第6話 ルーシーはダイアモンドと共に空の中
『やはり、おかしいな』
空を見上げていたライアンが、ぼそりと呟く。
危機は去ったというのに、その声はどこか深刻な響きがあった。
『……何がおかしいんだ、いや、このデカブツもイホウンデーも、おかしいといえばおかしいが…』
『お前のアームヘッドは確かに不思議だが、おかしくはないさ。
というより、生き物におかしいもクソもないだろ。
しいて言うなら、こんな辺境の星まで勢力権を伸ばした挙句、こんな化け物を生み出した俺達の方がヤバくないか?
……おかしいといったのは、テュポーンのことだ』
プラネタリティが、ライアンの懸念を感じ取ったように足元を見る。
イホウンデーも、それに従う。
『テュポーンはな、実は有機ナノマシンの仕組み上、元々そんなに大きくならない。
なったとしても、動かないんだ。植物を模して作られたものだから。
アームヘッドもたいがいデタラメなものだが、例えば俺のプラネタリティはお前のイホウンデーのように四足歩行はしないだろ?』
『まあ、そうだな。やろうとすれば出来そうだが……』
『やらそうとしたら恐らく俺、ポップコーンみたく操縦席から吹っ飛ばされるぞ。
そうじゃなくてな、構造的に無理だろってこと。
元々有機ナノマシンは、ある植物を基にして作られたらしい。
だからテュポーンの多くはトロい奴が多いんだ。こいつみたいな動きはできない』
『人間を食ったんだから、人間の動きをマネできるんじゃないか?
……こいつが、下層区の人間を大量に食っているとしたら…』
『それが、大量に食うと別のバグを起こして止まって自壊する。
所謂ハングアップの状態らしい。
それが、こいつは……』
『つまり、何が言いたいんだ』
『こいつ、人間以外のものを食っている可能性がある。
……アームヘッドを。そうでなくても、コアかフレームかなんかを食べているかもしれない』
衝撃の事実にアーニーが口を開こうとしたとき、拡声器から通したような甲高い声が響いた。
『ダーーリーーーン!!
だぁーーいじょぉーーぶぅうううううーーーーー!?
いぃぃぃーーーきぃてぇーーるぅぅぅーーーーーーーー!!??』
キーーーンとハウリング音と共に響いた少女の声に、プラネタリティは飛び上がり、声のした方に飛んでいく。
アーニーとイホウンデーがそれにつられて顔を上げると、目の前にありえない光景が広がっていた。
アーニーの知識が正しければ、それは『船』と呼ばれていたはずだ。
青空にそのまま溶けてしまいそうな、明るい空色の鋼鉄製の船。
その船首には大理石のような色と質感の、目を閉じた有角の女神像が飾られていた。
有角の女神像に支えられるように、藍色の槍がまっすぐに伸びている。
そして、何より、巨大だった。
その巨大な船は、プラネタリティの制止を振り切って大型テュポーンの死体に体当たりする。
テュポーンの体が砕け散って、空一杯に白い煌めきが舞った。
空色の船は、ダイアモンドのような輝きの中、いっそ誇らしいほど悠然と浮かんでいた。
近付いてきた船の看板で、ドクが身を乗り出すようにしてアーニーの名前を呼んでいた。
◆◇◆◇
「いやー、ごーめんねー。
まさか死んでるなんて思わなくってー。
ダーリンのピンチだと思って、ルーシーと一緒に飛び込んじった!!」
巨大な空色の『船』———空母型アームヘッド・ルーシーの搭乗者、チナツ・アナトミカル・ヘイズは、まったく悪気のない笑顔でアーニーとライアンに謝罪した。
明るい金髪と青とも緑ともつかない不思議な色をした瞳が、彼女に合わせて動く。
「……ドク。
下層区はさっきのテュポーンに食われたんじゃないのか?」
チナツを一目見て相手にしたくないと感じたアーニーは、自分が出撃したあとの話を養父に聞く。
「お前が出て行ってすぐ、遠くからあのバケモンが出てきたのは見た。
しかし食われたのは、儂らの住む地区じゃあない。
もっと東の、古くからあるエリアだ」
下層区といっても、その範囲は広い。
ドクやアーニーがいた地区は貧困層が住む、ある意味『一般人』が多い地区である。
東エリアは主に、貧困層に仕事を配分し、時には上層区とやり取りをするいわゆるヤクザが住んでいる。
あの土地に住む者の多くは、下層区が生まれた頃から住んでいる者ばかりだ。
「あのバケモンは儂らの住む地域を素通りして、お前さんらのいる場所までまっすぐ突っ込んでいった」
現在は貧困層が住むエリアの方が広がりを見せているため、それを素通りしたということは犠牲になった下層区民は思ったよりも少ないらしい。
しかし、先ほどのライアンの会話を思い出すと、別の疑問が浮かんでくる。
「ならあいつは、何を食ってあそこまで大きくなったんだ?」
「分からん。
下層区は素通りするテュポーンの臭いや姿にやられた奴が大半だ。
分かっていることもほとんど無い。
お互いに手当てしているところにこのルーシーが飛んできて、アールの連中による救護を行った。
その時ドックにあのチナツちゃんが来て、儂をお前の所に連れて行ってくれたんじゃ」
当のチナツはどんどん甲板の上を進んでいく。
甲板から中に入ると、そこはアームヘッドのドックになっているようだった。
入ってすぐに、二足歩行タイプのアームヘッドが目に入る。
鈍色に光る黒いフレームの上には、青いカメラアイが静かに光っていた。
洗練されたデザインは、上層軍の機動兵器にはないシンプルかつスタイリッシュなフォルムを作り上げている。
機能美を感じさせるデザインの盾は先端が鋭くなっており、打突兵器としての機能を有していることが分かる。
イホウンデーと比べれば渋さすら感じられる金属フレームに、巨大なサブマシンガンが映えていた。
無骨さすら感じさせるのにどこか高級感もあるフォルムは、アーニーが幼いときに映像で見た上層区のコンサート、そこで使われていた楽器を思い出させた。
「あーそれ?
