公爵令息は死にたくない
「あぅ、きゃっ! きゃっ!」
僕は自分の目の前でクルクルと回るおもちゃを前にして興奮していた。
いや、中身は至って冷静なんだけど、身体はおもちゃに反応して興奮しているみたいな?
とにかく僕は信じられない状況にある。それは僕が赤ちゃんになっているということだ。
輪廻転生……俺は存在に転生したということだ。あまりにも突飛すぎて受け入れるのに三日くらいかかったけど。
今は産まれてから結構な日数が経っている。数えていないからあまり分からないけど。
どうやら今の僕は前世よりもかなり裕福で豪華なところに住んでいるらしい。黄金に輝くシャンデリアやレッドカーペット、広い廊下に、メイドや執事みたいな従者がたくさんいる。
貴族や王族の暮らしといっても過言ではない。かなり高貴な身分に転生したということでいいのだろうか?
だとしたら僕は心苦しい。何故なら、そういう生まれの人は失敗を許されず、厳しい教育を受けさせられるだろうから。
どうしても、前世の自分が頭をよぎる。前世の受験の失敗、両親の失望したような眼差しや言葉が頭から離れない。
捨てられたくない、失望されたくない、死にたくない。いっそ、僕に何の期待もしないでくれ、僕に何にも背負わさないでくれ。
そんな風に考えるけど、無駄だろう。だって、ここはどこからどう見ても高貴な身分の家だ。
裕福になればなるほど、それを継ぐ子供への期待は大きくなり、越えるべきハードルは高くなる。
再び同じ道を歩むのか。また期待を押し付けられ、失望され、捨てられるのか。そんな人生は、もうたくさんだ。
僕は全身に力を込める。今度こそ、自分の意志で生きたい。自分の人生を取り戻したい。
その瞬間だ。心臓が強く叩かれたみたいに激しい痛みを伴う。心臓からとてつもなく熱いものが溢れ出してくる……!!
「うえええええええええん!!」
痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
頭がパンクするほどの痛みの激流。心臓が熱い……!!
死という言葉が目の前にチラつく。
嫌だ、死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!!
「た、大変!! すぐに奥様をお呼びしなくちゃ……!!」
僕の泣き声に気がついたメイドが慌てて、部屋を飛び出す。誰かがやってくるのを待つ……? こんな全身が燃えるような痛みの中で?
そんなの待っていられない……!! どうにかしなくちゃ! なんとかして心臓の奥にあるものを抑え込まないと……!!
とにかく全身に力を入れる。
状況は何一つとして改善されない。それどころか、あまりの熱量に頭がくらくらしてきた。涙で視界がボヤけてくる。
「あ……あぅ」
助けを求めるように何かへと手を伸ばす。けれど身体は鉛のように重くて、指先一つ動かせやしない。
熱い。痛い。苦しい。全身が焼けるようだ。それだけが、僕の意識を支配している。
呼吸が浅くなって、思考がだんだんとゆっくりになる。全身から力が抜けて、何も考えたくなくなる。
呼吸が浅くなる。視界がぼやけていく。
意識が暗闇に落ちていく。ああ、僕はまた死ぬのか……。何もできずにまた死んでしまうのか。
いや、こんなの認められるものか!!
転生して早々に死ぬとか!! そんなの流石になしだ! あがけ! このまま目を瞑って楽になろうとか馬鹿なことを考えるな!!
全身が痛いということはまだ生きている証拠だ。生き残れる可能性は残っている。
暗闇という水に沈んでいく身体。僕は必死にもがいて、目を開けようとする。
もがいて、もがいて、もがいて。閉じていく目を必死に開けようとする。そんなことをしているとだ。
「ふぇ……いだ!?」
「は……ぐべっ!?」
僕の身体は落下して何かと衝突する。誰かの声が聞こえた気がしたが気のせいか……?
「お、おい。いきなりそれはないでしょ。さっさと離れて……お、重い」
いや気のせいじゃないなこれ。確かに声が聞こえる。それも僕の下から。どうやら僕は誰かを下敷きにしてしまったようだ。何が起きているのか分からないとはいえ、結構失礼なことをしてしまった。
そして声質から察するに下敷きになっているのは女の子だろう。実際、腕や脚に当たる肌の感覚は柔らかい女の子の身体そのものだ。
「ご、ごめんなさい!!!」
僕はすぐさま女の子から離れて深く土下座をする。その様子に彼女は少しばかり困惑しているようだった。
僕はちらりと彼女を見る。
彼女は赤紫色の髪を腰まで伸ばしており、煌々と輝く真紅の瞳が特徴的な少女だ。素朴な白いワンピースを着ているせいか、余計に彼女が可憐な美少女だと思ってしまう。
少女はごほんと一度咳ばらいをする。
「まあ良いさ。しかしふむふむ。なんというかこう、予想よりも……」
「よ、予想よりもなんですかね……?」
ジロジロとこちらを見つめてくる少女。彼女はニヤリと笑いこう告げる。
「予想よりも地味だね。もっと派手なのを期待していたよ転生者」
じ、地味って言われた……!? 確かにそんな自覚はあるけれどさあ!!
転生者……その言葉に僕は少し驚く。輪廻転生は仏教の概念だ。だから他の世界にいってもその概念があるかは分からない。
けれど、転生という概念が存在し、転生者という存在がいるのは少女の反応からして確かのようだ。
「き、君の名前は? 結構色々知っているみたいだけど」
「ふむ。人に名を聞く時はそちらが名乗るべきと思うが、君はまだ何も知らない子供だ。ここは多くを免じて自己紹介をしてあげよう。
私の名前はファヴニル。優しい優しい、この地の守り神さ」
「ファヴニル……もしかして本当の姿は竜だったり?」
「へえ、鋭いね。ククッ、気に入ったよ。退屈しのぎに色々教えてあげよう」
ふむふむ、名前でもしかしたらと思ったけどまさか本当に竜だったとは。うちの漫画とかアニメを見ると頭悪くなるから、見るなら神話とか童話みたいな歴史ある物にしなさい的な行き過ぎた教育が役に立つ日が来るとは思いもしなかった。
というか竜……。普段なら信じられないけど、もうこの際信じるしかないか。
ファヴニルはどこからともなく椅子を出現させる。高そうでお偉いさんが座ってそうな椅子だ。
彼女はそこに脚を組んで肘をついて、偉そうな態度でこう聞く。
「ふふっ。精々私を楽しませてくれよ転生者。さて、君に授業をしてあげようっ!」
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