第20話 道に隠された儀式

三木と女性は、老人の警告を胸に、さらに霧深い道を進んでいた。鈴の音は耳鳴りのように途切れ途切れに響き、不気味なリズムを刻みながら二人を導いている。護符が手の中にあるものの、それが本当に効果を発揮するのか、二人とも確信を持てずにいた。


道幅はさらに狭まり、彼らの肩が触れ合うほどになっていた。周囲の木々は奇妙に歪み、まるで二人を押しつぶそうとしているかのように迫ってきた。空気は冷たく、霧の中に何かが動く気配を感じるたび、二人は立ち止まり振り返るが、そこには何もいない。


「この道は…もう現実じゃないのかもしれない」


三木がそう呟いた瞬間、足元が急にぐらつき、二人はバランスを崩して倒れ込んだ。地面は柔らかく、湿っている。立ち上がろうとした三木の目の前に、何か奇妙な模様が浮かび上がった。


それは地面に描かれた古い呪術的な円だった。円の中央には鈴の紋様が刻まれ、その周囲には文字のような模様が繰り返し描かれていた。三木はその模様をじっと見つめ、何かの儀式の跡だと直感した。


「これは…何かを封じ込めるための儀式の跡?」


女性もそれに気づき、震える声で言った。「この模様、何かを中心に閉じ込めているように見えます。でも、こんな場所で…いったい何を…?」


その時、鈴の音が突然止まった。辺りは耳鳴りがするほどの静寂に包まれ、霧が一層濃くなった。三木が身を固めた瞬間、模様の中央から黒い影がゆっくりと立ち上がった。それは、人の形をしているようにも見えたが、その輪郭は不安定で、見るたびに形が変わっていく。


「戻れ…この先は、お前たちには耐えられない…」


影が低く響く声で言った。その声はまるで幾重にも重なり合い、鈴の音が混じるような不快な響きだった。


三木は震える手で護符を握りしめた。「俺たちは戻れない。道に囚われた人々を救うために、この先に進むしかないんだ!」


影は嘲笑するような動きを見せた。「救う?この道に囚われた者たちはすでに怨念の一部となり、戻ることはない。進めばお前たちも同じ運命を辿るだけだ」


女性は涙を浮かべながら声を張り上げた。「それでも私は夫と息子を見つけたい!もし彼らが囚われているなら、連れ戻したいんです!」


その言葉に影は一瞬静止し、再び鈴の音が響き始めた。今度の音は、先ほどまでの乱れたリズムとは異なり、整然とした響きを持っていた。まるで何かを始めるための合図のように感じられた。


「お前たちが進むというならば…儀式を再び完成させなければならない」


影はそう言い、地面の呪術的な模様がぼんやりと光り始めた。その光は徐々に強まり、円の中央から何か巨大なものが蠢く気配がした。影が後ろに退き、鈴の音と共にその存在を顕現させる準備をしているようだった。


「儀式を完成させる…?」


三木は混乱しながらも立ち上がり、模様をじっと見つめた。その時、護符が彼の手の中で熱を持ち始めた。三木がそれを掲げると、護符が光を放ち、模様の一部がかすかに揺れた。


「護符が…何かの鍵になるのか?」


彼がそう呟いた瞬間、影が鋭い声で叫んだ。「それを使えば…結界を一時的に強化できる。しかし、お前たちが封印を修復するためには、最後の鐘を鳴らさなければならない」


「最後の鐘は…どこにあるんだ?」


影は沈黙の後、低く響く声で答えた。「最奥だ。お前たちがそこに到達した時、すべてが決まる。だが、進むなら覚悟しろ。怨念そのものがお前たちを試すだろう」


その言葉を最後に、影は霧と共に消えた。地面の模様の光も次第に薄れ、再び鈴の音だけが響き渡った。


「最奥に…鐘があるんですね」


女性が震える声で言った。三木は彼女の肩を軽く叩き、深呼吸をした。


「行こう。これがすべてを終わらせる鍵になるかもしれない」


二人は再び歩き始めた。道はさらに狭くなり、鈴の音がまるで彼らを急かすように響いていた。その先には、怨念の試練と鐘の真実が待ち受けている。全てを終わらせるために、彼らは進み続けるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る