第3話 報復はメンテナンスの後で
————これから、どうしようか。
落ち着くと人間は自然にこれからのことを考えられるようになる。それはアーノルドも例外ではなかった。
ジャンクあさりに使っている装備は、谷底に落ちるときにすべて無くしてしまった。この事実にまた目の前が真っ暗になりかけるが、瞼を閉じてもぼんやり光るイホウンデーのお陰で、もっと大きな問題(物理的にも)が転がっていることに気がつく。
とはいえ、下層民、それも今まで人付き合いを煩わしいと拒否していたアーノルドにできることはほとんどない。血まみれのズボンとシャツをあさり、連絡端末を探す。
「何かあったらまずこれを使え」とぶっきらぼうにそれを寄越した人物なら、この奇妙な機動兵器のことも分かるはずだ。一縷の望みをというにはあまりにも適当なソレにすがりながら、ズボンのポケットに入っていたそれを取り出す。
連絡端末は、壊れていた。
画面から端末の部品が飛び出し、明らかに起動しない、してもかえって危険な状態であることが分かった。
ガックリと肩を落としていると、銀色のセロファンがフヨフヨと端末にまとわりつく。
「……おもちゃじゃないぞ」
顔を上げてイホウンデーを咎めるが、セロファンの動きを止めない。
やがて故障個所とメモリが入っている部分にセロファンが触れると、ひゅっと端末を持ち上げてしまった。
「あっ、お、おい!」
慌てたアーノルドも別のコードで巻き取って、まとめてコクピットにしまい込む。
渋々コクピットに彼が座ると、端末を持っていたコードが、近くの適当な床にそれを投げ込んだ。
端末が、ちょうど粘度の高い水の中に沈むように、イホウンデーに取り込まれていく。
アーノルドがその様子を呆然としながら見守っていると、その近くにウィンドウが表示された。
「Dr. Eng. Dick
TEL:999-11478-2546
Mail:……………………」
「これ、端末情報か?」
恐る恐るアーノルドが電話番号の部分に触れると、画面に「Calling」の表示が点滅した。
しばらくして、小さい接続音とともに声が聞こえてくる
『うん?誰だ?』
「ドク!!俺だ、アーニーだ!
今いる位置情報を教えてくれ!!」
『アーニー!?お前、どうしたんじゃ。
いや、今は位置を探す方が先だな、少しそのまま待て………』
かくしてアーノルドは、遭難によって野垂れ死ぬ事態だけは免れたのだった。
◆◇◆◇
「しかし、とんでもないことになったな」
浅黒い肌にグレー交じりの白髪を頭の頂で縛った老人が、粉末飲料をお湯で溶かした物をアーニーに渡す。アーニーはそれを無言で受け取り、そのまま音を立てて啜った。
老人、下層区にあるほぼすべてのメカの修理と改造を引き受けている技術者であり、アーニーの育ての親であるディック博士——通称ドクは、アーニーの不躾な仕草も特に注意しないまま、話し続ける。
「まずだ。お前と一緒に来たコレは、『アームヘッド』という」
「アームヘッド……?」
ドクが厚い合成皮革のグローブに包まれた親指で、後ろのドックにつなげられたイホウンデーを指す。
そこではじめてアーニーはマグカップから顔を上げ、自分が乗りこなした機体を見上げた。
「そうだ。ハルピュイアイにある『遺跡』から掘り起こされた特殊な物質である『アームコア』から加工された『アームホーン』を、特殊な装甲とフレームでできた機体に接続することで動く、特殊な機械だ。上層軍が使っている機動兵器も、元はこれを模したものらしい」
「……上層軍が使っている機動兵器とはかなり違う形をしているが、これもアームヘッドの特徴か?」
「一般的には上層軍が使っているものと同じ形態がほとんどだな。ごくまれに違うものもあるというから、これはそうなんだろう。とはいえ、儂もシカの形をしたものは初めて見たが」
「シカ?」
「こやつ、イホウンデーの形をした『動物』だ。かつて、人間の故郷である地球という星にいた生き物で、食用としてだけでなく、毛皮や骨・角なんかも生活の中で使われていたらしい」
「有機ナノマシンみたいなものか?」
「違う。人間が生み出したのではなく、別の生き物として発生・進化したものだ」
「生き物って、勝手に生まれて増えるのか」
