夜の街で潰れてたら大人なお姉さんとホテルに行った話

@Contract

第1話 出会いの夜

「うっつ!」


何度目かになる吐き気をその場で立ち止まりかがんでやり過ごす。


「気持ち悪い…」


ただ腹の底から異物がこみ上げてくるその感覚を味わう。


18歳で地元を離れて始まった大学で周りに合わせて楽しそうに、笑われないように遊んでいるうちに夜の街に来るようになっていた。


壁を背に一人疼くまり波が過ぎるのを待つ自分が何だかすごく惨めな気分になる。


周りは何事も無いようにいつも通りの光景が続いていて、2件目を探す出来上がった中年サラリーマンに、明らかに父と娘くらいの年齢の人が通り過ぎる。

これから出勤の目が死んだ綺麗な女性に、キャッチの猫なで声、そして今や片隅でこうやって潰れてる俺もその一部だ。


もう慣れてきたと思っていたドブのような匂いも相まって、本格的に具合が悪くなり思わず顔を下げて目を閉じ少しでも楽な体制を探す。


「何やってるんだろうなぁ…俺」


必死こいて勉強して地元を捨ててまでここに来て。

いまじゃ一人になりたくなくて、必死に好きでもない酒を飲んで無理にテンション上げて騒いで、馬鹿みたいに高い服とSNSに写真を上げてリア充アピール。


頬につうっと涙が伝う。


「ばかだなぁ、もう全部おわりにしたいなぁ」


沢山の人の足音と色んな感情が混じった声が過ぎ去る。


_______________



どれくらいたっただろうか、酒やけしたなんとも気の抜ける若い女性の声がした。


「お兄ちゃん大丈夫~?」


顔をあげるとたれ目で長い黒髪の若い女性が顔を心配そうに覗き込んでいた。


「え…あ…大丈夫」


酔いと具合の悪さで上手く呂律が回らない。


「結構のんでるね~ほれ、これ飲みな」


バックからガサゴソとスポーツドリンクを取り出すと目の前に指しだす。


「ありがう」


掴もうとするとその手は虚空を切り、何度か掴もうとしてようやく掴めた。


「うひゃひゃ。今日はお楽しみだったんだね」


蓋に何度か力を入れてようやく開くと、何口か飲む。


「そうんじゃないんよ。講義終わりに誘われて流れでどんどん飲まされて、きつくなってトイレって言って逃げてきたんだ」

「みじめだろ?」


酔った頭で、出て来た言葉を吐き捨てるように言う。


女性はそんな俺をしばらくニヤニヤ見ていると軽く頭をなでる。


「若いねぇ。」

「吐かないでカッコつけて出てきただけでお姉ちゃんはなまるあげちゃうよ」


思わずまた頬を伝いそうなるので急いで手を払いのける。


「ちょ、子供扱いすんな!」


「ごめんごめん、可愛くてついね」


てへへと手をしまう。


女性の手からは甘い匂いと、嗅ぎなれたタバコの匂いがした。


「タバコ吸うのか?」


「あちゃ~匂い消えてなかったか。最近は高くて困っちゃうよ。」

「お兄さんは?」


「たまにかな」


「おやおやいけないね~未成年がタバコ吸っちゃ」


思わず顔に出そうなのを押さえて平然を装って答える。


「成人してるよ」


「ふっふっふ、夜の仕事してる私に噓が通じると思ったか」


いたずらっぽく笑う。


「夜の仕事をしてると噓が分かるようになるのか?」


「その通り、何でもわかっちゃうの」


「なら刑事とか裁判官に転職しなよ」


「調子出てきたね。具合は戻ってきたかな」


体に意識を向けると、さっきよりも吐き気は落ち着いていて、具合も大分収まって来ていた。


「だいぶ落ちついたよ。ありがとう。」


「なら良かった。終電はまだあるかな?」


服のポケットを何箇所か探すとスマートフォンが出てきたので時間を確認する。


「ない…」


「あちゃ~、やっちったね」

「家はどっちの方?」


「足立の方」


「流石に歩きで帰れる距離じゃないね、ホテル割り勘して一泊しちゃおうか?」


「え?」


お酒の席で流れでみたいなのは見た事があったけど、この速さで、素面で、女性から言われるとは思ってなかった。


「この状況でじゃあバイバイも酷いし、かと言って私の家もせまいんだ」

「ここら辺で一人で一泊となると結構しちゃうでしょ。お金ある?」


ポケットから財布を取り出し中身を見るが、とてもじゃないが足りそうではない。

ここかならコンビニに行ってお金を下ろす手はあるが今月は結構ピンチで、色々な意味でありがたい話だ。


「ないです…。ホテル割り勘でお願いします。」


「よろしい。じゃあ行こっか。」


差し出された手を掴んでよろけながら何とか立ち上がる。


「お兄さん名前は?」


「天野 楓  お姉さんは?」


「私?」

「そうね…楓って呼んで」


「源氏名だろそれ…」


「せいかい♡」


浮かべる笑顔の底は見えない。

年だってそんなに変わらないはずの彼女はどんな人生を送って来たのだろうか。


いつか彼女を理解出来るようになりたいそう思った。


「早くいくよ、満室になっちゃう」


彼女の後ろを追いかけて再び夜の街に踏み込んだ。

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