第38話
なるべく目立たない地味な服装との指示があったので、わたしは手持ちの服の中から一番地味な服、グレーのスウェットを着て待ち合わせ場所に来ていた。
「し、清水さん……それは逆に目立ちます。むしろよくその格好でここまで来れましたね……」
キャップ帽とマスクも含めて、全身を黒で染めた汐ノ宮千早は何故か頭を抱えていた。
地味な格好って言ったのはそっちなのに……。
黒とグレーの色合いも似ているし、何が気に食わないんだろう。
「これって、わたしが悪いの?」
「……はぁ、曖昧な指定をした私に非がありますね。時間はまだあるので近くで着替えを買いましょう」
「えっ、いらない……」
「必要性の有無を聞いている訳ではありません。小深に見つからないように変装するので黙って着いてきてください!」
そう言って汐ノ宮は、怒って先に行ってしまう。
仕方なく後ろから付いて行くけど、学校にいる時の彼女と目の前を歩いている彼女はなんだか、少し雰囲気が違う気がする。
うーん、マスクをしてるから? 帽子をかぶってるから? どれもしっくり来なかった。
「とりあえずこの辺でいいでしょう。会計は私が持つので貴女は試着室で着替えてきてください」
汐ノ宮が選んだ洋服一式を手渡され、試着室へ押し込まれてしまう。
洋服にこだわりはないけど、こうも黒一色だと逆に目立つんじゃないのかな。
小深の為なので、文句を言葉にせず着替えたわたしは姿見で全身に目を通す。
白のティーシャツに黒のパンツ、オーバーサイズの黒シャツはあまりにも地味だった。でも地味だからいいのか?
「着替え終わりましたか?」
「うん」
試着室のカーテンを開けると、汐ノ宮は怪訝な表情を浮かべる。
「やっぱり地味?」
「いえ、清水さんは普段から素材の良さを活かした方が良いのでは、と思っただけです。あと不思議と目立つのでマスクもしておいて下さい」
追加で黒いマスクを渡されてしまう。
これでは汐ノ宮と双子コーデ? みたいで何だか嫌だ。
小深とだったら双子コーデもやってみたい気持ちがあるけど、双子よりも親友、あわよくば恋人になりたい……でも恋人コーデって聞いた事ないや。
「清水さん、早くしてください!」
「わ、分かった」
妄想に浸ろうとしているところで汐ノ宮に急かされ、足早で歩く彼女の背中を追っていると、ある場所で立ち止まった。
天王寺駅の中央出口。その少し離れた柱の陰から汐ノ宮は顔を覗かせていた。
「不審者みたい……」
「その程度の汚名で小深を守れるのなら安いくらいです。まさか、清水さんにはその覚悟がないと?」
「……わたしも、不審者でいい」
汐ノ宮の視線を追うように、わたしも柱の陰から顔を出す。
平日の昼前という事もあって、人の密度はそこまで多くなく、思ったよりも簡単にわたしの目に小深の姿が止まる。
「小深いた」
「私も見付けていますが、これはいけません……」
汐ノ宮の張り詰めた声に、ただならない緊張感が走った気がした。
改めて小深をよく観察すると、汐ノ宮の言葉の意味を遅れながら理解する。
「小深……なんだか気合いが入ってる」
わたしとのデートの時は制服だったからか、余計にその出で立ちに強くそう感じる。
チェック柄が目を惹くブラウンの上品そうなワンピースに、フリルをあしらった白のブラウスがお嬢様感を漂わせ、ウエストに巻かれたベルトが小深のスタイルの良さを改めて感じさせる。
その服装はまるで、デートに赴く理想の姿そのものだった。
「あの服、小深の趣味とは違いますね……はッ!? まさかあの男の趣味! 小深を自分色に染め上げようだなんて、不埒千万! だからあんなチャラい男はダメだと言ったのです」
「うるさい……」
尾行すると言っていたのに、汐ノ宮のせいでバレるんじゃないかと逆に心配になる。
ハラハラしながら観察を続けていると、小深の方へと近付く人影があった。
「あれ、あの人、見覚えがある気がする……」
