祝祭にありて歌姫に寄する歌 8

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「何?」

 珍しくこちらから杏奈にメッセを送る。

「ミクちゃんって外に出られない理由でもあるのかい?」

「私は知らない」

「いや、外に出るってどういう気持ちかって聞かれて、実際に出てみればいいよみたいに答えたらひどく怒られてね」

「ふうん、あの子、わたしにはそういうこと聞かないから」

「それは不思議だ」

「そうね」

「なんでだろ」

「わかんない」

 む。自分はあれこれ考えるが、とはいえ考えても仕方ない、別のことを聞く。

「ミクちゃんの書いたブログがあるらしいけど。良かったら教えてくれないかな」

「それも知らない」

「そうなんだ。そもそも君たちはどうやって知り合ったのさ」

「あるひ突然SNSのメッセージに届いて、あなたの歌素敵ですね、わたしに歌わせてくださいって、それまでは本当の機械音声使ってたけど、それからは」

「もしかしてよーつべにあげてるのも、この子の声?」

「それは違う」

 きっぱりと言われた。

「そうなんだ」

「うん、嘘はつきたくないから」

「じゃあ広場で演奏しているときだけなんだね、あの子が歌っているのは」

「そうね。仮歌の調整なんかとかにもお世話になってるけど。あの子がどんな感じに歌うのか聞いて、仮想のミクの声を調整するの」

「ふうん」

「私に言えるのは、まあそれくらいかな」

「そうか、時間取らせてごめん」

「気にしないで」


 メッセを終了する。頭に疑問符がいくつも湧くが、一人酒を入れると、やがて消えた。今度はミクにメッセを送る。


「怒ってる?」

「そんなことないけど」

「この間はたしかに自分の失言だった。ごめん」

「それはもういいから」

「それで君のブログは書けた?」

「書いたよ」

「読ませてよ」

「杏奈にも教えたことないし、怖いよ」

「やっぱり、プライベートなことも書いてるの?」

「うん」

「そうか、残念」

「うう、ごめんね」

「ところで、君たちってさ」

「うん」

「いつから知り合いなの?」

「初めての曲をあげた後かな。偶然聞いて、この人は才能あるなって思ったの」

「そうか、すごいね」

「ごめん、才能よりも危うさを感じたのが正直なところ」

「その頃から死に場所を探していたのか?」

「そんな感じ」

「そうか……あんなに才能あるのにね。とはいえ本人の前ではなかなか言えないんだけど、言った方がいいのかな?」

「どうだろうね。わたしもあんまり言ったことはないかも」

「ふーむ」

「ごめん、ちょっと疲れた」

「ああ、こっちこそ、ごめん」

 メッセを終了させ、ベッドに横たわる。

 杏奈のことを考えてみた。

 ……才能あるのにもったいないか。自分の言葉を反芻する。

 ふと。

 才能の無い奴はもったいなくないのか? それは自分のことか?

 ……吐き気がする。

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