第22話 霧に包まれた選択

鐘楼の最上部、三木と女性は鈴の前に立ち尽くしていた。鈴は黒ずんだ金属で作られており、触れるのをためらうほどの冷たい輝きを放っていた。その鈴が、すべての鍵であり、怨念を封じ込めるための最後の手段だった。


「この鈴を鳴らせば、すべてが終わる…でも、それには犠牲が必要だ…」


三木は鈴に手を伸ばそうとするが、その手が震えて止まった。視線を隣に向けると、女性が真剣な表情で鈴を見つめている。


「私が鳴らします」


女性は静かにそう言った。その目には決意が宿っていた。彼女は夫と息子を救うために、この場に来たのだ。その覚悟が彼女の震える声にも表れていた。


「待ってくれ。それは俺がやるべきだ」


三木は女性の言葉を遮るように言った。彼自身、この道の真実に迫るため、鈴の音に導かれてきた。ここでの選択は自分がすべきだという思いがあった。


「あなたにはまだ…家族がいる。あなたが犠牲になるべきじゃない」


女性は首を横に振った。「でも…私がここに来たのは、彼らを救うためです。彼らが戻れるなら、私はそれで十分です」


その時、霧が一層濃くなり、鐘楼全体が鈴の音で包まれた。音は低く重く、二人の心臓を締め付けるようだった。霧の中から再び影が現れ、二人を取り囲むように漂い始めた。


「選べ。犠牲となる者を…さもなくば、この封印は崩壊し、すべてが飲み込まれる」


影の低い声が、鈴の音と混ざりながら響き渡った。


「選ばなければならないのか…」


三木は拳を握り締めた。影たちのプレッシャーと鈴の音が、彼の中で不安と混乱を掻き立てていた。しかし、彼の心にある思いが湧き上がった。


「この道を追ってきたのは俺だ。俺が犠牲になるべきなんだ」


三木が言い切ると、女性は涙を浮かべて首を横に振った。「そんな…私は家族を救うためにここまで来たんです。あなたには何の関係もないじゃないですか!」


「いや、俺にはこの道の謎を解く責任がある。今までのすべてを見てきて、それを放置するなんてできない」


その時、影たちがゆっくりと近づき、二人の周囲を取り囲んだ。低い声で「時間がない」と囁くように言い、鈴の音がますます高まった。


「二人で…何か方法がないのか?」


三木が影に問いかけるが、影は静かに首を振るように揺れた。「一人が鈴を鳴らし、その魂を封印に捧げなければならない。それが道を救う唯一の方法だ」


女性は涙を拭い、深呼吸をした。そして、三木の肩に手を置き、微笑んだ。


「ありがとう。でも、私は自分の選択を後悔しません。私の家族を…よろしくお願いします」


そう言って、彼女は鈴に手を伸ばした。三木は止めようとしたが、女性の決意がそれを上回った。


鈴が鳴らされる瞬間、全てが静寂に包まれた。鈴の音が一瞬だけ高く響き渡り、次の瞬間、霧が激しく渦巻いた。女性の姿は徐々に光に包まれ、影たちは静かに消えていった。


「ありがとう…」


その声が微かに響いた後、鈴の音は完全に止んだ。霧が晴れ、周囲の景色がゆっくりと元に戻り始めた。道の歪みが解消され、三木の足元に再び固い石畳の感触が戻った。


「…彼女は…」


三木は呆然と鐘を見上げた。女性の姿はどこにもなかったが、その犠牲によって道は静寂を取り戻していた。


遠くから、人々の声が聞こえてきた。それは、この道で行方不明になっていた人々の声だった。鈴の音が止み、封印が修復されたことで、彼らが解放されたのだ。


「彼女の犠牲が…すべてを救ったんだ」


三木は深い息を吐き、鐘楼を降りていった。その目には、決して忘れられない光景が焼き付いていた。そして彼は、自分に残された役割を胸に、再び霧の晴れた道を歩き始めた。女性の犠牲を無駄にしないために。

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