なんかねー、『ザイダン』?ってところのあむへー。BAH-19?ってやつ」
BAH-19を眺めていたアーニーの傍に、いつの間にかチナツがいた。
自分を見て小さく肩を動かしたアーニーをよそに、チナツはどんどんしゃべりかける。
「この前営業さんが来てさー、もうすっごく、すっごく熱心にアピールされて—。
んで、ダーリンが買っちゃった。一番カッコいいやつ選んだんだって!
ちーとしてはもっとかわいいやつの方がいいんじゃないかなーって思ったんだけどねー」
「こらチナツ。
コイツ引いてんだろ。大人しくしろ」
アーニーにどんどん話しかけるチナツを、麦の穂色の髪をした青年が止めた。
プラネタリティの外部スピーカーから出てきたものと同じ声がする。
ライアンだ。
アーニーは改めて、自分を殺そうとし、また共闘した男を見た。
短く刈り込んだ麦の穂色の髪に、金色の目。
どこか甘く感じられる顔だが、右半分の顔が微妙に動かないために不敵な表情を作っている。
アームヘッド搭乗用のものであろう黒字に赤のラインが入ったパイロットスーツ越しの身体は、どこも無駄なく鍛えられていることが分かる。
—————普通の人間は、こういう男を魅力的というんだろうな。
アーニーはぼんやりとそんなことを思っていると、ドクが彼にお礼を言っていた。
ライアンは少し困った様子で、それを受ける。
そのままライアンとチナツは、ルーシー内にある応接間にアーニーとドクを案内していった。
「じゃーここね!
ちょっとちーたちも聞きたいことあるからさー、お茶の飲みながらお話しし……」
応接間の扉を開けながら元気よくふたりを案内するチナツの声が、途中で途切れる。
何かと思ってその小さな背から中を覗くと、来客用であろうソファ、その肘置きに男物のパンツが引っかかっていた。
肩を怒らせたチナツがライアンに振り込き、いかにもキレていますと言わんばかりの顔で怒鳴りはじめる。
「ダーリン!!ちー言ったよね?
脱いだパンツソファに置かないでって!!
もうこれで何度目だと思ってんのーー!!」
◆◇◆◇
ソファの上のパンツを片付け、改めて全員が席に着く。
なお、ソファの肘置きはチナツが除菌ウェットティッシュで入念に拭いた。
アーニーの頭一つ分ほど大きい背とチョコレート色の肌が特徴的な男性が、全員分のお茶を持ってくる。
お茶を全員に置き終わるとテーブルを挟んだ向かい側、ライアンの隣に座った。
アーニーの隣にはドクが、その反対側にはお茶を持ってきた男とライアン、その隣にチナツが座る。
ソファの後ろではワインレッドの髪をした女性が明後日の方向を向いて立っていた。
「まず、だ。
俺達の自己紹介をさせてくれ。
おれはエディソン・トネガワ。
傭兵団アールの構成員で、会計担当だ」
チョコレート色の肌の男がアーニーをまっすぐ見つめ、その後ドクの方へ視線を向ける。
大柄でたくましい体に少し似合わない、明るい翡翠色の目には誠実さが宿っていた。
—————やっと話の通じそうな人間が来たな。
なんとなくそう感じ、アーニーは軽く息を吐く。
「もう知っているかとは思うが……。
俺の隣にいるのが、この傭兵団アールのリーダー、ライアン・デラージ。
その隣にいるのが、この空母型アームヘッドの搭乗者、チナツ・アナトミカル・ヘイズだ」
「ダーリンのハビーでスイートでパンプキンパイでーす!!
よろしくね!」
チナツが、元気よく手を上げて自分とライアンの仲を表明する。
そこでアーニーは改めてライアンとチナツを見比べた。
ライアンは自分と同じ年ごろだろうか。少なくとも、20半ばだろう。
一方チナツは、どう見てもローティーンだ。
いや、もしかしたらまだ年齢が2桁行っているかも怪しいような幼さがある。
その視線に気がついたライアンは、こともなげにチナツの素性を話した。
「チナツは有機ガイノイドだ。
上層区民でも、特別な条件を有したものに『配給』される。
ガイノイドだからな、色々調節されているんだ。見た目は幼いけど、ちゃんと身分上は成人しているぞ」
「そうそう。
ちなみにちーは成長が遅いだけだから、ちょっとずつ背が伸びてるんだー!
