第19話 村人たちの警告

三木と女性は霧の奥へと進み続けていた。鈴の音はますます強く響き、道の空気は一層重く感じられる。まるで彼らを引き寄せ、同時に押し返そうとしているかのようだった。突然、道の先に微かな光が見えた。


「何かがある…」


三木は女性と目を合わせ、足を速めた。霧をかき分けると、彼らは古びた集落のような場所にたどり着いた。木造の家々は崩れかけ、どの建物も長い間放置されているように見えた。しかし、どこか生活の痕跡が残っているようにも思えた。


「誰か…住んでいるのかもしれない」


三木がそう言った矢先、一つの家の窓から人影が見えた。彼が声をかけようとすると、その影が素早く消えた。恐る恐る家の前に立つと、扉がギィと音を立てて開き、中から小柄な老人が姿を現した。


「お前たちは何をしに来た…ここに来るべきではない」


老人は険しい表情で三木たちを睨んだ。その顔には長年の苦しみを背負っているような深い皺が刻まれていた。


「この道に隠された真実を知りたいんです。そして、失踪した人々を助けたい」


三木がそう伝えると、老人は深いため息をつき、頭を振った。


「お前たちが進めば、さらなる悲劇を招くだけだ。この道は昔から『呪われた道』と呼ばれ、封印を守るために存在している。だが、封印はすでに崩れ始めている…そしてその原因は、この土地を汚そうとした人間たちだ」


老人は三木たちを家の中に招き入れ、語り始めた。この集落はかつて安息寺の僧たちの末裔が住む場所であり、封印を守るための役割を担っていたという。しかし、寺が廃れ、道が幹線道路として整備されるとともに、その役割は忘れられていった。


「人々は封印を破ることの危険性を知らず、この道を作った。それ以来、鈴の音が不規則に鳴り始め、道が狭まり、人々が消え始めたんだ」


「封印を修復する方法は…まだ残っているんですか?」


三木が尋ねると、老人は暗い目をして答えた。


「封印を修復するには、『安息の鐘』を鳴らさなければならない。しかし、その鐘に触れる者は、自らの魂を捧げなければならない。それがこの道の代償だ」


三木と女性はその言葉に凍りついた。魂を捧げるということが何を意味するのか、具体的には分からないが、その犠牲が重いものであることは容易に想像できた。


「私は…それでも進みます」


女性が震える声で言った。「夫と息子を助けるためなら、どんな犠牲を払っても構いません」


その決意に、老人はしばらく黙って彼女を見つめた後、再び口を開いた。


「お前たちがどうしても進むのなら、一つだけ警告しておこう。この道の最奥には、怨念が形を成した存在がいる。それが封印の源であり、同時に破壊の力を持つ。それを超えなければ鐘にたどり着くことはできない」


「怨念が形を成した存在…」


三木はその言葉に不安を覚えた。自分たちがその存在に対抗できるのか、それともただ飲み込まれるだけなのか、答えは分からなかった。


老人は小さな袋を取り出し、三木に渡した。「これは護符だ。少しの間だけ、お前たちを守るだろう。しかし、道の奥に進めば、それも限界がある」


三木は護符を受け取り、深く頭を下げた。「ありがとうございます。私たちは必ずこの道の真実を解き明かします」


老人は何も言わずに家の奥へ戻っていった。二人は再び霧の中へと足を踏み入れ、鈴の音に導かれるまま、道の奥へと進んでいった。


進むにつれ、鈴の音はさらに不規則になり、空気は重たく、冷たく感じられる。怨念の存在を感じながら、彼らは覚悟を固めて歩みを止めなかった。


「安息の鐘が…近づいている」


三木はそう呟き、さらに一歩を踏み出した。その先には、禁忌の真実と、怨念が待ち受けているのだろう——すべてを終わらせるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る