第14話 美人谷。

21XX年、電気自家用車マイカーに自動運転走行が認められて百年が経っても運転免許制度は存在して、万が一の機械故障メカニカルトラブル時と交通法規を習得した免許保有者の同乗は必須である。

そして自動車各社はお互いの位置情報を共有する TーCーSトラフィックコントロールシステムで車同士の交通事故は皆無に成った。

真夏の最高気温が50度を超える温暖化の影響で自然界の動物、熊や野鳥の幾つかは絶縁したが植物は進化して今も生き延びている。

僕と松子さんを乗せた車は見晴らしの良い田園の風景を抜けて、それほど高くない山が両側から迫る地形に目的の温泉地が近いと感じる。


職務に追われて忘れかけている季節は七月の下旬、収穫前の青い稲穂の水田が広がり、それを見る僕は、

「この地区はあの美味しいお米で有名ですね?」

素人知識を自慢する心算は無いが世間話の様に話した。


「そうですね、残念ですが食用米でなく、これは全て酒米の山田小町です」

あ~そうだ、年間の平均気温上昇で食用米も酒米も何度か品種改良されて高気温に対応した銘柄に変わっていたと気付いた。


「そうでしたか」

僕の相槌に松子さんは、

「細かい事を言えば酒米と食用米の違いは粒の大きさと・・・面白くないので説明は止めておきます」


農業に関して素人の僕に解説されても理解と共感も出来ない、そんな車内の雰囲気を感じた松子さんに気を使わせてしまった。

広がる水田を抜けた先には何かの果樹らしき農園が見えてきて、僕が言うより先に、


「ここは葡萄と林檎です、九月から十月が収穫期ですので少し先ですね、この果樹もワインやシードルに加工されますね」

仕事上の健康管理から飲酒しない僕でも葡萄で作るワインを聞いた記憶は有るがシードルとは何物や、みたいな表情を松子さんへ見せたのか、


「ワインは葡萄の、シードルは林檎のお酒ですよ」

お酒には醸造酒と蒸留主酒が有ると温泉好きの教授に聞かされた程度の知識だけど、その違いは聞かされて無い。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥を思い出して、松子さんと二人きりの車内なら遠慮なく質問できるはず。

「あの、無知でスミマセン、日本酒とワインは同じ製法ですか?」


詳しい人から見れば相当な頓珍漢とんちんかんな質問だと思われるだろう。


「原料に酵母を入れてアルコール発酵させる醸造の原理は同じですよ、チェリーさんは興味が有りますか?」

松子さんの言葉から日本酒とワインも醸造酒だと察したが、それなら蒸留酒はどの様に造るのか、僕の疑問は続く。


「お酒の種類に蒸留酒も有りますね、その違いは何処ですか?」

知識の欠片も無い質問に松子さんは嫌な顔せずに、

「酵母で醗酵したアルコールを沸騰させて、その蒸気から純度の高いアルコール度数を製造したのがその名の『蒸留酒』です」


ケトルの湯気から水滴が出来る、あの原理と同じ事と知った僕は納得できた。

「そうですか、それじゃ葡萄の蒸留酒もワインと言うのですね」

至って真面目に訊いた心算の僕へ松子さんはアハハと笑いを溢して、


「葡萄の蒸留酒はブランデーやラム酒と言います、米の蒸留酒は米焼酎ですよ」

材料が同じでも製法が違うと名称も違うのか、これで一つ勉強に成った。


果樹園を抜けた先に現れた白く大きな建造物は採光の窓が無くどう見ても集合住宅ではない、多分収穫した果樹や酒米用の保存施設じゃないかと推測して、

「随分と大きな冷蔵施設ですね」

当たり前の事を言った心算の僕へ、


「そうですね、外観は倉庫みたいでも、あれは完全自動化された清酒工場です。酵母以外は無菌で室温湿度ともにAIで管理されて、瓶詰めからラベルを貼って発送準備まで人の手を必要としてません」

かなり昔に日本で世界首脳国会議のサミットが開催された時、昔ながらの杜氏が仕込む清酒とは異なる工場内生産の清酒が注目されて以来、機械に管理された清酒の製法が今はスタンダードらしい。


「なんせ下戸なんで、お酒には無知で済みません」

職務規定で個人情報を漏らしてはいけないはずが、狭い車内の空間で二人きりの状況に気持ちが緩んでいたのは否定出来ない。


清酒工場を見ながら先へ進むと同じ様な建物が現れて、

「あれはワイナリーですね」

僕が訊くより先に松子さんの説明に無言で頷き、視線を先に向けると道路の横に白い鳥居に気付いた。

「普通の赤い鳥居はお稲荷さんですよね?」

京都で千本鳥居の稲荷様は商売繁盛と知っているが白い鳥居は何故なにゆえか、

「そうですね、白い鳥居はこの地区の守り神で『白狐様びゃっこさま』です」

松子さんの言葉を不思議に感じた僕は、

「白狐って伝説の妖怪みたいな?」


「ここの白狐様は九尾を持ち千年以上前に海外から神の使いで着たと聞いています」

松子さんの説明では、この地に渡来した九尾の白狐様は美しい女性の姿で地区の男と結ばれて女児を産み、その末裔がこの土地『佐倉』の住人と伝えられている。らしい・・

日本昔話か伝説の様な物語ストーリーだが、運転席に座る松子さんの美しい姿から満更作り話で無さそうな気がする。

それが由縁か、下の里の民から山里の『佐倉』は美人谷と呼ばれている。



「さぁ着きましたよ、あそこが目的の温泉です」

両側を山に挟まれた谷を越えた先に広がる土地にタイムスリップした様な和風の木造建造物に、あれは国の文化財か老舗旅館と思わせる。


大きな構えの正面玄関に立つ和服の女性が軽くお辞儀して、

「ようこそ、おいで下さいました」

清楚で知的な女性を見て、噂の美人谷は嘘じゃないと納得した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る