第39話
キューズモールに入った二人はエレベーターで地下へと降り、フードコートでたこ焼き屋の列で足を止める。
「初デートでフードコート、更に減点ですね」
「わたし達も何か買うの?」
「手ぶらだと怪しいのでドリンクでも買いましょう。清水さんはあの二人が席に着いたら、なるべく声を拾える席を確保してください」
「わかった」
室内という事もあって、マスクだけでは足りないと伊達メガネを渡されたわたしは、フードコート内の観葉植物の陰から覗き様子を窺う。
注文を済ませたみたいで、事前に作り置きされていたであろうたこ焼きがすぐに提供されていた。
二人が席に着いたのを確認し、わたしも席の確保に動く。
汐ノ宮は近くの席にしろって言ってたから……。
フードコート内は人が多いものの、席はまばらに空いていて二人が座った席の前後左右はどこも空いていた。
小深の前に座るのは流石にバレそうだと感じたわたしが選んだのは、男性から見て正面の席だった。
これなら二人の声は聞こえるし、なにより小深と背中合わせになるので、少し嬉しい。
「アホなんですか、あなた?」
「言う通りにしたのに……」
ドリンクを二つ手にした汐ノ宮が顔を引き攣らせ、小声でそう囁いてくる。
四人席の片側に二人して小深に背を向けて座っている方がおかしいと思うけど……。
「普通は、一つ離した席とかにするんですよ。どうして真隣なんですか? 声でバレるじゃないですか」
「でも周りも結構うるさいよ?」
「そういう事を言ってるんじゃないんです」
先程の事をまだ根に持っているのか、グチグチと責め立ててくる。
こういう狭量な人にはなりたくないなぁ。
汐ノ宮の言葉を無視して、本来の目的を遂行すべく後ろへ耳を傾ける。
「いやー、まさか本当にデートできるなんてマジ感動。迷惑とかじゃなかった?」
「お姉ちゃんに言われたら拒否権とかないですから」
「あー、申し訳ない……」
「アハハ、お互い苦労しますよね……」
そんなたわいのない会話が聞こえてきて、少しばかり安堵する。
話を聞いてる限りだと、小深のお姉さんに言われてこの人とデート……もといお出かけしてるみたいだけど。
「あっ、でも付き合ったからには――」
「ぶふぅっ!?」
隣の汐ノ宮がジュースを吹き出してしまった。
思いがけない言葉が出てきた事で、わたしも反応しかけたけど、隣で彼女が痴態を晒してくれたおかげで耐える事ができた。
「ごほっ、けほっ……」
「汚い……目立ってる」
「す、すみません。思わず」
幸い、小深達はあまり気にしていないようで会話を続けていた。
それにしても、さっき小深から付き合ったって言葉が聞こえてきたけど……。
わたしには他の誰よりもアドバンテージがあると確信している。
だから、小深が誰かと出掛けていても、知らない交友関係があったとしてもまだ我慢できていたのに……。
「菊水ちゃん、ほらあーん……どう?」
「うーん、ベタだけど悪くないです」
「じゃあ、ボクにもあーんしてもらえます?」
「えー、仕方ないですねぇ。あーん」
な、名前呼び!? それに食べさしあいっこまで……!
それはわたしと小深の思い出なのにッ! 思い出を目の前で上書きされている感覚に胸の内がカッと熱くなった。
「清水さん、ドリンク握り潰してますよ」
「えっ、あっ……」
わたしの手には無惨な姿になった紙コップが握られていた。
二人してテーブルをびしょびしょにしてしまい、互いに動揺を隠せていないと分かると、汐ノ宮から提案を持ち掛けられた。
「想像以上に状況は悪いのかもしれません。本当に最悪の展開を避ける為、ここは二人の邪魔するのはどうでしょう?」
「邪魔? でもバレたら小深に怒られそうだけど……どうするの?」
逡巡したのち、怒られる事よりも小深が誰かのものになる方が怖いと判断し、汐ノ宮の提案を受け入れる事にする。
「……清水さんが転んだふりをして水をかけるなんて如何でしょう?」
「それ、わたしだけ怒られるんじゃないの?」
「ふふっ、モノは試しです」
「絶対、嫌っ、もっと真剣に考えて」
「先程から文句ばかり、では貴女が素晴らしい策を提案していただけますか?」
「八つ当たり、もういい。小深はわたしが守る」
席から立ち上がり、辺りを見渡す。
自分達でやるからバレる危険性がある。なら自分達以外の人がやればいいんだ。
標的を発見し、わたしは目的を遂行する為に歩を進めた。
「お早い帰りでしたね。それで策は思いつきました?」
「ふふん、見てて」
「はぁ……?」
怪訝そうにする汐ノ宮の疑問は、すぐ称賛の声に変わるだろう。
ほどなく、視界の端にこちらへ走ってくる子供の姿が見えた。
「うおおおおおお! 別れろリア充ども!」
そんな掛け声と共に、子供が手にしていた紙コップに入った水が男性に向かってぶちまけられる。
「うわぁッ!? なにすんだクソガキ!」
「うっせー! フードコートでベタベタしてんじゃねぇ! アホボケカスナス!」
「あっ、こら待てや!」
子供は笑い声を上げながらフードコートの外へと走っていく。突然の事に男性は子供を取り逃し、呆然と立ち尽くしていた。
他人任せだったものの、これは作戦大成功と言っても間違いなしだった。
流石の汐ノ宮もこれにはわたしを褒めざるを得ないだろうと彼女の顔を見ると、何故かドン引きした様な表情を向けていた。
「あなた、何をしたんですか……?」
状況を飲み込めていないらしいので、わたしは少し誇らしげにその問いに答えてあげる。
「近くにいた子供に頼んだの。演技派で助かった」
「頼んだって……もしあの子が捕まって尾行したいる事がバレたらどうしてたんですか?」
「それも大丈夫。五千円渡したから、万が一の場合でも口止めはできてる」
「子供を買収!? あ、あなた……」
好感を抱いているとは言い難い表情を浮かべる汐ノ宮は、露骨にため息を吐いた。
一体何が気に食わないのか理解できないでいると、後ろで動きがあった。
「ハンカチ……じゃダメなくらいびしょ濡れですね」
「はぁ、子供相手の仕事って毎日こんな気分になるのかな……」
「それはどうでしょう……」
やはり作戦は大成功、空気を読むという事にあまりピンと来ないわたしでも和気あいあいとした空気ではない事が分かる。
それは汐ノ宮も同様に感じ取っているみたいだ。
「背に腹は変えられませんね。倫理観と小深の貞操、捨てるなら前者……ですか」
「動き出した。行こう」
二人が席を立ったのを確認して、わたしも席を立つ。
「机を拭いてから追うのでお先に。場所が分かれば連絡してください」
「倫理観、捨てるじゃないの?」
「これは道徳心です」
「そう……」
まるでわたしには倫理観も道徳心もないみたいな言い様が、少し気になってしまう。
小深の事となると視野が狭くなる自覚はあるものの、ダスターを取りに行った彼女の背中を見てわたしの足が止まる。
小深を言い訳にしたこの行動に、小深は良い顔をしてくれるだろうか。きっと、否だ。
戻ろうかと思ったけれど、そうすると二人を見失ってしまう。
二人の背中をと汐ノ宮の背中を見比べ、ここは彼女に任せ、わたしは二人の背を追った。
「反省。次は間違えない」
小深の隣で胸を張れる自分でありたい。そんな気持ちが芽生え、言葉にはしないけど、心の中でそれを教えてくれた汐ノ宮にほんの少し感謝した。
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