第3話 初の任務で初体験。

21世紀初頭から地球環境の変化が顕著になり、最初はエアコンに使用されたフロンガスの影響でオゾン層の破壊が見られ、北極と南極の氷が解け始めて地球上の海水面が上昇した。

各国で平均気温が上昇した二酸化炭素排出問題も、それに合わせるかの様に地球を取り巻く大気層に変化が起きた異常気象と、太陽から降り注ぐ人間や地上に住む生物全般に有害な紫外線も強くなった。

世界の首脳達は環境対策を議題に何度も会議を開き、百年掛けて開発の名目で環境破壊した地球を二百年掛けて再生する『アースリボーン・プロジェクト』計画を発表した。

小さな事からコツコツと、みたいな志の計画だが、日本の家電メーカーは空気清浄機のノウハウでオゾン発生器を量産し広範囲に設置した。

これは焼け石に水ほどの効果しか無いが、人類の環境意識には貢献した。


二百年再生計画の途中では、年間平均気温の上昇で日本でも夏の最高気温が60度を超えて、動物園の屋内で保護飼育される以外の山に住む熊や鹿、猿や猪など野生動物の殆どが絶滅した。

それは悪い事だけでなく、騒音フン公害で害鳥と言われていたカラス・ハト・ヒヨドリの鳥類は生息できる環境を求めて移動する渡り鳥以外も絶滅した。


主義主張だけの動物保護団体には一般国民から『国の予算を期待せず、自分たちで何とかしろ』と現存する人間重視の世論に沈黙した。


経済大国は上昇した海水面の対応策で海水を真水化して、それを利用する為に世界中の砂漠化した土壌へ台風や嵐などの強風にも耐えられる30mの支柱を何本も建て、それに紫外線を70%カット出来る遮光ネットで砂漠を含む広大な地面を覆った。


かつては黄砂で有名なアジアの砂漠、サファリと呼ばれたあの地もピラミッドや風化が進むスフィンクスの周囲も緑化で農地になった。


その農地には高級化した畜産動物の動物性タンパク質代替え食品として開発された植物性タンパク質の大豆から加工された大豆肉の生産地に当てられた。


22世紀の今は世界の改良農地で最大の生産量が大豆で、次に小麦大麦そして日本米が続いた。

昔の農業温室は日光を通し寒さが厳しい冬にボイラーで加温したが、現代の温室は紫外線を軽減してエアコンで室温を下げる栽培方式の温度調整室と『温室』の意味合いが変わっている。

 

厚労省が運営する子作り目的の施設は『プレグナンシー・ホテル』を直訳すれば妊娠活動の宿と言う意味で、なんと安直なネーミングだろうと思う余裕が初任務の僕には無かった。


ホテルのエントランスは重厚であり、明るい雰囲気は白い大理石の壁と柱から伝わる。

見た目は一般のリゾートっぽいホテルで、ロビーの先に僕を向かえるフロントマンと目線が合った。

「厚労省人口対策支援課のチェリーです」

身分証明の業務端末を接客カウンターの読取機リーダーに当てながら、緊張から恥かしさ抑えて名乗る僕へ、

「ご予約のゲスト様は先程よりお部屋でお待ちです」

この時点で約束の時間より十分以上も早いが、雅か僕が依頼者クライアントを待たせるとは、申し訳ない気持ちのまま最上階へのエレベーターに乗り込んだ。


エレベーターを降りた廊下を進み、金属製のドアを三回ノックして『はい、どうぞ』と女性の返事を聞いてから職務様の端末で開錠して入室した。


流石に最上階のスイートルーム、大きな窓から眼下の建物や移動する物が小さく見えて明るい陽が差し込む。これは太陽からの紫外線を80%以上カットした人に優しい明りで危険性は無い。

らしい・・・


入室した僕と対面する依頼者は、推定二十代後半から三十代前半の清楚な容姿を感じとる丸顔の女性。

受胎を依頼された女性の住所・氏名・年齢など個人データの全てを、派遣された僕達職員には知らされてなく、当日その場で依頼者との会話に必要なら個人の判断で訊いても善い規則に従う。

「始めまして、今回のご依頼で派遣されました支援課の職員です」

そしてこちらの氏名年齢を告げる事も出来なく、エージェント・ネームだけを答えられる。


「こちらからも始めまして、良ければ貴方の御名前を聞かせてくれませんか?」

先に切り出されて少し戸惑うが、この後の説明も含めて会話が進むためにも、


「支援課のチェリーです」

僕の自己紹介に依頼女性はくすりと笑い、

「想像より若い人に驚いたけど、可愛い名前にもっと驚きました」

大卒の新人、二十二歳の僕など年上の女性から見れば幼い子供っぽく感じられても仕方ない。


「そうですね、差し支えなければ其方の御名前を、匿名でも構いませんが幾つかの質問と確認が必要ですので、お好きな芸名を名乗って頂いても可能です」


やっぱり緊張している僕は研修の時ほど上手く言葉が出ず、『希望の名前』でなく『お好きな芸名』と言ってから自分の失敗に気付いた。

「え、芸名ですか?それなら私はミーシャでお願いします」

ここで再度やり直すとミスを認めて、依頼者へ不安を与えるかもしれないから、そのまま先へ進める。

「ミーシャさんですね、それでは最初にこちらから」

此処からはマニュアルに従って、個人ポイホの同意書へサインをデータ送信、唾液か尿で妊娠可能の排卵検査、自分で挿入するセルフか男女性交の受胎方法を選択、性交の場合は着衣プレイの可能、身体には触れない、唇へキスの禁止など、女性が望む全てを設定できる。

その後無事に受胎を確認されても、精子提供者の僕達職員には告知されない。

受胎作業の終了まで予定される時間は二時間ほど、


暗記したマニュアルを目前の依頼女性へ伝える僕は自分でも分かるほど赤面して、流れる汗が止まらない。

「チェリーさんは随分と緊張されているみたいですね、もしかして?」

経験値の高いミーシャさんに僕が女性経験の無い童貞とバレたと思い、

「ハイ、初めてで、戸惑っています、それでは受胎方法の選択を」


「まぁ初めてなの、それじゃ仕方無いわね、私だって初仕事の時は緊張したわ」

初仕事とは、そうか、勝手に童貞と知られたわけじゃない、途端に安心した弾みに、


「初仕事か、童貞を気付かれてなかった」

安心した僕は心の中だけで小さく呟いた心算つもりだった。


「え~、本当に童貞なの?と言う事はセルフ方式じゃない直接受胎を選んだら、私が始めての女性に成るのよね、折角だからチェリーさんの初めてを頂きます」


あ、あ、あ、この職務で辞令を受けてからこうなる事は重々承知していたが、自分の失言で童貞卒業の儀式に成るとは、まさに口は災いの元・・・

これはミーシャさんに失礼な僕の失言だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る