第7話 名無しのブラック・ドッグ
リズとライアンはアーニーとドクの話を聞き、目をほんのわずかに細めた。
エディは口に手を当てて考え込む一方、チナツはそっぽを向いている。
「……なるほどね。
貴方達とイホウンデーの出会いは故意ではない。
これでウィンストン家のクロが決まったわ」
リズがため息と共に傭兵団側の考えをまとめる。
「どういうことじゃ。
あれはまさか、人為的に作られたテュポーンなのか!?」
「そうよ。そしてアレが作られたのはおそらく、イホウンデーのためだわ」
リズが言葉と共に空中で印を作る。その瞬間、応接間にモニターが表示された。
ルーシーが説明を引き継ぐ。
『まずはこちらのモニターをご覧ください。
これはテュポーン発生地点の地図と、地中を簡略化したものです』
ルーシーの言葉に合わせて発生地点から上層区・下層区の街・テュポーンとの交戦ポイントを挟んだ現在地が表示される。
その隣には、テュポーン発生前の地中の様子を簡略化した図が浮かび上がった。
地図と簡略図は、そこが下層区、いや、ハルピュイアイでも恐らくもっとも古い墓地を指している。
簡略図の地表近くには地表に簡略化された墓標とそのほぼすぐ下に人骨のある地層、そしてその地中深くに、簡略化された黒い丸が表示され、『ARMCORE:BLACK DOG』と記載されていた。
『テュポーン発生地点はハルピュイアイに人間が入植した時期からある墓地です。
この墓地は現在、下層区民を中心に埋葬されていますが、上層区街が本格的に指導する前は上層区民に当たる者達も埋葬されていました』
ルーシーの解説に合わせて、簡略図がズームされる。
『このアームコアは、ハルピュイアイで初めて観測されたアームコアであり、まだアームヘッドの知識のない人々によって埋められたものだと言われています。
墓地の守護と死者の安寧を祈って埋められたようです』
「……。犬ってのは確か、シカや馬みたいな、生き物の一種だろう?
いやそもそも、どうしてアームコアに犬の名前が付けられているんだ」
アーニーの疑問にルーシーが答える。
『これは人間が大昔に行っていたらしい慣習なのですが。
墓地に初めて埋められた人間は、そこに魂が縛り付けられるのだとか。
そこで代わりに黒い犬を殺して埋めて、土地の守りとしたそうです。
……未発達な時代の人間が、いかにもやりそうな不可解かつ非効率的な行動です』
「そうかなー?
ちーはなんとなく分かるよ、初めに今まで仲間だった人を埋めちゃうと、その人の場所みたいに見えちゃうんじゃない?
……その人の思い出に引っ張られて、仲のいい人が死なないようにするために、人じゃないモノを埋めたんだよ。
生きてる人間に迷惑かけないために変わりのモノを使うって意味では、ちー達有機ガイノイドと一緒だね!ちーは生きてるけど」
「……ルーシー、続きを」
ルーシーとチナツの的外れの様な、それでいて核心を突くような微妙な会話に応接室の空気がなんとなく重たくなる。
その空気に耐えられないと言わんばかりにエディが眼鏡を外し、眉間を揉みながらルーシーに続きを促した。
『所謂犯行時刻などは現時点では不明ですが。
ウィンストン研究所の何者かが、このアームコアを何らかの手段でホーンに加工、無理矢理有機ナノマシンと融合させたようです』
ルーシーの解説に合わせて簡略図が今より少し前の時間の様子に変わり、同時に墓地のあった場所の画像を表示する。
どちらも地面が大きく抉れ、その中央にあったはずのアームコアが無くなっていた。
下層区の悲惨な状況に絶句しているアーニーとドクをそのままに、空色の空母は話を続ける。
『その際に、白骨化した死体を含めた墓地の遺体を吸収、異変を察知した一部下層民も吸収しながら前進、最終的にイホウンデーとプラネタリティによって撃破された、というのが全様です』
「やはりな。おかしいと思ったんだ。
しかし、アームコア、いや、加工したならアームホーンか。
でもどうやって地中にあるものを加工したんだ……?」
ライアンがボソボソと疑問を口にすると、リズが気だるげに首を向けた。
「……さあ?ハッキリしているのは、本来なら取り込めないはずのものを取り込み、化け物に変えるアームヘッドがあった、ということだわ」
リズはそのまま、ドクへゆっくりと顔を向ける。
「これはあの研究所やその関係者のウワサだけど。
なんでも、『全てをひとつにできるアームヘッド』がいるらしいわ。
それを使えば、惑星中にあるアームヘッドはおろか、生き物全てを取り込めると。
……ドクター、貴方何か知らない?」
リズの発言に、そこにいる全員がドクの方を見る。
「……すまんの。儂があの研究所にいたのは、ほんの少しの間じゃ。
馬型のアームヘッドの伝説は聞いたことはあるが、全てをひとつにできるなんてヤツの話は知らん。
たとえあったとしても、当時の儂なら馬鹿々々しいと思っただろう」
「どうしてー?
