友達の次は
第21話
あの事件から驚くべき変化が三つあった。
一つ目は、一週間も経たずして、私の噂はデマだったと学校中に広まっていた事。
それもその筈、毎朝学校に来ると教室の机の上には、謝罪文で埋め尽くされた記事が置かれていたからだ。
それが何日も続けば嫌でも目に入るという訳で、自業自得とは言え、金剛がこれを毎朝全クラスに配っているかと思うと、朝の弱い私は少し気の毒にも感じてしまった。
二つ目は、千早曰く、私のファンクラブの人数が元に戻るどころか、増加傾向にあるとの事だった。
その弊害もあってか、今週は帰り道に学外の生徒から告白される事態に見舞われてしまった。
「実はファンクラブの規模を広げまして。
なんて事を言っていたのを思い出す。インカレって何? と質問する元気もなかったけれど、その理由は三つ目の変化が関係していた。
千早達と囲む和気あいあいとした昼食に、何を思ったのか、清水も加わる事になったのだ。
初めは清水の事を紹介できる場ができて、ラッキーくらいに考えていたけれど、私は清水がコミュ障だと言う事をすっかり忘れていた。
「ハンバーグにわさび醤油ってありえなくない?」
「うちは塩かな〜」
「醤油もないけど塩もない! 論外よ!」
「私はケチャップ派かな。千早もそうだよね」
「はい。えーっと、清水さんはハンバーグは何派ですか?」
「……特に」
「な、なるほど……」
あはは……。会話のオチが、ここ最近はずっと冷めきった愛想笑いになってしまっていた。
結華は早々に諦めたみたいだけど、小塩と千早は、甲斐甲斐しくも清水へ話を振ったりしてくれているのに、清水は私の隣にべったりとくっつき、まるで会話を聞いていなかった。
それだけならまだ、口数の少ない不思議ちゃんで通す事も出来たけれど、清水は不思議ちゃんではない。
「特にって事はないんじゃない? 清水の好み、私キニナルナ〜」
「え、えっと、これってやつはないけど、わたしも小深と同じケチャップ派が、いい」
「そっかー」
そう、私の質問にはしっかりと答えてくれる。そのせいで、千早の笑顔は固く見えるし、唯華に至っては物凄く何か言いたげな顔で私を見ていた。
みんな、清水が私の友達だからと、抑えてくれているのだと空気から伝わってくる。
「小深、どうしたの?」
冷や汗をかく私を心配して顔を覗き込む清水さんや、それだけ私に従順なら、察して空気を読んでほしいなー。
「清水、ちょーっと、こっちに来てくれるかな?」
これ以上放置すると、本当に不和を生みかねないと、清水を廊下まで招集する。
「清水、私が何を言いたいかわかるよね」
「……一緒に帰ろう?」
「違う」
「じゃあ、二人だけでお昼食べたい、とか?」
「違う……」
予想通り、やっぱり理解してくれていなかった。
「私言ったよね? 一緒にお昼食べるなら仲良くしてねって」
そう、清水をこうして廊下まで呼んだのは実は二回目でもあった。
一度目は週明け、清水が一緒にご飯を食べたいと言うので、話題の中心でもあった清水から、話を聞きたかったであろう千早達は、快く清水を受け入れてくれた。
しかし、私としか会話をしようとしない清水の態度に空気は重くなり、仕方なく注意したんだけれど……。
「会話は、してると思う、けど」
以前はガン無視だったから、それに比べると幾分か進歩してるけど、私が言いたいのはそうではなかった。
「返事をするだけマシになったけどさ、私は会話のキャッチボールをしてほしいの。清水もちょっと空気悪いなーって思うでしょ?」
「空気……?」
なにそれ? と言いたげな清水に、言葉を失ってしまう。
「ちょっと考えさせてね……」
そう、清水は素でこんな人間なのだ。
私と二人で話してる時は、もう少し頭を使って会話をしてる感じはあるけど、気の抜けた清水はあまり物事に関心を示していないようにも感じる。
一匹狼を貫くならそれを悪いとは言わないけれど、集団行動において輪を乱す行為は、決して許されるものではない。
このままだと清水を排斥する流れになりかねない。それは私としても本意ではなく、出来る事なら仲良くしてほしい。
「清水の趣味って何かある?」
「趣味……人間関係?」
女子高生の趣味が人間関係とは如何なものだろう。その観察対象が、誰かを簡単に予想できてしまう自分が嫌になる。
「例えば観察ってどんな事するの?」
「授業中、眠そうな横顔を眺めたり、リズム良く歩く後ろ姿を追ったり、告白されて、断った後に面倒くさそうに――」
「はいはい。もう分かったから、ストップ」
やっぱり私の事だった。というか、告白の事は清水に言うと面倒な事になりそうだったから黙ってた筈なのに何で知ってるんだろう。おかしいな……。
「まぁそれは置いておくとして、ほら会話できたでしょ? これを千早達にも同じ様にしてくれたらいいんだよ」
何も難しい事はないよ。そう伝えると清水は、少し不服そうに顔を俯かせた。
「わたしの友達は……小深、だけ」
いや、友達じゃなかったら会話しないのか! とツッコミたい欲求に駆られてしまう。
それに、この反応からして、愛想のない返事は意図してやっているのだと確信した。だとすれば、まだ手の打ちようはある。
「清水とは友達だけど、千早に小塩や唯華も私の友達なんだし、みんなで仲良くしてくれると私は嬉しいんだけどな?」
手段は問わない。姿勢を低くして、上目遣いで媚びる様にお願いするポーズを決める。
