のことは学校や、に習いました」


 王妃シンデレラが新たに足元をよそおらくをもたらしたこと。そしてそのりゆうこうきゆうていだけでなく、国民にまで広くしんとうしていった。


「シャルロッテ存命時の『靴のおうごん』に作られたまじない仕掛けの靴を、ディセント家では魔術師の靴と呼んでいる。百五十年ほど前、このたぐいの靴がシンデレラブームにまぎれてオルハラ国内に流出した。魔術師の靴は美しい外見で見る者をりようし、不安が取り除かれた未来・願いのかなう将来に連れて行くとやくそくするが、それと同時に持ち主にだいしようはらわせる。たとえば財産と引き換えに寿じゆみようを失った者、結婚と引き換えに親を失った者、子どもと引き換えに半身を失った者──」

「あ、あの少し待っていただいてもよろしいでしょうか」

「十五秒だ」


 エデルはきっかり十五秒、こめかみを押さえじっとしてから、


「そ、それって靴が人間にお誘いをかけるのでしょうか。たとえば靴がしゃべりだして……『私と一緒に幸せになりましょう』とか、そういうことでしょうか。あの、いろいろと、すみません理解が追いついてなくって」

「理解は特に求めていない。要は危険な靴なので、こちらで保管させていただくという話だ。ディセント家は過去に流出した魔術師の靴を集め、ふういんするせきを負っている」


 アランは言いながら深みのあるオーク材の、がんじようそうな箱をテーブルに置いた。側面には赤い色硝子の飾りがついており、『』の文字がこくいんされている。

 先ほど使用人が、デザートの仕上げとばかりにこの箱をアランに手渡していったのだ。

 この箱は、先にエデルが目を奪われたあの埋め尽くすような靴箱のうちのひとつのようだ。側面だけでなく、蓋部分にも黒い曲線の刻印が押されていた。


(この建物の窓枠にあったものと同じだ。鳥かごみたいだけど……これ、よく見たらカボチャの形?)


 紋章がカボチャとは、なんとも愛くるしい形である。


「この箱、入り口近くの棚からとってきたのですか?」

「靴箱がしまってあるのは入り口だけではない。この部屋以外のすべての壁、棚、柱、それぞれに箱をしゆうのうできるように建てられている」


 彼はなく、エデルの問いに対する答えをべる。

 ということは、ざっと見る限りこの建物のほとんどがこの靴箱を収めるために使われていて、名の通りここは『靴箱館』なのである。

 エデルは我に返った。感心している場合ではない。


「封印してしまうんですか、赤い靴を」

「この靴箱は赤い靴のためだけに作られた特別性だ。魔術をかけてあるので頑丈で封印の硝子もこわれない。もう靴が外に出ることもない、安心するといい」

「そうではなく」

「ディセント家はずっとこの靴を探し求めていた。感謝する」

「あ、あのですね。その靴をさしあげたという、わけでは……」


 エデルの声が聞こえていないのか、アランは箱の蓋を開けると、赤い靴を丁寧に寝かせた。靴は飛び跳ねようとしたが、そのしゆんかんに紫色の光をまとったくさりが現れる。

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