第22話
「また、やっちゃったぁ……」
小深の友達に、つい感情的になってしまった事を思い出し、後悔の念に駆られたわたしは、ベッドの上でのたうち回る。
本当は喧嘩を吹っかける気持ちなんて一切なかった……とは言えない。本当は少しだけあった。
でも、小深から仲良くしてほしいとお願いされた時は、わたしも勿論そうするつもりだった。
二回目の告白を振られ、それならもっと友達としての関係を深めようと、わたしなりに考えてあの輪の中に入ろうとした。
でも、五日間一緒に過ごして分かった事と言えば、彼女たちの方が小深との仲が良さそうだという事だった。
あの四人は、一年生の時からずっと一緒にいるから、当然と言えば当然だけど、わたし以外の誰かに小深が笑いかけていると思うと、薪を焚べてもいないのにメラメラと嫉妬心が燃え盛ってしまう。
それに、汐ノ宮千早は、間違いなく敵だとわたしの本能がそう警戒していた。
何かと幼馴染アピールをしたり、わたしを気にかけてる素振りをして小深からの印象を良くしようとしている魂胆が透けて見えるのが、とても……とても悔しかった。
幼馴染なんて、わたしがどう転んだって時間が戻らない限りなれる訳がない。唯一無二のアドバンテージを目の前で振りかざされれば、不機嫌にもなるというものだ。
それでも、わたしは我慢するつもりだった。また小深に迷惑をかけて困らせたくなかったから。
「んんんんんんんん……」
枕に突っ伏したまま、行き場を失った感情が、喉から呻き声になって出ていく。
思い出すのは寺本唯華の発言だった。
わたしが誘っても面倒だからって断るのに、寺本唯華とは二人で遊びに行ったと耳にして、我慢の限界がきた。
本当なら今頃、ご褒美に小深とデートしてもらう予定だったのに、一時の感情で台無しになった挙句、小深は「三人の機嫌取りしてくるから」とあのメンバーで遊びに行ってしまった。
「わたしのばかぁ……ばか、バカバカ、ばかぁ」
自業自得とはいえ、こんなのはあんまりだと涙が出てくる。
せっかくの土曜日も、午前中はずっと布団の中で後悔して、午後も同じ様に時間を消費してしまいそうだった。
這いずってなんとかベッドから抜け出し、机の上のスマホを手に取り、メールを打った。
『昨日はごめんなさい。怒ってますか?』
送信ボタンを押す所で躊躇し、削除ボタンを押す。
こんなメールを送ったって、わたしのした事は許される事じゃない。きっと来週からはまた一人で過ごす事になるに違いないんだと、そんな予感がわたしの中にあった。
「小深、わたしの事、面倒な女って思ったかな……」
今回ばかりはそう思われても仕方ないと、深いため息が出る。
このまま家で腐っていても仕方ないので、せめて小深の為になる事をしようと奮起し、わたしは電話をかけた。
ーーーーーー
「おう、
「いえ、暇だったので」
タオルをねじってハチマキにした物を頭に巻いた店長は、齢七十五とは思えない程、活力に溢れていた。
「加賀田さんから電話が来た時ァ、救いの女神が現れたと思ったくらいだよ」
「えと、それで何したらいいですか?」
「つれないねぇ。そいじゃ、いつもみたいにホールで注文取ってくれるだけでいいからよ。調理と会計はおじさんに任せな!」
更衣室で割烹着に着替えたわたしは、言われた通り、ホールに立つものの、お客さんが来るまでする事がなかった。
暇な時は、加賀田さんに頼めば、お手伝いとして商店街の仕事を紹介してくれる。
この焼き鳥屋は、その中でもよくお手伝いをするお店だけど、駅の裏手にあるので、あまり繁盛してるとは言えなかった。
夕方五時からオープンしても、客層がサラリーマンや地元の人ばっかりだ。
ボーッとできていたのも最初の一時間だけで、七時頃には客足が増えて忙しくなってくる。
「生三、おまかせ三です」
「あいよー!」
「追加でサラダと唐揚げです」
「あいよー!」
小さなお店だけど、カウンターとテーブル席に分かれている事もあって、お客さんはそれなりに入っていた。
私は高校生だから、できる事と言えば注文を取って料理を運んだり片付けたり、あとはソフトドリンクを入れる事しかないので、混んでいても実はそんなに忙しくない。
店長は忙しそうに動いていて、申し訳ない気持ちで少しばかり肩身が狭くなる。これで時給千五百円も本当に貰っていいのだろうか。
お客さんの様子を見ながら、ホールを眺めていると、店の引き戸が開き、二名のお客さんが入ってくる。
一人は大学生風の男性で、もう一人の女性はどこか見覚えのある顔だった。
「あっれー? あの時のおかっぱちゃんだ! うはー、割烹着すごく可似合ってるね〜」
目が合った女性は、驚いた様にわたしに声を掛けてくる。
ブラウン寄りの癖毛の金髪、鼻筋の通った整った顔立ちに、私はあの時のお姉さんだと思い出した。
「先輩、知ってる子っすか?」
「ふふふ、この子とは裸の付き合いがあってね」
「先輩、教職取ってる人間がガキに手ぇ出しちゃまずいっすよ……」
「えと、テーブル席にどう、ぞ」
まただ。どうしてか、あのお姉さんを見ると、血が騒ぐような気がして、緊張が走る。
「とらあえず生二つとおまかせで」
「ビールあんまり得意じゃないんすけど」
「うっさいわね、最初の注文はこれでいいのよ。おかっぱちゃんもその方が楽よね?」
「ぁ……はい」
「アハハ、やっぱり声ちっちゃいね!」
注文を取って、逃げるように厨房へ向かった。
おかっぱちゃんにガキ。やっぱり大学生から見ればわたしは子供にしか見えないのだろう。
発育の悪い体を見下ろし、ネガティブになると嫌な事を思い出してしまう。
美人でスタイルの良い小深の隣には、高身長で大和なでしこの様な汐ノ宮千早の方がよっぽどお似合いなんじゃないかと。
ハッとし、頭を力一杯振って、違うと言い聞かせる。
こんな気持ちだから、あの人達に劣ってるなんて思考になってしまうんだ。そう気合いだ、気合い!
