空白の旋律

刻堂元記

単話 空白の旋律

 生まれたての時は、全てが無知で、遠い存在で。だから、何もかもが不安定で。譜面はまっしろとしか言えず。旋律の意味さえ僕は分からなかった。逆に分からないが、分かるに変わる。その変化が何となくでも嬉しくて。置き去りにしてた旋律をココロで再現するのが、幼き僕のいつもの遊びで。


 無邪気ながら、周りの音や声を自分で拾う。それが僕を創る全て、音の楽しみ方だった。それら音の連続は、僕を成長させるコトバになって。


 心音が奏でる、奇跡のリズムを身体で刻む。希望に満ち溢れた無限の彼方。そこに広がる旋律の数々に、僕は自然と空白を入れ続けてた。いつか叶う、たったひとつの終曲を迎える目的、そのために。


 子どもながら描いた、将来への序曲。夢に走り、着いた晴れ舞台。緊張高まる、時の中。無音の静けさ、その瞬間。悲しくも残酷な、夢の破れる音の後。


 声なき悲鳴がこだまして、世界に浸るほど泣き叫ぶ。どれだけ頑張っても空振りで。何もしなくても怒られた。居場所なんて無くて。あったはずのトコも、不快な旋律を発するノイズみたいな人で全部埋まってたから。やっぱり僕は孤独だなと。


 唐突に嗚咽するのに、その音が嫌で涙を流した葛藤の日々。なのに、僕は成長しても、大事な何かが止まったままで。消極的な自分という存在を、忘れたくて理想と重ね合わせた長い日々に、出来ればサヨナラしたかったのに。


 小さい頃から変わりたくても変われなかった、自分を偽る僕のために。本当は認めたくないけれど。何も感じられない時期があった。埋められない心の隙間があった。目を覆いたくなる酷い過去。でも――。


 あの日、あの夜。遠くから流れた音の潮流は、微かに、だけども断続的に僕の耳に聞こえてきた。多分、普通とは違う特別な内容だった。曲の始まりから続く、言い知れぬ興奮。数分間に渡るアップテンポな高揚のメロディー。そこに隠れた音の響きは、きっと鼓動を高らかに鳴らすだろう。だから僕はずっと、分かるはずもない空白の旋律を探してる。

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