第8話 一人だけの支援室。

これは僕個人の問題だが、高校を卒業して大学進学で地元を離れた。

ナントナクのイメージで理系を選び、三年次に『宇宙工学』の研究室に入った。

宇宙工学と言ってもロケット・エンジンを設計制作の王道でなく、人類が宇宙空間で生活できる放射線防御のマテリアル研究に従事したと言うのは大袈裟で、准教授の手伝いに混じった程度の卒論で学部を卒業できた。

もっと熱心に研究を続けたい同期の学生は世間から大学院と呼ばれる研究科に進学した。 

本音を言えば、これ以上は宇宙環境を学んでも専門職に付く心算も無く、人生が終るまで研究しても成果は望めないと諦め、安定を選んだ国家公務員試験を受けて今に至る。


そう、卒業式直前に故郷の母から文章メールで『次はいつ帰省する』の問いに本音は旅費が無いを『新人研修で帰れそうに無い』と返信して数日後、自己嫌悪からバイト代で母が好きそうな洋菓子の『ロール・クーヘン』を送った。

更に数日後、

「お菓子は美味しかったけど、宅配より大介が持参しなさい」

と僕のポイホに母の肉声で留守録されていた。

「母さん、ゴメン」と心で呟く。


東北四県に厚労省シングルマザー<子作り>支援課の施設は無く、とある県庁内の一室を借りて業務に充てていた。


保健部の関係か市民県民課の職員が頻繁に『お茶を煎れました、茶菓子は如何ですか?』と仮出張所を訪問される。

その度に省支援課と連絡用パソコンの画面を閉じるのは、勿論任務の内容を見られない為に、地元の県庁職員から見れば僕は国から出向してきたお客様状態で、無駄に気を使われる。


「お気遣い無く、僕は大丈夫ですから」

遠回しに来室をご遠慮下さいと告げた心算の僕へ、

「前任の方が着任早々に退職されまして、こちらに落ち度が無かったかと気を揉んでおります」

僕の前任者と言われても、同じ支援課の職員でもお互いの前歴を知らされて無いし、いったい何処の支援課から誰が赴任して直ぐに退職した理由を想像も出来ない。


その翌日、本省の管轄部から直接任務のメールが届き、某県庁所在地の駅前に建つ元観光ホテルへ時間指定された。


申請順にねぶた祭りと林檎で有名な地域で二日、次は花笠祭りと駄々茶豆の地区で二日間、三カ所目は冷麺と椀子蕎麦、小説の舞台となったイーハトーブで二日、締めくくりは支援室が置かれた切りタンポとナマハゲの土地で三日間の予定が組まれた。


一日一組、勿論だが土日は休日で、平日の午前中に職務を終えて午後は各地のグルメ観光を計画した。


出先の県庁でコンパクトタイプの公用車を借りて、最初は林檎とねぶたの街へ出発する。

大人4人が楽に乗ることが出来る電気自動車のエネルギーは二十一世紀に自動車メーカーのオンダが開発して、それが高性能コンパクト化で量産されたカセット式の蓄電池は車とバイク、軽飛行機ライトプレーン動力モーターに使用できるマルチな製品だ。


僕が借りたコンパクトカーならカセット一本で100km走行できる、そのカセットを4本装着した状態で400kmの航続距離に往路復路も安心できる。


嘗ては日本全体の温暖化で日中は外出する人が居なくなったが、少しづつ元に戻り始めた地方では散歩する地域の住人を目撃する事も珍しくない。


最初の任務地はサクラホテルの最上階、受胎希望者の女性へ、

「始めまして、支援課のチェリーです、これから本日の説明と同意を確認します」


意思の確認、排卵日チェック、依頼者のセルフかエージェントと交尾か、妊娠が確認された場合は医療機関の診断書を添付して成るべく早い申請を、などなど伝えて。


「私はノアです、今日はよろしくお願いします」

小柄な女性が名乗るノアは仮名で有り、逆に実名だと個人情報保護から面倒が起きる。

「ノアさん、初対面の僕に不安ならセルフをお勧めします、あえて年齢確認をしませんが該当から外れてませんよね」

安全に妊娠出産できる二十歳から四十歳まの女性を対象とした人口増加政策の基本的ルールも注意しておく。


ノアさんはモジモジしながら申しわけ無さそうに、

「チェリーさんは私がバージンじゃなくても大丈夫ですか?」

そこを気にするのか、何て性格の可愛い人なんだ、そうか細川課長が言っていた、

「東北は美人が多い、そして気立てもよく男性には理想の女性だと思わせるから」

の注意を思い出した。


「そこはお気遣い無く、ノアさんが望む方法ならハードでもスローでも」

全ては依頼者ファーストで行為を進めるのはエージェントの役割。


「あのう、性欲が強い女性って引きますよね?」

尚も恥らうノアさんへ、

「そんな事は有りません、ノアさんのような女性が多ければ日本の未来は明るいです」


「チェリーさん、それじゃ早速お願いします」

午前中に規定の二時間が過ぎてもノアさんは満足して無いようで、

「延長しますか?」

気遣った僕の問いに頬を赤らめて、

「お願いします」

と頷いた。


延長一時間、合計三時間の受胎行為で満足できたのか、身支度を整えたノアさんは、

「私を満足させる男性が居なくて、今日は有難うございました、もし身篭ってなかったら次は有りますか?」

そこは規則で決められて、

「僕とノアさんの相性で駄目だった場合は別のエージェントが派遣されます」

「チェリーさんの様な丈夫な男子が欲しいです、それでも無理なら残念です」


女性から申請の希望項目にイケメン優男やさおとこ系か、僕みたいな体力運動系をチェックできるからノアさんに選ばれたのだろう。


ホテルルームを退出して初めにお土産店に向かい、故郷の母へ煎餅汁と林檎パイを購入、配送手続きをした。


やっぱり帰省しない僕は後ろめたさを隠せない。

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