3 野木晋二郎

 午前中一旦店に行き、申し送りを済ませてから想念寺へ向かう。境内にある桜が見事で外の駐車場にも桜吹雪が降っていた。バイクを停め、四脚門を潜ると手水舎脇の積み石に兄貴が腰かけていた。

「おう、晋二郎すまんな。店は平気か?」

「うちの店は俺がいなくても回る。昔はここで……俺も、理央と一緒に食わせてもらったからな。店の廃棄品を持ち込めたら一番いいけど、鍋を振るくらいしか役に立てなくて申し訳ない」

 今日は孤食児童のための〝子ども食堂〟に駆り出されていた。平日は近隣の食堂を借りて、焼きそばやドーナツ、カレーライスなどを午後二時から六時の間並べている。週末は想念寺の駐車場にバンを停めてキャンプ用テーブルを出し、正午から飯を出す。チラシ上は親子連れも歓迎としているがあまり来ない。新学期を控えたこの時期は学用品のバザーと同時開催するのが恒例だった。

 段ボールやコンテナが隅に積まれている。「随分集めたんだな」

「この時期の境内バザーだけはな、なんとか物集まるように方々掛け合っとる。進級に必要なもんを親に買ってもらえん子が来るで、近くで話せるし、ちょっと薄着になるから様子もわかる」

「給食袋とかか」

「あと上履きだな。ランドセルはなかなか集まらんがたまに寄付がある。今時、保護猫団体のが金集めは上手いくらいだわ」

「人が減ったからな……」

「この辺りはそのうちまとめて買われてショッピングモールになるのが関の山だ。再生計画がなされてもそれを愛でる住人がいない」

「理央は?」

「あそこだ」柵向こうの公園で、未就学児らしき数人とはしゃいでいた。背中に一人おぶって、もう一人を抱いて空にあげている。

「あいつは、本当に誰とでも仲良くなるな」和やかに話を振ったつもりだったが、兄貴は黙っていた。「どうした、浮かない顔して」

「ちょっと……理央がなあ、北海道行くとかいう話が出とって」

「何の話だ?」

「父親から手紙が来て、つれてく言うとる」

 兄貴は煙草に火を点け、口の端に咥えた。

「捨てた親だろ? なんで止めん。あいつは、どっか田舎で牛の乳搾りでもして暮らすのがいいんだよ。なんかないのか、児相は?」

 兄貴は煙草の外箱を弄びながら、理央の背中を眺めていた。

「母親が病んどってなあ、理由はようわからんが何回も赤ん坊の理央に手をかけたらしい。それを爺様が無理やり引き離して足寄町へつれてったんだ言うとったわ。まあ今さら理由が判ったところで大差ない。今でも放置なんだ、子供を愛しとるとは思えん。一緒に死ぬのが愛か? 違うだろ。母親の弁なんで信用はないが、ご本人さんはそう言っとる。死人に口なしだから言うたもん勝ちだな」

「死人に口なし? 爺さんがか」

「ああ、三か月前に死んだらしい。そんで、葬式も済んで全部相続したもんで、北海道に行くんで理央を連れてくとよ」

「そんなことあいつ一言も。学費だって必死に貯めて……」

「まだあいつは知らん。爺様の葬式も知らされんとは可哀そうで、理央にとっちゃ足寄の爺婆が唯一の家族みたいなもんや。いいだせん。爺様死んだ先に、親以外だあれも知らんとこいきなりつれてくいうんのは納得いかんから話を聞いとったが。いよいよ止めれんくなってきて今日にも伝えなあかん思うとる。八方塞がりだわ」

「どういうことだ?」

「理央が探しとった猫なあ、見つけたが死んどったんだ。墓作るからくれいうて隣の男とまたやりあったらしい。だが諦めきれんのか、違う猫だったかもしれんいうて、あいつはまだ探しとったが……」

「墓? なんで今その話する」

「まあ最後まで聞け。時計機械の前あたりにある公園から動物の死骸が見つかってな。猫とか烏や鳩らしいが、白骨化しとるやつもあって。遺棄と虐待疑われとるんだ。あいつ道端で死んだ動物見つけると拾って墓作るんが昔から癖なんだわ。あの辺はコンビニもビルもないで監視カメラもない。無実訴えても根拠も何も出ん。それにおれは実際理央がやったんじゃないか思っとるから庇いきれん部分がある。全部正直に話してわかって貰うんがいいが、親元へ戻れみたいな話が今更出てきてタイミングが悪いいうか、良すぎるいうか」

 膝に手をついて立ち上がる。「この仕事やっとって、よかったと思えることは殆どないが、おれらは最悪の状況ならんよう食い止めるあんぱん程度の障害でしかない。血の繋がった親がでかい顔してきたら、塵紙くらいに吹き飛ぶ存在だで。情けないなあ」

「なんで急に、あと一年、あと一年待てば、あいつは戸籍抜ける」

「なんか裏があるとは思っとるけど、なんともなあ」

 煙草の火を消すと、柵向こうに向かって声を張った。

「おーい、ちょっと腹減らんか。神宮までいって鰻でも食うか」

 兄は理央に声をかけ、寺から共に出ていった。

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