第21話 幻の風景

鈴の音が重く響く中、三木と女性はさらに道を進んだ。空間そのものが歪むように感じられ、道幅はもう二人が横に並んで歩けるほどの広ささえ失っていた。霧は濃密さを増し、彼らの視界を奪っていく。足元は石畳から湿った土へと変わり、進むたびに靴が泥に沈む感覚が広がった。


「道が…違う場所に変わっていくみたい…」


女性が不安そうに呟いた。三木もその感覚を強く感じていた。この場所が現実の延長線上ではなく、別の空間に変わりつつあるのではないかという恐怖が、胸の奥に広がった。


ふと、霧がわずかに晴れ、目の前に広がる光景が彼らの息を呑ませた。そこには、古びた村が広がっていた。まるで時間が止まったかのように静まり返り、風一つ吹かない。村の家々は苔と蔦に覆われ、完全に廃墟となっているが、不思議と新しい生活感も漂っていた。


「ここは…どこだ?」


三木は目を凝らしながら村を見渡した。遠くから、かすかな人々の話し声が聞こえるような気がした。しかし、それは風に乗った幻のように消えていく。


二人が慎重に村の中を進むと、中心に大きな広場が見えた。その広場には、古びた鐘楼が立っていた。鐘楼の上には大きな鐘が吊るされているが、その鐘は深いひび割れが入っており、まるで今にも崩れ落ちそうに見える。


「これが…安息の鐘?」


女性が震える声で言った。三木は鐘楼に近づき、手で触れてみた。冷たい金属の感触が手に伝わるが、その表面はどこか不気味な滑らかさを持っていた。


「これを鳴らせば封印を修復できる…そう言っていたけど…」


三木が呟いた瞬間、村全体に鈴の音が響き渡った。音は鐘楼を中心に波紋のように広がり、村の空気が一変した。霧が再び濃くなり、遠くの家々から人影がぼんやりと現れ始めた。


「誰かが…いるの?」


女性が声を震わせながら三木に尋ねた。彼もまたその影に目を凝らしていたが、現れた人影はどれも明確な形をしていなかった。それらはまるで幻のように漂いながら、広場に近づいてきた。


「これは…村人たちの…?」


三木は直感的にそれがただの影ではなく、この村に住んでいた人々の「残響」だと感じた。影たちは静かに広場を囲み、彼らを見つめているように思えた。


「彼らが…封印を守ろうとしていた人たちなのか?」


女性が一歩後退りすると、その瞬間に影の一つが動き出し、彼女に近づいてきた。影は柔らかな動きで手を伸ばし、まるで何かを訴えようとしているようだった。


「お前たちが鐘を鳴らせば、すべてが元に戻る。しかし、その代償を払う覚悟はあるか?」


影が低く響く声で語りかけてきた。その声は、村全体から響いているかのように感じられた。三木は拳を握りしめ、意を決して尋ねた。


「鐘を鳴らした後、何が起こるんだ?行方不明者たちはどうなる?」


影は一瞬沈黙し、そして答えた。


「行方不明者たちは、鐘の力により解放されるだろう。しかし、封印を修復するには、新たな犠牲が必要だ。その魂が鐘の音を響かせ、怨念を再び眠らせる…」


その言葉に、女性は息を飲んだ。「新たな犠牲…?」


三木もその言葉の重さを理解していた。鐘を鳴らせば確かに行方不明者たちは救われるかもしれない。しかし、その代償として、自分たちの中から誰かがその犠牲になる必要があるということだった。


「私が…犠牲になります」


女性が震える声で言った。三木は驚いて彼女を見た。「あなたは…まだ家族を見つけていないじゃないか!」


「でも、彼らを助けるためには、私がこの道に残るしかないんです。もしそれで彼らが救われるのなら…」


三木は彼女の決意に息を詰まらせた。しかし、彼の中でも別の考えが芽生えていた。この道の謎を解き明かし、封印を修復する責任は自分にあるのではないかと。


「待ってくれ。まずは鐘を鳴らす方法を確かめよう」


三木はそう言い、鐘楼に向かって一歩踏み出した。その瞬間、鈴の音が激しく鳴り響き、村全体が再び揺れ始めた。影たちが次々と動き出し、彼らの周りを取り囲む。


「急がなきゃ…」


女性が小さく呟き、二人は鐘楼の階段を駆け上がった。最上部にたどり着いた時、鐘の表面に小さな鈴が一つぶら下がっているのを見つけた。


「この鈴が…鍵だ」


三木がそう呟いた時、霧の中から再び低い声が響いた。


「選べ…誰がその鈴を鳴らすか。それが最後の試練だ」


二人は互いに顔を見つめた。それぞれの心に湧き上がる決意と恐怖。道の封印を守り、行方不明者を救うための最後の一歩が、今求められている。

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