あむへって何でもアリじゃん。そんな子がいても、おかしくなくない?」
「チナツちゃんや。アームヘッドはな、『兵器』なんじゃよ。
こやつらは『戦う事』が、生きる目的なんじゃ。
全てがひとつになってしまった世界にいるのは、その生き物だけじゃ。
これはアームヘッドも例外ではない。一人きりでは、相対して戦えないじゃろう?」
「あ、なるほど。
ぜんぶひとつになるって、あむへのやりたい事とは真逆だね!」
「そうじゃ。だからそんなアームヘッドはあり得ない。
仮にいたとしても、そもそもどこにいた?
儂はアーニーの奴から連絡が来るちょっと前まで、下層区のあちこちで修理の依頼をこなしておった。
お前さんのルーシーが言うようにいつ誰が怪しい事をしとったとしても、アームヘッドの様なデカブツを見逃すなんて考えられん。
例えそうだったとしても、結構な騒ぎになっているはずじゃ」
「えっ、あーー、うーん、それじゃ誰かしら見てないとおかしいよね?
……あっ!地中からコードとかアームとかを伸ばしてー、ちょっとずつ改造してた!とか!」
チナツの発言に、ライアンが少し呆れながら突っ込みを入れる。
「やるとしたらウィンストン研究所からか。
かなりの距離になる。地中深くを潜りながらでもそんな作業したら、十中八九バレると思うぞ。
ウィンストン研究所は上層区の奥にあるから、下層区だけじゃなく上層区の人間も不審に思う人もいるはずだ」
「うーーん、だめかぁ」
てへぺろ☆と言わんばかりのチナツの態度に、アーニーが呆れたような視線を送る。
「可能性があるとすれば、もっと前に掘り出してホーンの状態に戻して埋めたか。
確か、あの墓地の端は昔起きたロケット墜落事件の現場だよな。
怪しいとすれば、あの時じゃないか?」
エディがライアンに気遣うような視線を送りつつ、自分の意見を言う。
それにライアンは金の目を少し細めるだけで返す。
甘さを感じる顔に、凶暴な光が灯る。
その視線を剣呑に思った瞬間、アーニーの額に痛みが走った。
—————さっきから頭が痛い。
—————『ウィンストン』という単語を聞くたび、腹の底が落ち着かない。
思わず眉根を寄せると、チナツが心配そうな視線を送る。
アーニーはそれを無視してリズに話を促すように首を向けた。
「どうやらあたし達、とんでもないヨタ話に付き合わされてるみたいだけど。
でも、墓地のあった場所が大きく抉れて無くなっている事や、ルーシーのアナライズによると、そうとしか言えないのよね」
『ハルピュイアイのアームヘッドは、全てウィンストン研究所によって管理されています。
この私ルーシーや、プラネタリティも例外ではありません。
—————アーノルド、貴方が目覚めさせたイホウンデーを除いて』
「そう。上層区の執行部や住人は、アームヘッドによって武力を持った人間が現状を転覆させるのを恐れている。
デラージ家は実質、そのお守り役ね。
武力とアームヘッドに選ばれがちな『傾向』により、万が一アームヘッドを用いた転覆が起きてもデラージ家の人間が対応することになっている。
上層区の人間がいつまでもバカやってられるのは、半分はデラージ家の存在によるものよ」
「もっと言うとだ。
上層部の人間でも執行部かデラージ家の認可が下りていない状態でのアームヘッド所有は処刑対象となる。
イホウンデーはどこにいたかもわからないような奴だ。
選ばれた奴は確実に処分対象になる。
だからばーちゃんと話して俺達が馬型のアームヘッドを確保した時は、仮認証を与えてられるようにしていたんだ。内密だがな。」
「……お前さん達が儂らを襲った理由はよく分かった。
襲った後、何らかの形で保護しようとしてくれていたことも。
しかし分からん」
悲壮さすら漂う表情を浮かべ、唸る様にドクが呟く。
「これまでの話をつなげると、あの巨大テュポーンは、アーニーとイホウンデーの処分のために作られ、下層区を襲ったことになる。
なぜお上層区軍やお前さんらが確保することが決まっているモノに、なぜあのバケモンをぶつける必要がある?
そもそも、あのイホウンデーとはどういうアームヘッドなんじゃ」
ドクの問いに眉間に皺を寄せたまま、エディが答える。
「……おそらく、アーノルドの処分は『ついで』だろう。
目的はおそらくイホウンデーだ。しかし、その目的が分からない。
倒すだけ、または回収のためなら俺達で総攻撃を仕掛ければいい。
倒せばアームコアに戻るんだからな。それを持ち帰れば、終わりだ。
……わざわざ、人の命や尊厳を犠牲にしてまで、あの化け物をけしかける理由が分からないんだ」
「たぶんさ、イホウンデーがなんかあるっぽいんだけど。
ちー達もダーリンのばぁば達も、あの子の事何にも知らないんだよね……」
「今までのウィンストン研究所の動向は、クロに近いグレーだった。
それこそ、デラージ家が上層区民のお守りをしつつ、睨みを聞かせるくらいには。
今まで尻尾を見せていなかったが、それがお前達の登場であいつらが動いた。
完全なクロに変わったんだ、アーニー」
ライアンが必死とも言える表情でアーニーを見つめながら、伝える。
「傭兵団アールのリーダーとして、デラージ家の末席として頼む。
ウィンストン研究所の惑星反逆罪疑いの捜査に協力してくれ」
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