センター分けにした金髪のマッシュヘア、派手なサングラスで顔はよく見えないけれど、居酒屋でお姉さんと一緒にいた人だった。
「あ、あいつです! もし小深に変な事をしそうになったら私達で犯行現場を抑えますよ」
大学生風の男性は親しげに小深に近付き、小深もそれに呼応する様に笑顔を浮かべていた。
小深が大学生の男性とデートに行くとしか聞いていなかったけど、目の前で私の知らない小深が増える様で胸にチクリと痛みが走る。
「あの人、バイト先で他の女の人と、いた」
「それは本当ですか? 他に女がいながら遊び感覚で小深に手を出すだなんてッ! 緒花さんは一体何を考えているのやら……」
「あっ、動いた」
「追いますよ!」
歩道橋の方へと歩いていく二人から少し離れてわたし達も歩きだす。
人混みを抜け、あべのキューズモール方向へ進んでいく間でも、少し先の二人は仲睦まじそうに笑いあっていた。
「小深、楽しそう……」
その光景に思わず心の声が漏れる。
「いいえ、あれは小深の愛想笑いです。あの男性とはほとんど初対面の筈ですから」
「そう、なんだ……」
その言葉に、安心と嫉妬の感情が同時に生まれてしまう。
幼馴染ともなると、相手の表情一つで何を思っているのかを詳しく理解する事のできる関係値を羨ましく思う反面、それを行っているのが汐ノ宮千早という事が面白くなかった。
ただ、今は汐ノ宮相手に目くじらを立てている場合じゃない事も理解している。
「この時間だとランチに向かっている筈ですが、食事の好みが違うとなると小深もきっと目を覚ますでしょう」
「そうなんだ」
「ちなみに、小深は食の好みに煩くはありませんが、甘い物と海鮮が好きな傾向にあるんですよ」
聞いてもいないのに自慢げに小深知識をひけらかす汐ノ宮に、わたしはある情報を小声で呟いた。
「小深は、親子丼に納豆を入れて食べるのが好き」
「……本当に言っていますか?」
耳敏く、喧騒の中からわたしの声を拾った汐ノ宮から笑顔が消える。
「親子丼に納豆……? その情報は誰発信ですか?」
「教えてほしい?」
「くっ……、仕方ありません。小学生時代の小深の写真、欲しくありませんか?」
「……交渉成立」
悔しがる汐ノ宮の顔を見るつもりだったけど、そう簡単に屈するほど幼馴染歴は短くないと逆にマウントを取られた気がした。
それでも、わたしのスマホに送られてきた幼い小深の写真に大満足したわたしは、見返りに情報提供者の名前を口にする。
「小深本人から聞いたから、間違いない。最近ハマってるって」
「小深……本人から……?」
訝しげな視線を感じて、私は意趣返しのように自慢げに語った。
「わたし、小深と親友になる為に頑張ってる」
控えめにピースサインを向けると、汐ノ宮はまだ疑っているのか納得する様子を見せなかった。
「ありえません。小深はそう簡単に他人へ情報を漏らすような人ではないんですよ」
「他人じゃない。友達以上親友未満」
「たった数ヶ月程度の付き合いで何を……」
「小深はお風呂が好き。遅刻が多いのは朝に弱いから、よく行くスーパー銭湯は神の湯」
「なっ…………」
ドヤ顔で小深知識を開示すると、まるで信じられないものを見たみたいに汐ノ宮は愕然としていた。
幼馴染なだけで自分がリードしてると思い込んでいる彼女に、それは間違いだと気付かせる事が出来た事で、少しばかり汐ノ宮に抱いている劣等感のようなものが払拭される。
「……清水さん、私はあなたの事が嫌いです」
「それは、お互い様。寝首を掻かれないように、ね」
面と向かって嫌いと吐き捨てた敵対者へわたしも負けじと本音をぶつける。
同じ相手を特別に思っているからこそ、わたし達は馴れ合えない
わたしと汐ノ宮は、喋る事を辞め、お互いを牽制するように睨み合いながらも、目的を見失うことなく小深の後を追い続ける事はやめなった。
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