第23話 静寂の帰還

鈴の音が止まり、霧が晴れた後、三木は鐘楼を降りていった。女性が最後に微笑んで消えた光景が頭に焼き付いていた。彼女の決断と犠牲が、道を救い、行方不明者たちを解放する結果をもたらしたのだ。


鐘楼の下に降り立つと、周囲の風景が元の静けさを取り戻していることに気づいた。崩れかけていた村の建物も、霧に覆われた道も、すべてが穏やかで自然な状態に戻っていた。しかし、その静寂にはどこか物足りなさも感じられた。女性の姿が消えたことが、その空白を際立たせていた。


「彼女の犠牲で、すべてが戻ったんだ…」


三木はそう呟き、村の中央広場へと歩を進めた。そこで待っていたのは、行方不明だった人々の姿だった。彼らは茫然とした表情で周囲を見回し、状況を把握しようとしている様子だった。


「みんな…戻れたんだな」


三木がそう言うと、一人の中年の男性が振り返り、三木に向かって歩み寄った。


「あなたが…助けてくれたのか?」


その声には感謝と困惑が入り混じっていた。三木は微かに笑みを浮かべ、首を振った。


「いや、俺じゃない。ある女性が…あなたたちを救うために犠牲を払ったんだ」


男性はその言葉に目を見開き、深々と頭を下げた。三木は彼の肩を軽く叩き、他の人々を見渡した。その中には、幼い子供を抱きしめる母親や、涙を流す若者の姿があった。


「この道に囚われていた人々が戻ってきた…でも、彼女はもう…」


三木は心の中で女性に感謝を捧げながら、村の出口へ向かった。彼にはまだ、この道の終わりを確かめるべき責任が残っていると感じていた。


道の変化


村を出ると、幹線道路が元の姿に戻っていることに気づいた。道幅は広がり、鈴の音も完全に止んでいた。空は晴れ渡り、朝日が木々の間から差し込んでいる。まるで、この道が新たな始まりを迎えたかのような穏やかな風景だった。


しかし、三木の心には一つの疑問が残っていた。この封印は本当に完全に修復されたのだろうか?再び崩れる可能性はないのだろうか?


その時、道の片隅で小さな物音が聞こえた。振り返ると、古びた鈴が地面に落ちていた。女性が最後に鳴らした鈴と同じものだった。三木はそれを拾い上げ、手のひらに包み込むように握った。


「これが彼女の残した証…」


鈴をポケットにしまい、再び歩き出そうとした時、後ろから声が聞こえた。


「三木さん…」


振り返ると、そこには彼がこれまでに見たどの影とも違う穏やかな光が立っていた。それは女性の姿だった。彼女は微笑みながら、ゆっくりと三木の方に手を伸ばした。


「ありがとう。あなたのおかげで、彼らを救うことができました」


その声は、確かに女性のものだった。しかし、彼女の姿は徐々に光に包まれ、消えていった。


「ありがとう…」


三木は静かに呟き、彼女の消えた場所に立ち尽くした。そして彼女の決意と犠牲が、道を守り、すべての人々を救ったという事実を改めて胸に刻んだ。


新たな始まり


道が完全に静寂を取り戻した今、三木は新たな使命を感じていた。この道に隠された真実と犠牲の物語を伝えること。それが、自分にできる唯一の恩返しだと考えた。


彼は再び道を歩き始めた。鈴の音が響かないその道は、以前よりも明るく、穏やかに見えた。しかし、その静けさの奥には、決して忘れられることのない犠牲と決断が刻まれている。


三木は鈴を握りしめながら、これから何をすべきかを考えていた。この道を二度と呪いの場にしないために、彼はその物語を伝え続けると決意した。


「彼女が守ったこの道を…俺が伝え続ける」


そう心に誓いながら、彼は光差す道をゆっくりと歩み去った。その先には、新たな希望と未来が待っていると信じて。

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