そのうちリズみたいなグラマラス体型になっちゃったりして!」
「リズってのは、後ろにいるアイツだ」
ライアンが言葉と共にワインレッドの髪の女を指す。
女は猛禽類の様な金目をアーニーとドクに向けると、軽く手を振ってあいさつし、再び視線を宙に浮かした。
エディソンが少し気まずそうにメンバーを紹介する。
「済まない、彼女はその、なんというか、ちょっと変わった感性を持っているんだ。
名前はイベリス・クライという。リズは愛称だ。
うちでネゴシエーションやオペレーションを中心に働いているが、彼女もアームヘッド搭乗者だ」
「……随分変わったメンバーだの」
少し呆れたようにドクが呟く。
アーニーに至っては最早無言で半眼を向けるだけだった。
『おや。私は紹介してくれないのですね、エディ』
応接間に、どこか冷たい印象を受ける女性の声が響く。
「ルーシー!!
話してだいじょぶ?」
チナツが天井に向けて声をかけると、女性の声がそれに続いた。
『ええ、大丈夫ですよ、チナツ。
初めまして、下層区の皆様。
私は空母型アームヘッドHPI-AMH-006:ルーシーです。
どうぞよろしく』
「ルーシー、クールだけど怖くないからね。
いっつもこんな感じなんだー」
「アームヘッドは見かけたことはあるが……。
こんなに流暢にしゃべる奴はほとんど初めてじゃ」
『そのようですね。
私が観測している限り、人間側に立ってコミュニケーションしようとしている固体は、少なくともハルピュイアイにはほぼいません』
「……なら、なぜお前は俺達と会話しようとしているんだ」
アーニーがボソッと呟いた問いに、ルーシーは当然と言わんばかりに答えた。
『空母とは乗り物。乗り物は人を新天地に導き、ガイドするもの。
なら、優秀な乗り物ならより分かりやすいガイドを展開するものでしょう?
私はただの空母ではなく非常に優秀な空母のため、このように皆さんと円滑にコンタクトできるのです』
「ルーシーいっつもこうなのー」
ハルピュイアイ最高の実力を持つ傭兵団アールの個性に、アーニーとドクの脳はその処理を放棄していた。
◆◇◆◇
「……なんというか、うちの者達が済まない。
悪い奴ではないんだ、悪い奴では。
ただちょっと規格外な奴らばっかでな……」
「いや、気にしないでくれ。
俺達も何がどうなっているのかさっぱり分からんから、教えてくれると助かる」
頭痛をこらえるような仕草をしたエディを、アーニーがやんわりと労わるような仕草をしながら話を促す。
「……ありがとう。では、本題に入るとする。
まずだ。俺達があんた達を攻撃したのは、ウィンストン星立研究所の依頼だ」
「あそこが!?
どうしてあの研究所が下層区民を攻撃する!」
ドクがエディの話に立ち上がらんばかりになると、アーニーが慌ててドクをいさめて話の続きを促した。
エディは意外そうに眼を少し見開き、話を続ける。
「ディックといったか、あんたあの研究所を知っているのか?
いや、エンジニアなら星立研究所は知っているか……。
まあ、とにかく俺達が依頼を受けたのはそうだ。
というのも、少し変則的な形で受けているものではあるが」
「どういうことだ?」
今度はアーニーが顔をエディに向ける。
「アーニーだったか。
あんたが乗ってきたアームヘッド、イホウンデーが起動したとき、上層軍が敗走したら自動でアールがそのあとを追撃するようになっていたんだ。
ウチもそんないつ発生するか分からない依頼なんて受けたくはなかったんだがな……。
どうも、上層軍としてもアレは把握しておきたいモノらしい」
「イホウンデーはそんなに危ないものなのか?」
アーニーの問いに、ライアンが答える。
「分からん。
ただばーちゃんが言うことには『馬の形をしたモノは争いをもたらす』らしい。
ばーちゃんもそんなこと鵜呑みにしている訳じゃないけどな。
まあ、そうなったら俺ら全員繁忙期に入るから、把握しておきたいんだろ」
「ダーリンのばぁば、いつもお家に来る人のためにケーキ焼いてるもんね。
ケーキなんて焼くの大変だし、毎年焼く分は把握しておきたいんじゃない?」
「……上層軍最高顧問がイホウンデーについて知りたいのは、ケーキのためだとは思わないがの…。
しかしそれなら、あの巨大テュポーンは何なんじゃ。
話の感じからするに、お前さんたちもあれは予想外の出来事だったんじゃろう?」
「あれに駆け付けたのは貴方達を追っていたから。
でもリーダーのおばあ様が言うには、ウィンストン家が関係しているみたい。
貴方達の話を聞かせてくれる?」
いつの間にかアーニーの隣、肘置きに腰かけてきたリズが気怠げに告げる。
猛禽類の様な目に圧巻されながら、アーニーとドクは自分たちの経緯を改めて傭兵団に話し始めた。
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