手渡された生ビールを持って、お姉さんのテーブルまで行くと、またお姉さんに捕まってしまう。
「お手伝い偉いね〜、ここの娘さん、いやお孫ちゃんかな?」
「いえ、その、アルバイト……です」
「ふーん、アルバイトぉ……えっ? アルバイト!?」
徐に立ち上がったお姉さんの勢いに、思わず一歩引き身構えてしまう。
情緒の激しい人はやっぱり苦手だ……。
「って事は、おかっぱちゃんって高校生なの? てっきり中学生かと」
やっぱり小さく見られていた。もしかして小深にもそう思われてるんじゃと心配になる。
「普通に考えて高校生でしょ。ここ居酒屋っすよ。流石に中学生働かせませんって」
「それもそっか……そっかー、じゃあうちの妹と同じなんだ」
「えっ!? 先輩、高校生の妹さんいるんすか!? 写真見せてくださいよ!」
そんなやり取りを耳にしながら、焼きあがった焼き鳥を取りに戻る。
気分転換の為にバイトに来たのに、全く気分が晴れない事に、鬱々としていく。
「ッベー! 惚れました! 妹さん紹介してください!」
「アハハ、お前、アタシの可愛い妹に手出したら、社会的にぶっ潰すかんねー?」
「じょ、冗談っすよ……」
会話が一区切りしたのを確認して、焼き鳥をテーブルに並べる。
「おまかせ六種です」
「おぉ、うまそー」
頭を下げ、厨房に戻ろうとすると、またもお姉さんに呼び止められてしまう。こういう時に断れないのがつらい。
「レモンサワー二つ追加で」
「かしこまりまし、た」
「それと、おかっぱちゃんの悩みをいただこうかな?」
そんな口説き文句みたいな言葉に、わたしは面食らってしまう。
「先輩、店員さんに絡みすぎじゃないっすか?」
「うっさい、黙って焼き鳥食っとけ」
雑にあしらわれた男性は、肩を落として大人しく焼き鳥を食べ始める。視線を戻すと、お姉さんは体ごと私へと向き直していた。
「お店に入ってから、心ここに在らずって感じがしたけど、相談なら聞くよ? これでもアタシ、先生目指してるかんね」
「ぇ……でも」
二回しか会ったことのない見知らぬお姉さんに、小深の事を相談して何か変わるのだろうか。
それよりも、小深の名前を出す事で、迷惑を掛けてしまうかもしれないと思うと、怖かった。
「いいじゃないの。私も楠希ちゃんの顔色悪いなって思ってたのよ」
「そうだそうだ、先生見習いに相談してみなって」
聞き耳を立てていた常連客からの野次が飛び、断りづらくなってしまった……。
「ほら、知らない相手だから言える事もあるでしょ? ここでの話はどこにも漏れないしね?」
「……それ、なら」
盛り上がった店内の雰囲気に、逃げれないと悟ったわたしは、名前をぼかしつつ、悩みをお姉さんへ語った。
「大切な、友達がいて……その友達からしたら、わたしは大勢いる友達の内の一人に過ぎなくて、友達にわたしを見てもらいたい。もっと仲良くなりたい、嫉妬して嫌われたくない。そんな悩みをなくすには、どうしたらいいですか……」
言葉にすると、胸がほんの僅かに軽くなった気がした。
何もない部屋で自問自答し続けて、結局ろくな答えしか出なかったこの悩みを前に、お姉さんは顔色一つ変えずに言い放った。
「簡単だよ! もっと仲良くなればいいじゃない」
「もっと、仲良く……」
その言葉に、わたしの視界が広がり、行き止まりだった筈の世界に、一筋の光が見えたがした。
お姉さんは、続けて人差し指を立て、天井に向ける。
「君がその友達の一番になれば、全てが解決する! 若いんだから恐れず突き進め、友達のその先へ!」
「友達の、その先」
そっか。わたしは失念していた。
小深の恋人になりたい気持ちがどうしても捨てきれず、友達か恋人かでしか考えた事がなかった。
友達のその先、それは――
「お姉さん、ありがとうございます……!」
「おっ、蜘蛛の糸を掴めたようだね、周りの奴らを蹴落として、悪感情も好感情も全て乗り越えてこその関係ってのがあるから、頑張りなね!」
「それだと糸、切れるんじゃないっすか?」
店長の言っていた、救いの女神の意味を理解し、輝いて見えるお姉さんに深々と頭を下げた。わたしのやるべき事は定まった……!
「お二人さん、これは楠希ちゃんの悩みを解決してくれたサービスだ!」
「うおー! 先輩ナイスっす!」
不意に、レモンサワー二つと、大盛りの唐揚げを持った店長が、背後から現れた。
周りを見渡すと、常連さん達からの歓声が上がり、急に羞恥心が湧き上がってくる。
「次はアタシの妹も連れてくるわね! それでは、かんぱーい!」
更に活気を見せる店内、酒のつまみになってしまったわたしは、恥ずかしさのあまり、ひとり厨房へと逃げ帰ってしまった。帰りたい、そんな気持ちを抱いたまま、わたしはバイトが終わるまで、給仕を続けるしかなかったのだった。
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