第5話 She's my priestess I'm your priest

プラネタリティがテュポーンに躍りかかる。

最大限に噴かせた渾身のナックルパンチが、肉色の背面に突き刺さる。


『テュポーンを狙うときは顔を狙え。少しの間だが、動きが止まる』


外部スピーカーからライアンが冷静な声で戦い方を伝える。

しかしアーニーはそれどころではなかった。


イホウンデーのコクピットの中は、色とりどりのセロファンがアーニーを動かそうと必死に絡みついていたのだ。

まるで初めて会ったときのようにアーニーの手足を動かして、どうにかテュポーンとの闘いに挑もうとしている。

足はまだ、直っていない。そもそも、プラネタリティの交戦した時点でも完全回復ではなかったのだ。今動いても足手まといにしかならない。


ライアンもさすがにアーニーを気遣う余裕はないのだろう。

アドバイスしたあとはひたすらナックルを肉色のムカデにぶち込んでいる。


しかし、特にダメージは与えられていない。

嘆く顔の周囲に漏れ出る黄色い油、おそらく人の脂肪細胞を模した部分が、パンチの勢いを殺していた。

多少滑って勢いが消えても、ダメージ自体は与えられてはいる。しかし、決定打ではない。


埒が明かない状況にしびれを切らしたライアンは、プラネタリティを戦闘機型に変えて空から爆撃した。慟哭する顔めがけてミサイルが落ちる。


流石にミサイルの勢いは消せなかったのか、嘆きの顔のあった部分がえぐれたように凹む。勝機を見つけたライアンは、次々にミサイルを肉色のムカデの背面めがけて落とし続けた。


ヒュゥルゥルルルル……ドーン!!ドーン!!ドーン!!


このまま戦ってもジリ貧だろう。人型よりも大きい戦闘機モードでも、優にその10倍はある大型のムカデに勝つことは不可能だ。


そしてそれは、アーニーとイホウンデーが参戦しても変わらない。


何より、プロの傭兵であるライアンとは違い、アーニーはついさっきまでジャンクあさりをして平和に暮らしていただけの下層民だ。


人の殴り方は知っていても、戦い方までは知らない。完全体だったとしても、足手まといであることに変わりはなかっただろう。


—————逃げても、いいんじゃないか?


下層区民なら、失敗した仲間を見捨てたり逆に見捨てられたりなんて、誰だって経験している。必死に真心を込めて付き合った相手に捨てられるなんて日常茶飯事だ。それがたとえ、血のつながった親子だとしても。


ましてライアンは自分を殺しに来た上層区民だ。憎さのあまり見捨てたって何の問題もない。

対する自分は下層区民だ。生きるために他人を踏み台にしても、無力なんだから仕方ない。


それなのに。逃げるのが一番正しい選択のはずなのに。


—————どうして俺は、んだ!!


そう。アーニーは耐えていた。

衝動に任せてペダルを踏み込まないように。

猛りに押されてレバーを押し込まないように。


イホウンデーと出会ったドックでカニ型兵器と交戦したときと同じのように、アーニーは歯を食いしばる。目を剥くようにかっ開き、目の前の獲物をにらみつける。三月の春空に、凶悪な視線が灯る。


今やナノマシンのバグはミサイルの爆撃による痛みに金切り声の様な悲鳴を上げていた。

重低音の嘆きと、駄々をこねる子供の様な金切り声が同時に響く。

流石にこの不快音に耐えられなくなったのか、プラネタリティの命中精度が低下する。


生き物の成り損ないが生み出す不愉快極まりない音をイホウンデーの繊細なアーマーが受け止め、グラスハープのような音を立てながらひび割れる。

その感覚を、アーニーの優れた触感が捉える。

同調により超常の力を得た脳が、人間の言葉を知ったホーンが、不快極まりない音に込められたメッセージを翻訳する。


『助けて!助けて!助けて!!』

『俺はただ欲望に従っただけなのに。どうしてみんな俺を嫌うんだ』

『私は悪くない!!全部周りの奴が悪いのよ!!』

『あんな事したくなかった、あいつさえいなければよかったのに』

『私を受け入れて!私は何もしないけど、そんな私を笑顔で迎えて!!』

『どうしてこんなにかわいそうな俺を、誰も助けてくれないんだ!!』

『見て見て見て見て。何にもしないけど、できないけど、僕を世界で一番称賛して!!』

『あたしが一番!お前らは何してもどうやってもぜーんぶあたしの下!』


『『『『助けて!楽しいことだけしていたいの!!!!

