祝祭にありて歌姫に寄する歌 7
「誰これ!」
けたたましい声がキャバクラ内に響いた。自分はやっぱり行くんじゃなかったと既に後悔している。
「新しくできた知り合いだよ」
スマホを盗み見られた自分はサキちゃんに説明する。
「やっぱりあたしより、大事な人が出来たんだ!」
「そりゃそうでしょうよ。いずれはそうなるのが、客と店員の間柄だろ?」
「あたしがこんなに金に困ってるのに! いくら貢いだの!」
「ゼロ円」
正直に答える。
「嘘!」
「嘘じゃ無い」
「だったら浮いたお金あたしに貢ぎなさいよ!」
「やだよ、サービス以上の金を払うつもりは無い」
「うるさい! このケチ!」
このやりとりにイライラしてきた。自分は立ち上がる。少し酒も入っていてふらついたが、サキちゃんの目を見ず自分は言った。
「もう帰る」
「え?」
「そんな応対されるとさすがに萎える。もう来ないから別の客にたかって」
「なによ! それ! あたしは、ヒトシを店の一番にしなきゃいけないのよ!」
すすり泣くように叫ぶサキちゃん。自分は冷たく言った。
「そんなん知らん。それにホストを一番にするにはこっちの金だけじゃ全然足りないだろうし、離れる客に執着するより、新しく別の客を見つけるべきだ」
つかつかと歩き出す。慌ててサキちゃんが引き留める。
「うそ、ごめん、サービスするから!」
「うるさい」
酒の力もあって、自分は強引に会計を済ませ、キャバクラを出る。
ふう。
寒空の下、何やっているんだろうなと独りごちる。
金の力を借りたコミュニケーションが、こんなにつまらないものだと思ってもみなかった。
いや、いままで聞く相手のことなんてどうでも良いと思っていたのか。
自分の都合ばかり押しつけてきたのか。
そうだとしたら、自分も情けない。
ああ、いやだ。杏奈に会いに行こう。
自分は振り払うようにかぶりを振ると駅前の広場へ向かった。
「や」
コク。
キーボードが大分うまくなった杏奈が振り向いた。けれど歌っているのが機械音声だとやっぱり人は集まらないらしい。人がよけるように歩いて空白に浮いた広場で、いつものように話しかける。
「死に場所、見つかった?」
「まだ」
「不幸を題材にした新しい曲は?」
「まだ、難航中」
「そうか」
「そ」
どうも言葉が続かない、自分は頭をかく。
「……やれやれ」
「どうしたの?」
「いや、キャバクラでさ」
自分は簡単に今日の出来事を説明した。
「ふうん」
「少し可哀想かなとは思うけど。まあいずれは付きあいきれなくなるんだし、このあたりが潮時かなって」
「それで私が代わり?」
「そんなことはないよ」
「そ」
「ところで、ミクちゃん、声変わりした?」
「そんな歳じゃ無いよ」
パソコンの向こうから声。
「そうか、ごめん。今度こっちからメッセ送るよ。それじゃあ」
コクリ。うなずいて杏奈とミクは演奏に戻った。
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