「そうだ。普通の生き物とは、勝手に生まれて増える。有機ナノマシンある意味もそうとはいえるが、人間から人工的に作られている。生き物は人の手を借りずに勝手に増えるからな。有機ナノマシンとは違うものだ」
「こいつも、イホウンデーもそうなのか?」
「どうだろうな。ただ、遺跡の多くは人間の居住区をそのまま大きくしたような形状をしているというから、もしかしたら生きていたのかもしれん」
「今こいつは、生きているのか?」
「さあな。意思表示はするのか、こやつ」
「……する。俺を無理やり自分に乗せて、最初に『生きてる』ってディスプレイに表示してきた」
「なら生きているのだろうよ。お前が生きていることを喜んだんだからな」
「そんなもんなのか……」
改めて、イホウンデーを見上げる。
アーニーの視線に気がついたのか、オレンジ色のセロファンの様なコードをシュルシュルと伸ばしてきた。その様子は、アーニーに病院で不安げに治療を受けている子どもを思い出させた。
「こらこら、まだ動いちゃいかん。お前さんの前足はまだ溶けたままなんだぞ」
その様子に気がついたドクが、後ろを向きグローブをはめた両手を突き出してイホウンデーの動きを制止しながら近寄っていく。アーニーもその後を追う。
イホウンデーの近くにアーニーが来るとオレンジ色のコードが、くす玉から出てきたテープのような、それにしてはゆっくりとした動きで、彼の肩や首に巻き付いた。顔がオレンジのコードまみれになる。
「……随分と気にいられたな。聞いていた話とはあまりにも違うから、正直拍子抜けしたわい」
「何の話だ?」
「儂がまだ若いころにな、ある噂話があったのよ。
『馬の形をしたアームヘッドは、災いをもたらす』とな。
馬というのは、こやつと同じく4つ足の動物で、さっき話した地球では家畜といって、機動兵器やナノマシンのように、人間に使われる動物だったらしい」
「?さっきのシカと一緒なら、勝手に生まれて勝手に育つんだろう?人間の言うことを聞くのか?だとしたら、どうして災いをもたらすんだ。有機ナノマシンみたいにそこら中に繁殖するのか?」
「人間にもいろんな奴がいる。生き物も同じということだな。
そして、馬はその中でも人の言うことをよく聞き、人より強く、そして速く走れることから、戦争の道具としても使われていたらしい。
そのためか、古代の地球では戦争の象徴だったそうだ。
……馬型のアームヘッドの話ではな、そいつがいるだけで争いが起き、多くの都市が滅んだといわれている。アームヘッド本体も荒々しく、すべてを壊して回ると」
アーニーは無言でイホウンデーを見上げる。
少し緊張した顔をイホウンデーに向けるが、当の本人はそんな主人の様子も気にせずにセロファンのリボンをその顔に巻き付けていた。
まるで子供が親にちょっかいをかけるような雰囲気すら感じる。
「だが、お前のイホウンデーには、そんな雰囲気は無いな……。
まるで幼子のようじゃないか。争いを求め、すべてを壊して回るようには見えん。
柔らかい色も相まって、デカブツのお前さんが乗っていると違和感があるくらいだ」
「悪かったな、デカブツで」
「悪いとは言っておらんよ。
この下層区じゃ体はデカくて丈夫な方がいい。
……少しは愛想よく振舞うくらいはした方がいいとは思うがね」
「面倒くさい。それに、今のままでも問題は無い」
「大ありだろうが。
この前もお前んちに入り込んだティーンエイジャーをボコボコにしただろう。
かわいそうに、女まで。あの顔じゃ娼婦にもなれないぞ」
「俺だってこんな事したくないんだ。
殴れば手が痛いし、騒ぎになる」
ドクは諦めたようにため息をつき、イホウンデーを見上げた。
「しかしこやつも不思議じゃの。
データや性能をチェックしたが、形状だけでなく基本機能まで異常だ」
「どういうことだ」
「まずだ。このガラス細工のような外見だが、アームヘッドのフレームは、テトラダイと呼ばれる特殊物質を用いて作られる『バイオニクルフレーム』によって生成される。
これは人間でいうところの筋肉や内臓に当たるため、アームヘッドごとにその生成が異なる。
しかしこやつのバイオニクルフレームは、複数のアームコアの情報が読み取れている」
「こいつには複数のコアがある、ということか?」
「いや、違う。例えるならつぎはぎ人形だ。
ほれ、数年前に頭のイカれた上層部の奴が、下層民の死体や死体寸前の奴を引き取って、つぎはぎ人形を作った事件があっただろう。あれと一緒だ。