だれか代わりに、面倒なこともつまらないことも、全部やって!!』』』』


臆病者の無念が、意気地なしの悲鳴が、ひとりと1機の魂を揺さぶる。


—————どいつも、こいつも、ふざけてやがる!!

—————テメエの始末もつけられねぇのか!!


—————どうしてにげるの?たたかうしかないのに

—————おのれのよくをすてたいのちに、なんのいみがあるの?


アーニーの怒りを、イホウンデーが吸い上げる。

イホウンデーの意思が、アーニーの魂を導く。


ひとりと1機の魂が、本当の意味で重なり合う。

絶望の崖ギリギリに踏み込む勇気を生み出す。


「そうか。

お前、戦いたかったんだな。

自分が砕けても、削れても、お前は戦いたかったんだ。

それがお前で、お前のか」

『あなたはずっとおこっていたのね。

じぶんをきゅうくつにおしこめるせかいがゆるせなかったんだわ

それがあなたで、あなたのいしね』


今、身勝手な金切り声の中、轟音の祝福が鳴り響く。

世界の中心が、示される。


「俺に道を教えてくれ、イホウンデー。

明日の無い俺が自由になれる道を」


アーニーが祈りを捧げる修道士のように、静かに呟く。

イホウンデーは、それに応えるように『駆けた』


全身がオパールめいた棘で覆われていく。走れば走るほど覚醒壁は彼女を傷付ける。

より棘が増え、棘が重なり、ガラス細工のように伸びていく。


そのまま巨大テュポーンのハサミ付きの口の前に躍り出ると、勢いのままに跳躍した。

肉色のロープの先頭、ひと際大きい嘆きの顔に、前足を突き出して抱きしめるように絡みつく。


オオオオオオオーーーーーー!!!!

オ゛オ゛オ゛―――――――!!!!


テュポーンが、身勝手な魂の塊が、顔をガラスの棘まみれにされてより強く嘆く。

こんな目に遭ってもこいつらは嘆くしかできない。食べるしかできない。

その無様な様子にアーニーの怒りが強まる。イホウンデーの闘志が強まる。

それに合わせて、ガラスの触手もより深く、強く、出来損ないの肉に絡みついていく。


ガラスは、脂では防げない。

肉に挟まり折れれば折れるほど、その中で痛みを生み出す。

ガラスは肉を受け入れて成長し、また新たな棘となる。


やがてテュポーンの体から、虹色のガラスの角が慟哭する顔を突き破るように出てきた。

ミサイルを喰らっても嘆き続けた顔が、痙攣しながら静かになる。

それを皮切りに、肉色のロープから美しいオパールガラスが次々に飛び出してきた。


くそったれな生き物の出来損ないが、動きを止める。


成長する棘に合わせて足を再生させたイホウンデーが、一度テュポーンの肉から離れ、覚醒壁に足を近付ける。

少しずつ削られていく足が、いつかのように氷柱状に尖る。しかし今度は前足だけじゃない。後ろ足をも尖らせていく。


すべての足が完全に尖ったところで、イホウンデーは大きく跳躍した。

空中で一回転し、虹の軌道と回転を加えたまま落下する。

遊色の軌跡を描いたピルエットは、出来損ないの面を貫いた。


瞬間。巨大テュポーンの動きが止まる。

生々しい肉色の赤も、忌々しい黄色い脂も、イホウンデーの着地地点を中心に白色化していく。

それに合わせて、巨体を支えていた無数の赤子の手が崩れる。


どぅぅぅぅぅぅ………ん


全身が静かに白色化したあと、巨大テュポーンはそのまま機能を停止した。

イホウンデーとアーニーは、その上で静かに立っていた。


空には青空が広がっていた。

いつかのときのように不思議とリラックスした気持ちで、ひとりと1機はそれを見上げていた。

その傍に人型に戻ったプラネタリティがゆっくり近寄ってくる。


清々しい空をプラネタリティとライアンも静かに見上げる。

その端に、ダイアモンドの様な小さな煌めきが瞬いた。

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