第2話 いつまで子供でいつから大人か

飲屋街の路地を抜け、少し歩くとそのホテルはあった。


「さてさて空いてるかな」


慣れた様子で入って行く椿の後ろを不安を隠しながら着いて行く。

いかにも遊んでますいった雰囲気で普段はいるが、実はホテルもその先もした事はない。


やべーよ来ちゃったよ。


雰囲気はホテルなのだが、装飾やちょっとした作りの違いが余計にそうゆう場所なのだと興奮を掻き立てる。


「空いてる空いてる」

「この一番安い部屋でいいよね?」


「ああ、いいよ。」


そんなこと言われても、料金ごとの違いも分からないし、とりあえず乗っておこう。


歩き出す彼女に着いて行く。


チェックインはしなくて良いのだろうか?


少し歩くと何部屋も並んだ通路が現れ、それぞれの部屋番が光ってる通路に出た。


「さっきからあんまり喋らないけど緊張してる?」


やべえ、必死に頭を回して何とか言い訳を考える。

ここは男として初めてなのがバレるのは避けたい。


「いや、歩いてるうちにまた少し具合悪くなってな」


「あれま、もう少しだから頑張れ頑張れ」


彼女は部屋番号が白く光ってる所に歩いて行き、扉を開け手招きする。


「ほれ早くベットで休みな」


あ、やべえ。これってチャンス逃したか俺?


そんなことを思った所で今更嘘を取消す訳にもいかず、素直に従い靴を脱いでベットに横になる。


部屋は全体ピンク色で、普段見るこの無いような艶めかしいベットや家具を想像していたが、実際はビジネスホテルに似たような感じで間接照明が多く、内装も少しおしゃれな感じで普通に落ち着ける空間だった。


「明日休みだし、もう一本開けちゃうかな」


部屋を出て戻って来ると手にはビールが握られ、蓋を開けるとプシュっといい音が聞こえた。


「やっぱりこれだね~この為にお仕事頑張ってるんだから」


「美味しそうに飲むな」


「明日はお仕事が休みだしね。」

「そんな日に飲むアルコールは特別美味しいのだ」


「それは分かる」


そんな気分で仕事終わりでそんな日に飲むビールは特別美味い。


「お兄さんとも一緒に飲みたかったなー」


「次は付き合うけど今日は勘弁してくれ」


具合はよくなってきたが、これ以上飲めば吐くのは確実だろう。


「サワー系は飲みやすくていいけど、昔ながらの苦みもいいね」


「ふーん。ビールって苦いだけで未だに美味しさが分かんないんだよな」


普段飲むのはもっぱらサワー系で、状況に合わせて日本酒やウイスキーを飲む程度だ。あまり美味しいと思ったことは無い。


「いつか分かる日が来るよ」

「キンキンに冷やしたビールの苦みが抜けていく瞬間が堪らなくなる日がね」


ごくごくと喉を鳴らし、くぅ~と美味しそうに悲鳴をあげる。


「飲みやすいビールとかあるの?」


「う~ん、どっちかって言うと好みに近いかも」

「そこは人によって結構違うかもね」


「そんなもんか」


美味しそうに飲む椿を見ていると飲んでみたくなるな。

今度買ってみるか。


視線を感じたようでこちらに顔を向けると優しそうに微笑む。


「私だって美味いって思えるようになったのは最近だし、お兄さんも焦らなくていいからね」


「焦ってない」


「そっか、ごめんごめん」

「私は焦って背伸びして、適当に生きて来ちゃったけどお兄さんにはゆっくりと色々味わって欲しいな」


「でも背伸びしたいお年頃なんだこれが」


呆れるように笑って見せる。


「ふふっ、気持ちはすごいわかっちゃう」

「お兄さんこの街の秘密を教えてあげよう」


「秘密?」


「この街には魔法使いがいて、魔法をかけてその人も魔法使いにしてしまうだ~」


「ディズニー映画じゃあるまいし、お姉さんもう結構酔ってる?」


「酔ってない、酔ってない」


そう言いながも先ほどよりは明らかに上機嫌だ。


「どれお姉さんもそろそろ疲れちゃったから休むかな」


上着を椅子の上に掛けると大きなベットの横に座り、ベットの壁に背を預け、リモコンでテレビを点ける。


テレビを点けると、見慣れたバラエティー番組が放送されていた。

たしか安くて美味しいお店を紹介する番組だったはずだ。

だが今はそれどころではない。


横から漂う甘くて誘惑的な匂いが。

薄着になったことでより魅力的に見えるその体が。

横にいることで伝わってくるその吐息と、その温かさが。


「見とれちゃった?」


やばい、気づいたら見惚れてしまっていた。

なんて言うか何も考えられなかった。頭の中が彼女で全部埋め尽くされた。


「そんな訳ないだろ」


精一杯の強がりで返す。


「可愛いな~」


彼女そう言うの視線は俺を見ているようで、でも俺ではない誰かを見ているような気がした。


「なあ、椿はなんで俺に声を掛けてくれたんだ?」


あの路上で酔いつぶれていた中声を掛けてくれたのはすごく嬉しかった。

ただそんな光景は日常的で、彼女にとってはそれはなおさらで毎日やっていたとしたら聖母マリアとガンジーに負けず劣らずの有名人になっていたはずだ。


「そりゃ知り合いがあんなになってたら誰でも心配するよ」


「知り合い?」


記憶を必死になって掘り起こしてみるが、こんなんに美人でほんわかしていて、なおかつ夜の街に出没する年上に心当たりが無かった。







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