第4話 GO!HERO!
ドックに開いた大穴から、真っ赤な機体がこちらを向いていた。
飴でも塗ったかのように艶々とした赤い塗装は、まるで上層区で乗り回されているスポーツカーを思い起こさせた。真っ赤な塗装に、真っ白いラインがアクセントのように入っている。
フレームの隙間からは真っ黒い機械がみっしり詰まっているのが見えた。
人でいうところの手に当たるパーツには、ギラギラと金色に輝くメリケンサックがついたナックルパーツがエンジン音のようなうなり声を上げている。
背中についているロケットランチャーであろう兵器も、すべてがドックの中に向いていた。
そして、角。
オートバイのヘルメットのような頭部に、メリケンサック同様ギラギラ輝く一本角が生えている。
アームヘッドだ。
「……上層部の新兵では歯が立たないから、傭兵を雇ったか」
ドクが観念したように呟く。
「傭兵?」
「プラネタリティ。上層部最強の傭兵団アールのリーダー、ライアン・デラージが乗りこなすアームヘッドだ」
『へえ。俺達、下層区でも有名なのか』
外部スピーカーから独り言のような言葉がこぼれると共に、ロケットランチャーからミサイルが発射される。
とっさに逃げようとするも、ガラスが割れるような音と輝きと共にすべてのミサイルが防がれる。
イホウンデーがアーニーとドクの前に横付けするように躍り出て、弾を庇ったのだ。
優美な背中がひび割れ、遊色のさかむけができる。
「アーニー、イホウンデーに乗れ!
アームヘッドはアームヘッドにしか倒せん!!」
『その通り。ヤろうぜ。面白そうだ』
アーニーが返事をするまでもなく、赤いセロファンがアーニーに伸びてコクピットに彼を収納した。
◆◇◆◇
ドクを守るため敷地外までイホウンデーで逃げる。
プラネタリティもただの老人を巻き込むつもりはないのか、そのままついてきた。
山に囲われたくぼ地にたどり着くと、そのままくぼ地に沿って思いっきり回り込み、プラネタリティに渾身の前足蹴りを食らわせる。
しかし、両腕のナックルに防がれ、逆に蹴りを入れられそうになる。
とっさにナックルを蹴って後退し、いつどちらから攻撃が来てもいいよう間合いを取った。
蹴りと走った衝撃で、直ったばかりのイホウンデーの前足に細かいヒビが入り、小さい棘が形成される。完全修復とはいかなかったらしい。
『やっぱり面白いな。4本足型と戦ったのは初めてだ』
アーニーは答えない。いや、応えられない。
強い。
アームヘッドはおろか、機動兵器すら動かしたことのないアーニーでも分かる。
ただ操作ができる・慣れているだけの動きではない。
さっきの動きは、対人戦ができる人間の動きだ。
————どうする?どうしたらいい?
————どんな手を使っても勝たなくてはならないことは分かっている
————でも俺は、イホウンデーのことを、きっとあいつのアームヘッドよりも知らない
頼るように、縋るようにレバーを握りこむ。
それに応えるようにじんわりと温かい感触が伝わってきた。
まるで「私を信じて」とでも言うように。
プラネタリティのロケットランチャーが、ドックに穴をあけた時のようにイホウンデーを捉える。
弾が発射されるが、今度は避けた。山肌に弾が当たって上から土砂が崩れ落ちてくる。
(ここ、もしかして捨て石山か!?)
捨て石山。
かつて鉱山があった場所にできる、掘り返した土砂が捨てられ、文字通り山のようになったものだ。
山脈のような立派な山ではないが、人間から見ると山のようであり、普通の山よりも崩れやすいため危険な場所である。
下層区民、特に山や谷底を上り下りすることの多いジャンクあさりならだれでも知っている知識だ。
————よし。
決意と共にレバーを握る手を『緩め』て、ペダルに意識を集中させる。
プラネタリティに向けて突進するように走る。
先程の前足蹴りを警戒してか、プラネタリティはナックルで受け止める体制を取った。
そのすぐ横を、すり抜ける。
まるで人間が驚いたような動きをするプラネタリティをよそに、そのスレスレを何度も行き来する。
『追いかけっこか?……つまらないな』
親の買い物に突き合わされた挙句放置された子供のようなつぶやきと共に、真っ赤なキャンディ塗装のアームヘッドがイホウンデーに向かって突撃してきた。
—————!来た!!
イホウンデーを完膚なきまでに砕こうというのか、ナックルのエンジン部分が最大級まで回っている音がする。その音が、熱がイホウンデーの覚醒壁を溶かし、ガラスの触手を形成する。
覚醒壁が突破されたコンマゼロ秒のタイミングで、アーニーは思いっきりペダルを前に踏み込んだ。
プラネタリティの腕が、人間の足でも簡単に崩れる土砂の山に、思いっきり突っ込む。
ごごごごぉぉぉぉぉ……!!!!