普通なら、他人の体をなんの処置もなしにくっつければ、人間もアームヘッドもうまくいかない。しかしこやつは、それを可能にしている」
「化け物みたいだな」
「そうだ。化け物だ。
このガラスのようなフレームは、本来別のアームコアから作られたフレームが、何倍にも薄められたものだ。
このフレームの希釈と接着を果たしているのが、こやつ自身のバイオニクルフレームだ」
「どうなっているんだ、こいつ」
「分からん。ただ、伝説のアームヘッドとは異なるが、それと同じくらいイカれているのは確かだ。
アームヘッドは通常『アウェイニング・バリアー』と呼ばれる特殊な防御壁を持っている。
これは覚醒壁とも呼ばれ、通常の兵器では傷もつけられん。身を守るためのものだが、こやつの覚醒壁は、そうじゃない」
「何が違うんだ?」
「こやつの覚醒壁は、自分を傷付ける」
「は?」
「覚醒壁の柔軟性というか、融通が利かん。
本来なら体の動きに合わせて展開されるものが、体を覆うように動いているために、その外に出ようとすると、内側に向かって割れて、本体にダメージを与えるんじゃ。
覚醒壁を人間の肌に例えるなら、こやつの肌は猛毒で爛れたまま放置されているようなもの。
自分だけでなく、触れた周りのものさえ傷付ける。
……アーニー、お前、よくこやつに乗って生きてこれたな」
ドクの言葉を聞きながら、カニ型兵器と戦ったことを思い出す。
確かに飛び上がって相手に落ちるまでは、きちんと歩けていた。あの時の落下で足が氷柱状に尖ったのは、覚醒壁のせいだったのか。
「……こいつ、直るのか?」
「治るさ。まあ、あと30分程度といったところだな。
こやつ、身体は弱いが回復力はしっかりあるらしい。ほれ」
ドクが指差した先には、最初にあったころとほぼ変わらない状態の右足が見えた。
左足の方も、形状が不安定だが蹄ができている。
「それよりお前じゃ、アーニー。
遺伝子検査させろ」
「はあ?見ての通り、なんともないぞ」
「血まみれでいかにも大ケガしましたって人間がピンピンしていたらかえっておかしいだろうが!!
いいから腕見せろ、腕」
アーニーが渋々腕まくりすると、ドクは簡易検査キットを取り出した。そのままキットの先端を差し込む。
採取は難なく済み、ドクはキットをイホウンデーがいるドックの片隅にある分析機にかけた。
分析機がオートで稼働し、ドクの大型端末にその結果を映し出す。
そこには、アーニー本人のDNAに、イホウンデーのテトラダイ、つまり血液や遺伝子ともいうべき物質に非常に近い『何か』が含まれ、彼の体を補助・修復している事実が映し出された。
ドクがその事実に黙ったまま驚きながらも「やはりな」と呟く。
衝撃の事実を提示された本人は、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
「アームヘッドはな、乗り手を選ぶといわれているんだ。
そして、自分が選んだ相手に、同調の恩恵として超人的な力を与える。
お前の場合は、死にかけた体に対する回復力といったところか。いや、こやつが文字通り、身体を分け与えたという方が、正しいかもしれんな」
あまりの事実に返事もできないアーニーに、無数のセロファンが降り注ぐ。
まるでくす玉の中身を直でかぶったようになったアーニーを、ドクは呆れながら見守った。
◆◇◆◇
ドクに衝撃の事実を伝えられたアーニーは、ドック内のソファで呆けたように座り込んでいた。今や完全に直ったイホウンデーは、色とりどりのコードをアーニーに巻き付けて遊んでいる。
ドクはいつまでたっても放心したまま戻らない元養い子を呆れながら見守りつつ、イホウンデーから取られたデータを解析していた。
すると、ドックの天井からわずかに軋んだ音が聞こえてくる。
その瞬間、アーニーが座るソファの反対側、ジャンク品の山ができている部分が、壁ごと吹っ飛んだ。
穴の開いたドックから、ピカピカに輝く赤と、目に痛いゴールドが見える。
『————ここか?新兵どもを伸したアームヘッド乗りがいるってのは』
そこには、真っ赤なキャンディ塗装の人型アームヘッドが黄金のナックルを構えた態勢で立っていた。
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