「んんッ! はァ、ヴッ……」
会心の一撃と言わんばかりに、清水はよろけて後退っていく。
胸を抑えた清水は、暫くしてから呼吸を整え、頬を赤く染めながら私に言った。
「ご褒美が、あったら頑張れる、かも」
強欲と言うか図々しいと言うべきか。まさか清水が取引を持ちかけて来るとは考えていなかった。
だとしても、私の計画に支障はない。
「それは清水の頑張り次第かな」
「頑張る……!」
契約が成立した事で、パッと表情が明るくなった清水は、胸の前で両手を握り気合を入れる。
では、清水の頑張りを直に見せてもらおうではないか。
「いや〜お待たせ」
何事も無かった様に教室に戻ると、私達が席を外している間に、なにやら別の話題で盛り上がっているようだった。
「うちは絶対、ぜ〜ったいココナツチョコレートとハニーチェロ!」
「残念な事にそれ不人気メニューなのよねー」
「そ、そんな事ないもん……! どうして唯華ちゃんは不人気だって言い切れるの!?」
「フッフッフ、それが世間の評価だからよ」
「答えになってないよ〜」
わーんと小塩は千早に泣きつき、何事かと目で訴えると、千早は事のあらましを説明してくれる。
「二人が席を外してすぐに、どのドーナツが一番好きかという話になったのですが……」
話しているうちに、好きから人気の物へと話が逸れていったとの事だった。
「汐ちゃんはココナツチョコレートとハニーチェロ、美味しいと思うよね!?」
「私は……どちらかと言えばゴールデンチョコレートとポンデショコラが好きで」
「うわぁーーん!」
助けを求めた相手が敵だと分かると、次は私に向かって小塩は泣きついてくる。
ヨシヨシと慰めると、清水の立っている場所からヒュッという怪奇音が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だろう。
「小深ちゃんは、うちの味方だよね?」
今にも泣きそうな顔の小塩に、私は慈愛に満ちた表情を向ける。
「小深ちゃん……!」
「私も千早と同じかな」
「なッ……!!」
珍しく感情を出す小塩が面白くて少しからかってしまった。
味方が完全にいなくなった小塩が次に目を付けたのは、最後の一人となった清水だった。
「清水ちゃんは……どうかなッ!?」
小塩の鬼気迫る勢いに、清水が助けを求めるように私に視線を向ける。
面白いので助ける事はしないが、ただ「ごほうび」と口パクで伝え、先程の気合を見せてもらう事にした。
「……えと、わたしはどっちも美味しいと思う?」
なぜ疑問形なのだと問う前に、小塩の声量に私の声は掻き消されてしまう。
「キャーッ! 清水ちゃん理解ってる〜!」
「や、やめッ……むぐ」
嬉々としてはしゃぐ小塩の胸に、清水の顔が埋もれてしまっていた。
二人は放っておくとして、唯華にも一応聞いておくことにした。
「それで、唯華的にはどうなの?」
「あたし? それは勿論、ドーナツポップよ! 大人から子供まで人気があって、色んな種類を楽しめて良いでしょ?」
「あぁ、だからあの時も強制的にドーナツポップだったんだ」
「ま、そういう事」
実際、ドーナツポップは人気みたいだし、名前の挙がったドーナツの中だと、一番でもいいんじゃないだろうか。
しかし、待ったと言わんばかりに、千早の抗議の声が上がる。
「あの時、というのは、どの時でしょうか?」
普段よりもトーンの低い声に、唯華が「うげっ」と顔を顰めていた。
声の主である千早に視線を向けると、微笑みは絶やしていない筈なのに、目は一切笑っていない。
千早の悪い癖だと心の中で思う。
「唯華さん、抜け駆けはあれ程ダメだと言いましたよね?」
「抜け駆けって別に、ちょっと二人で遊んだだけじゃない……」
「それはファンクラブ会法第四条に反していると思いませんか?」
「それって告白する奴らにだけ適用されるやつじゃないの!?」
ファンクラブ云々はよく分からないけど、千早はああ見えて少し嫉妬深いところがある。
仲間外れにされるのが嫌みたいで、何か集まりがあると、必ずと言っていいほど千早の参加率は高かった。
嫉妬深さは清水と通ずる部分があるなぁと思っていると、千早による唯華への尋問は、唯華の降参という形で終わりを告げていた。
「わ、分かったわよ。認めるってば。あたしはルールを破って小深と二人で遊びました! これでいい?」
「下心がないので良いとしましょう」
「過保護が過ぎるわよ、この会長様は……」
面倒な奴に絡まれたと、ツインテールを撫でながら愚痴を吐露する唯華だったが、静かに私の横を通り過ぎて唯華の元へ向かう清水の姿を目にし、私は嫌な予感を覚えた。
清水が自分から動く時は、私にとってろくな事が起きない前兆なのだと理解していたからだ。
唯華も清水の存在に気が付いたのか、ツイテールをなびかせ、二人は対面する形で向き合った。
私から清水の顔が見えないけれど、唯華の険しい表現から察するに、私のお願いの効力はもう消えてしまっているのだと察してしまう。
「寺本唯華、そして汐ノ宮千早……」
清水は二人の名前を呼び、高らかに宣言した。
「わたしの敵ッ……!」
この一言が、金曜日最後のお昼休みを締める言葉となり、私が胃薬を買おうと決めた瞬間だった。
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