ドドドドドドドドドドっっっ!!!!!
地面が揺れたかのように思えた瞬間、プラネタリティが土砂に埋まる。イホウンデーは振り返らず、崩れかけている山の間を最大速度で走り抜けた。
◆◇◆◇
我武者羅に走って、走って、土砂崩れの振動を感じなくなったころ、やっとアーニーは後ろを振り返った。ここは捨て石山とは違う、天然の山だ。
谷間から、捨て石山のあった場所が見事に大地になっているのが見える。いくら最強の傭兵が操るアームヘッドといえど、大量の土砂に埋まってしまえば動けないだろう。
そこでやっと息を詰めながら走っていたことに気がつき、アーニーは息を吐いた。
ヒュゥルゥルルルル……
上から、どこか間抜けな、花火が上がるような音が聞こえてくる。
いや、違う。花火が近付いてくる音がする!
ドドドドドドドドォォォッォオ!!!!!!
音に気がついた瞬間、周囲が爆撃された。
イホウンデーの巨体ですら浮かび上がらせるほどの爆風と爆撃にパニックになりながら、ひとりと1機で何とか爆弾の雨から抜け出そうとする。
後ろの左足の膝から先、右足の付け根、前足左足の先。
今の爆撃で3本の足が砕けた。無茶をすれば歩けるが、もう走れない。
天を仰ぐと、真っ赤な艶々の戦闘機が浮かんでいた。
『面白い真似をするな。プラネタリティが変形タイプでなければ、さっきので死んでいた』
戦闘機から、ライアンの楽しそうな声が聞こえてきた。
プラネタリティ。
人型・車型、そして戦闘機型に変化する、可変型アームヘッド。
状況に応じて形を変え、戦闘を続行する戦闘狂。
それは上層軍を実質上支配しているデラージ家の末裔、ライアン・デラージが操ることで、その性能を最大限に発揮する。
『終わりだ』
戦闘機が空中で人型に変形し、ナックルのエンジンを噴かせながらイホウンデーに向かって落下してくる。
—————はずだった。
おぉおぉおぉぉぉ……ん
おおおおおーーーん……
おおーーーーーーー…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……
ハルピュイアイを絶えずふき抜ける暴風に混じって、慟哭めいた声がする。
嘆きはどんどん大きくなり、泣いている『誰か』の姿が見えるようになった。
例えるならそれは、無数の肉塊だろうか。
赤いザクロ石のような色合いが連なり、長いロープのような胴体を作っている。
フラフラと惑いながら進むような動きをしながら、真っ赤なロープが近付いてくる。しばらくすると、その全貌が見えてきた。同時に、コクピットでも防ぎきれないほどの悪臭が入り込む。
天を向いた部分には人の顔のようなものがあり、血の涙を流しながら慟哭していた。
嘆きの顔の周囲からは黄色い合成油のような、それでいて人の髪の毛のような臭いのするものを絶えずボタボタと垂らしている。
ロープが地面に触れる部分には無数の赤子のような手が生えており、それが絶えず高速で動くことで移動していた。
ロープ前面に、大きなハサミを横にしてつけたような口があり、土砂やその周辺にあった有機ナノマシンを見境なく吸い込んでいる。
悍ましい。
あまりにも冒涜的な怪物が、ハルピュイアイのすべてを喰らい尽くさんとしていた。
『テュポーン…!?
しかも、大型だと!?』
プラネタリティから焦ったような声が聞こえた。
悍ましい姿に凍り付いていたアーニーは、ライアンの声で我に返る。
同時にコンソールを操作して外部スピーカーを起動させた。
『おい、なんだテュポーンって』
『お前、下層区民なのに知らないのか?
有機ナノマシンのバグだよ。
人間の死体やそのなりかけを有機ナノマシンが吸収すると、機能の根管に異常をきたすのかあんな感じに暴走するんだ。アームヘッド以外のものを食べ尽くして、際限なく肥大化する。
俺達傭兵団が上層区に常駐している理由のひとつだよ』
『そんな、じゃあ下層区は……!』
『どうだろうな。
ただ、逃げ遅れたならひとたまりもないだろう。
21年前のロケット墜落事故よりもひどいことにはなりそうだ』
プラネタリティが、ナックルのエンジンを再度最大限まで吹かせて構えを取る。
『どちらにせよ、あいつに勝たないと俺達も食われるぞ。
俺が時間とダメージを稼ぐ。お前は自分の機体が動けるようになるまで大人しくしていろ。
回復したら加勢してくれ』
キャンディ塗装の真っ赤なヒーローが、おぞましい怪物に戦いを挑もうとしている。
皮肉にも、まるで映画の一幕のようだった。
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