祝祭にありて歌姫に寄する歌 3

 冷えてきた。

 そろそろ話もおしまいにしよう。自分はお別れを口にする。

「じゃあ、このへんで、話ができて楽しかったよ」

「そ、私もそろそろ切り上げるわ」

「じゃあ、お先に」

「ん、ありがと。また会いましょ」

「そうだね」

 多分二度と会わない、社交辞令のような挨拶を交わし、自分たちは別れた。別れたはずだった。



「記事の不幸をネタに、詩を書いたの。後承諾になるけど、使っていい?」

 杏奈から、そんなメッセージが届いて、自分は目を丸くした。まさかそんなメッセージが届くとは思っていなかったからだ。少し考えてスマホのキーパッドに手を当てる。

「いいんじゃないと、自分は言いたいけれど、その記事、会社のものだから、ある程度はぼかしてくれ」

 そうメッセージに返信する。自分の権力はとても限られたものでしかない。すると、こんな返信があった。

「この不幸は会社の所有物なの? 違うよね? そもそも、不幸にあった人のものだよね? あなたから聞いたから、あなたの書いた記事だから、あなたの承諾を得たいと思ってるけど、会社の承諾が必要なんて考えてもなかった」

 自分はこのメッセージを読んで、ひどく恥ずかしくなった。そう、不幸は記事を書いた自分や記事を書かせた会社のものではない、そのひと固有のものなんだ。

 不幸の記事の数だけ、不幸になった人が本当にいる。

「ははは」

 自分のあまりの軽率さに腹を立ててみた。乾いた笑いしか出ない。自分は杏奈にメッセージを送る。

「君の言うことは正しい、でも」

「でも、やっちゃだめなんでしょ?」

「そうだ、君の安全のため」

「気にかけてくれるの?」

「まあね、でも会社は便利な部分もあるよ。責任をなすりつけられるから」

「それはあなたの都合」

「そうだね。でもとりあえず、ぼかして」

「……わかった」

 とりつく島を与えないようにしたつもりは特になかったが、結局杏奈は折れてくれた。

 もう少し会話を続けたい気持ちもあったが、やめておく。

 するりと自分が守っていたテリトリーに入ってきそうな怖さが、杏奈にはあった。


 自分を守るもの。それは一体何だろうとは思うのだが。リーンを閉じ、スマホをいじって、暇なときにいつも見ている配信動画のチャンネルを見る。目にとまった、機械音声の子のサムネイル。少し迷ってその画像をクリックする。


『これはだれにでもあるものがたり だれのものでもないものがたり』


 曲が流れてきた。これは杏奈が路上で流していた曲だ。はやっているのかな。ぼんやりながめる。これ、こんなにいい曲だったんだな。改めて聴いてそう思った。杏奈のキーボードはこの曲にとっては邪魔でしかないことが理解できた。

 曲が終わり、動画はうつろう。それをぼんやりと眺め続けているとメッセージが届いた。今度は機械音声の子から。


「なんか話したくて、メッセ送りました。お忙しかったですか?」


「なんでこんなおっさんにわざわざメッセ送るんだ」

「私、おじさんの知り合いがいないから、興味を持って。それでお暇ですか?」

 そういう、興味の持ち方もあるのか。

「暇だよ」

 自分は返信をする。

「よかった、私、実は自分のブログ書いていて、お話を聞けたらなって」

「なるほどね、何が聞きたいの」

「人の不幸で生きてるって、どんな気持ち?」

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